原題:“A Perfect World” / 監督:クリント・イーストウッド / 脚本:ジョン・リー・ハンコック / 製作:マーク・ジョンソン、デヴィッド・ヴァルデス / 製作総指揮:バリー・レヴィンソン / 撮影監督:ジャック・N・グリーン / プロダクション・デザイナー:ヘンリー・バムステッド / 編集:ジョエル・コックス、ロン・スパング / 衣装:エリカ・エデル・フィリップス / スタント・コーディネーター:バディ・ヴァン・ホーン / キャスティング:フィリス・ハフマン / 音楽:レニー・ニーハウス / 出演:ケヴィン・コスナー、クリント・イーストウッド、ローラ・ダーン、T・J・ロウサー、キース・ザラバッカ、レオ・バーメスター、ブラッドリー・ウィットフォード、ジェニファー・グリフィン / マルパソ製作 / 配給:Warner Bros. / 映像ソフト発売元:Warner Home Video
1993年アメリカ作品 / 上映時間:2時間18分 / 日本語字幕:戸田奈津子
1993年12月11日日本公開
2012年7月11日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
劇場にて初見(初公開時、日時劇場の記録なし)
[粗筋]
1963年、テキサス州。強盗事件を多数起こして刑務所に収容されていたブッチ・ヘインズ(ケヴィン・コスナー)が同房の殺人犯テリー・プー(キース・ザラバッカ)とともに脱獄した。ふたりは刑務所の職員を脅して逃走を図り、別の車に乗り換えるために住宅街を訪れたが、テリーが1軒の民家に押し入ったために、近所の者に勘づかれてしまう。ブッチが機転を利かせ、その家の男の子を人質に取って、どうにかその場を逃れた。
その報は間もなく所轄署に届き、署長のレッド・ガーネット(クリント・イーストウッド)が直々に追跡に当たる。選挙を間近に控えた州知事の命により、心理分析を専門とするサリー・ガーバー(ローラ・ダーン)や、州境を超えたときのためにFBI捜査官のボビー・リー(ブラッドリー・ウィットフォード)が同行するのが悩みの種だったが、レッドは淡々と職務に就く。
一方、脱獄犯ふたりのあいだには絶え間なく緊張が続いていた。奔放に振る舞い、いつ気まぐれに人を殺すか知れないテリーと、冷静沈着なブッチとは獄中でも相容れなかったが、その溝は逃走のあいだにも深まっていたのである。誘拐した男の子・フィリップ(T・J・ロウサー)に対して害意を見せたのを契機に、ブッチは結論を出した。食糧調達のために立ち寄った商店のそばでテリーを射殺し、フィリップだけを伴って逃走を続ける。
間もなくテリーの遺体を発見した警察は、人質となったフィリップの生存に不安を抱くが、サリーだけは危険性が低くなった、と主張する。彼女の予測通り、フィリップは妙に心優しい脱獄犯に対して、次第に心を許し始め、ブッチもまたフィリップに対し、父親のような表情を見せ始めていた……
[感想]
本格的に映画館通いをするようになったのはこの15年ほどに過ぎない私だが、実は一時期、ケヴィン・コスナーの映画だけは続けて追っていた。『フィールド・オブ・ドリームス』、『ダンス・ウィズ・ウルブス』、『JFK』、『ボディガード』、そして本篇――つまるところ、彼の最盛期の作品群は、リアルタイムで鑑賞していたのである。のちにクリント・イーストウッド監督の魅力に嵌まり、全作品を鑑賞することを目標にしはじめたが、実は最初にきちんと鑑賞したのが本篇だったのも、そういう経緯があるが故だった。
だから当時はケヴィン・コスナーにばかり注目し、他の作品とは異なる人物像、悲劇的な結末などに驚き、強い印象を持っていたのだが、監督であるクリント・イーストウッドの作品を順に辿ったうえで久々に鑑賞してみると、非常に感慨深い、そしてとても優れた映画だったことを今更ながらに痛感した。
いわば本篇は行き場の無いロード・ムービーであり、それほど複雑なストーリーというものはない。ケヴィン・コスナー演じるブッチがどこに逃げようとしているのか、について物語で深く詮議はしていないし、警察側も決して知的な駆け引きを仕掛けて追いつめたりするわけではない。にもかかわらず惹きつけられるのは、些細な描写から匂い立つドラマがあるからだ。最初から対立しているブッチとテリー、新しい車を手に入れるときに暴走したテリーを容赦なく殴り、人質としたフィリップに殺意を向けるようになると射殺してしまう。暴力の世界に生きているからこその躊躇を感じない振る舞いだが、しかし同時にブッチという男に通った芯が感じられる。人質となるフィリップ少年にしても、わずかな家庭での描写や、ブッチに対する礼儀正しい態度から、厳格な教育と日々抱えこんだ鬱屈の片鱗が窺える。無駄がなく緻密な表現が、一見単純なプロットに奥行きを与えている。
随所で命のやり取りを匂わせる緊張感を作りながら、しかし全篇に不思議な暖かみとユーモアがあり、その緩急で見応えと、いつまでも浸っていたくなるような雰囲気を生み出している。追う側のやけに暢気な振る舞いに笑わされ、次第に絆を深めていくブッチとフィリップのやり取りにほっこりとする。彼らは犯罪者と被害者であり、一方はそれを追う立場なのだ、ということをしばしば忘れてしまいそうになるほどだ。
だが、そうしたユーモアや暖かさが、同時に闇や鬱屈を孕んでいる。ブッチは本質的に善良だが、環境が彼に純粋でいることを許さなかった。ためらうことなく犯罪に手を染めながら、その行動原理に子供を顧みない親に対する憎悪があるのは随所で示される。手段は乱暴だが、そこまでしなければいけない子の男の境遇に、同情さえ感じるひともいるだろう。他方、ブッチを追うレッド署長にも含むところがある。ユーモアで余裕を醸しだしつつ冷静な狩人に徹するのは、罪悪感の裏返しでもあるように映るのだ。
一見単純に見えて、実は掘り下げると味わい深い内容である。特に今回、再鑑賞していちばん驚いたのは、本篇の時代設定だ。やけに車がクラシックだ、とは思っていたが、序盤でレッド署長が知事から譲られることになったキャビンカーが、ケネディ大統領のパレードに使用される予定だ、と言及している。つまり本篇の出来事は、あの歴史的大事件の陰に隠れていたかも知れない物語なのである――アメリカのみならず他の国のひとびとの理想をも背負っていた象徴が数発の銃弾によって打ち砕かされるのと相前後してあの結末がもたらされた、と想像すると、更に余韻は深い。“A Perfect World”というタイトルの備える逆説的な性質はこういう点をも踏まえているのだろう――本当に、これはとてもよく練られている。いちどだけ鑑賞して、大した話じゃない、と感じたとしても、いちど振り返ってみると新たな発見があるかも知れない。
初見のときに何よりも印象的だったのは、クライマックス、衝撃のくだりのあとに、イーストウッドに続いてローラ・ダーンがお見舞いする1発だったが、それもまた、堅物の署長と共鳴しあう相棒、という『ダーティハリー』シリーズから繰り返される主題を踏まえた描写でありユーモアでもあった。また、その一撃を浴びる相手についても、実はちゃんと配慮が施されているのだ。ああいう役回りの人物だから、本篇の結末がただ重苦しいだけのものになっていないし、レッドやサリーの行動にちょっと溜飲が下りたような心地がする。
哀しい物語であるし、その時代背景からすると、恐らくほとんどの人物はあったことも知らずに埋もれていった事件である。けれど、間違いなくこの“冒険”は、数人のひとびとの心に深く刻みこまれたはずだ。そのささやかささえ切なく愛おしく、登場人物たちと同じように物語を受け止めてしまう。
クリント・イーストウッド監督はこれ以前にもロード・ムービーと呼べる作品を幾度か手懸けているが、本篇はその集大成と言えそうだ。彼の作品をすべて鑑賞しよう、などと考えるよりまえから本篇は好きな映画だったが、それも当然なのだ――こんなにも厳しく理不尽で、しかし優しく胸を打つ映画など、そうそうない。
関連作品:
『ダーティファイター』/『ブロンコ・ビリー』/『ダーティファイター/燃えよ鉄拳』/『センチメンタル・アドベンチャー』/『ピンク・キャデラック』/『ザ・シークレット・サービス』/『グラン・トリノ』/『人生の特等席』
『真夜中のサバナ』/『しあわせの隠れ場所』/『スノーホワイト』/『ウォルト・ディズニーの約束』
『フィールド・オブ・ドリームス』/『ワイルド・レンジ 最後の銃撃』/『ネスト』/『マン・オブ・スティール』/『ザ・マスター』
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