『ジャージー・ボーイズ』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、劇場入口に通じる階段の下に掲示されたポスター。

原題:“Jersey Boys” / 監督:クリント・イーストウッド / 脚本:マーシャル・ブリックマン、リック・エリス / 製作:グレアム・キング、ロバート・ロレンツクリント・イーストウッド / 製作総指揮:フランキー・ヴァリ、ボブ・ゴーディオ、ティム・ムーア、ティム・ヘディントン、ジェームズ・パッカー、ブレット・ラトナー / 撮影監督:トム・スターン / プロダクション・デザイナー:ジェームズ・J・ムラカミ / 編集:ジョエル・コックス / 衣装:デボラ・ホッパー / 作詞:ボブ・クルー / 作曲:ボブ・ゴーディオ / 出演:ジョン・ロイド・ヤング、エリック・バーゲン、マイケル・ロメンダ、ヴィンセント・ピアッツァ、クリストファー・ウォーケン、マイク・ドイル、レネー・マリーノ、エリカ・ピッチニーニ、キャスリン・ナルドゥッチ、ルー・ヴォルペ、スティーヴ・シリッパ、ジョニー・カニッツァーロ、マイケル・パトリック・マッギル、スコット・ヴァンス、スティーヴ・ランキン、イヴァル・ブロガー、ジョセフ・ルッソ / GKフィルムズ/マルパソ製作 / 配給:Warner Bros.

2014年アメリカ作品 / 上映時間:2時間14分 / 日本語字幕:石田泰子

2014年9月27日日本公開

公式サイト : http://jerseyboys.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2014/10/01)



[粗筋]

 1951年、ニュージャージー州ベルヴィルは、犯罪者になるかスターになるか、いずれかでしか成功を勝ち得ない街だった。マフィアの大物であるジップ・デカルロ(クリストファー・ウォーケン)のもとで働いていたトミー・デヴィート(ヴィンセント・ピアッツァ)は音楽の才能を活かして仲間たちとともにバンドを結成して音楽活動も行っていたが、まだ実にはなっていなかった。

 デカルロは前々から、理容師の卵であるフランキー(ジョン・ロイド・ヤング)という青年に目をかけていた。特徴のあるファルセットによるその歌声をデカルロは評価し、いずれスターになると確信していた。

 トミーはそんなフランキーを、ヴォーカルのレッスンと偽って連れ出し、犯罪の片棒を担がせたが、失態を重ねて仲間もろとも御用になってしまう。幸いにフランキーは初犯で更正の可能性が認められ放免となったが、トミーは刑務所に入れられてしまう。

 残った仲間であるニック・マッシ(マイケル・ロメンダ)らがフランキーの指導を続けたりするが、ニックもほどなく刑務所送りになったり、と紆余曲折があって、ようやくトミーたちはフランキーをメイン・ヴォーカルに据えたバンド活動に乗り出す。

 当初はカヴァー曲で活動していた彼らに変革をもたらしたのは、ボウリング場でアルバイトをしていたジョーイ(ジョセフ・ルッソ)から紹介されたボブ・ゴーディオ(エリック・バーゲン)の加入だった。15歳にして『ショート・ショーツ』をヒットチャートに送り込んでいた早熟の天才であるボブはフランキーの歌声を聴くなり魅了され、ソングライター兼キーボード奏者としてトミーたちのバンドに加入する。

“フォー・ラヴァーズ”とグループ名を定めた一同はレコード会社に売り込みを行い、プロデューサーのボブ・クリュー(マイク・ドイル)との契約に無事こぎ着けることには成功した――が、ここでふたたび足踏みを余儀なくされた。クリューはトミーたちを他のミュージシャンのコーラスとして起用し、肝心の“フォー・ラヴァーズ”の録音については、あれこれと言い訳をして手をつけようとしなかった。

 1年を費やし、ようやく説き伏せてレコーディングの約束を取り付けたが、いざ当日になってボブが突然、書き上げた新曲を録音しようと言い出す。それが、のちに伝説となる大ヒット曲『シェリー』であり、改称して“フォー・シーズンス”となった彼らの快進撃の始まりだった……。

[感想]

 本篇はブロードウェイ、ロンドンで高く評価されたミュージカルが原型になっている。従って、クリント・イーストウッド監督としては初めてのミュージカル作品、ということになる。予めその情報を持っていようと持っていまいと、驚きを覚えるひとは少なくないはずだ。

 もとはミュージカルであるし、確かに振り返ってみるとその通りなのだが、本篇を観ているあいだ、ミュージカルっぽさはほとんど感じない。ミュージカルといえば、それぞれの出来事や感情に合わせていきなり歌が挿入される、というのが普通だが、本篇はそうした、ミュージカル特有のわざとらしい歌の置き方を一切していない。振り返ってみると随所で歌がずっと鳴り響いているのだが、すべて自然な、歌う必要があるところで使われているのである。

 題材が実在するバンドであり、その練習であったりレコーディングであったりステージであったり、普通に歌う場面がいくつもある、という事実もあるが、この自然さはちょっと凄い。各場面で採り上げられる楽曲は、単純に“フォー・シーズンス”関連曲というだけでなく、それぞれの状況にそぐう曲調、内容のものがうまく当てはめられている。調べてみると、本篇で描かれている出来事も、それぞれのくだりで発表される楽曲もみな実際の時系列には沿っておらず、脚色が施されているのだが、選曲も遣い方も的を射ているのでごく自然に受け止められてしまう。

 この自然さは、ベースとなるミュージカル、それを踏まえた脚本のクオリティの高さも当然あるのだろうが、やはりクリント・イーストウッド監督と、ほぼ不動の面々で固められた“イーストウッド組”の職人的技術があってこそだろう。色彩を巧みにコントロールするカメラと往時の雰囲気を感じさせる美術と、映画独自の空間が完璧に構築されている。この安定感のある世界で、決して派手な外連味に走らず、しかし感情の機微を丹念に押さえたイーストウッド監督の渋みのある演出が光っている。

 ミュージカルと呼ばれる映画を撮ったことはなくとも、音楽に関係した映画は幾つも撮り、自身も作曲に携わるイーストウッド監督は、音楽の扱いも堂々たるものだ。織り込み方が巧いのは前述の通りオリジナルの出来や脚本の功績も大だろうが、いざ音楽が絡んだときのウキウキとした高揚感の演出は凄い。瀬戸際で完成した『シェリー』がお披露目されるくだりや、フランキー・ヴァリが人生最大の苦難に直面した直後に登場する名曲『君の瞳に恋してる』のインパクト。このあたりはハイライトだが、教会に侵入してコーラスの練習をするくだりであったり、なかなか自分たちのレコーディングをさせてもらえず他人のコーラスに駆り出されるときの、嫌々なのに演奏だけはしっかりこなすあたりの微笑ましさも忘れがたい。

 原作となったミュージカルは、そのクオリティもさることながら、“フォー・シーズンス”というポップ史に残る名曲を手掛けたグループの、あまり知られていなかった負の側面に光を当てたことでも評価されたようだ。序盤の貧しい暮らしから日常的に犯罪に手を染め刑務所入りを経験していること、中期の確執と思わぬ災難など、一見順風満帆に見える彼らにも多くの紆余曲折があったことを窺わせる。

 しかしこの映画においては、そうした出来事を格別スキャンダラスに描いたりはしない。ビートルズ以前に最高の成功を収めたグループ、と言われる彼らもまた、人として当然の葛藤を覚えるものだ。本篇の中心人物たちは、成功の匂いをまといながらも、それが鼻につかない程度の描写に抑えられているので、彼らの嘆きや苦しみに観る側が素直に共感出来る。実際にはもっと存在したかも知れない、血腥い出来事や、醜悪なやり取りを意識的に避けることで、そうした感情がシンプルに、そしてしみじみと伝わるのだ。

 題材のわりに、扱いは意外なほど派手さはない。大事件やトラブルで安易に目を惹くような手法も取っていないので、思いの外するっと通過してしまう。だが、それにも拘わらず、彼らの経験してきた苦難を感じさせる。そして、それでも「音楽ってやっぱりいいな」と思わせてしまうほど、見事に音楽の魅力を描ききっている。イーストウッド組の優れたチーム力と、監督の音楽に対する愛情があってこその、渋くも瑞々しい逸品である。

関連作品:

恐怖のメロディ』/『センチメンタル・アドベンチャー』/『バード』/『J・エドガー

処刑教室』/『ヒア アフター

アメリカン・ギャングスター

ウエスト・サイド物語』/『サウンド・オブ・ミュージック』/『シカゴ』/『五線譜のラブレター DE-LOVELY』/『ビヨンドtheシー〜夢見るように歌えば〜』/『オペラ座の怪人』/『ドリームガールズ』/『ヘアスプレー』/『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』/『マンマ・ミーア!』/『レ・ミゼラブル』/『アナと雪の女王

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