『それでも夜は明ける』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン6前に掲示されたチラシ。

原題:“12 Years a Slave” / 原作:ソロモン・ノーサップ / 監督:スティーヴ・マックイーン / 脚本:ジョン・リドリー / 製作:ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、ビル・ポーラッドスティーヴ・マックイーンアーノン・ミルチャン、アンソニー・カタガス / 製作総指揮:テッサ・ロス、ジョン・リドリー / 撮影監督:ショーン・ボビット / プロダクション・デザイナー:アダム・ストックハウゼン / 編集:ジョー・ウォーカー / 衣装:パトリック・ノリス / 音楽:ハンス・ジマー / 出演:キウェテル・イジョフォーマイケル・ファスベンダーベネディクト・カンバーバッチポール・ダノポール・ジアマッティルピタ・ニョンゴサラ・ポールソンブラッド・ピットアルフレ・ウッダード、ドワイト・ヘンリー、ブライアン・バット、アシュリー・ダイク、ケルシー・スコット、クヮヴェンジャネ・ウォレスタラン・キラム、クリストファー・ベリー、クリス・チョーク、アデペロ・オデュイエ、マーク・マコーレイ、マイケル・ケネス・ウィリアムズ、マーカス・ライル・ブラウン、アンワン・グローヴァー、ジェームズ・C・ヴィクター、ライザ・J・ベネット、ギャレット・ディラハント、ジェイ・ヒューグリー / プランB/ニュー・リージェンシー製作 / 配給:GAGA

2013年アメリカ作品 / 上映時間:2時間14分 / 日本語字幕:寺尾次郎 / PG12

第86回アカデミー賞作品・脚色・助演女優部門賞受賞(監督・主演男優・助演男優・美術・編集・衣裳部門候補)作品

2014年3月7日日本公開

公式サイト : http://yo-akeru.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2014/04/14)



[粗筋]

 ソロモン・ノーサップ(キウェテル・イジョフォー)はニューヨークを拠点に、優秀なヴァイオリニストとして生計を立てていた。家族にも恵まれ、幸せな暮らしを送っていたのである――そのときまでは。

 妻や子供たちが旅に出ているあいだ、紹介で引き合わされた二人組に頼まれ、ソロモンはワシントンでの公演に帯同することになった。割のいい話だったが、酒を酌み交わし、でいすいして眠りに就いたソロモンが目覚めると、彼の両手両足は鎖で縛められていた。あろうことかソロモンは、ジョージア州から逃げ出した奴隷だ、というレッテルを貼られ、奴隷商人に売り渡されていたのである。

 北部出身、生まれたときから自由証明書を所持していたソロモンだが、身ぐるみ剥がされた彼には身の証が立てられない。商人のひとり(ポール・ジアマッティ)から“プラット”という名前を与えられたソロモンは、フォード(ベネディクト・カンバーバッチ)という農場主に売却される。

 ソロモンにとって初めての“奴隷”暮らしは信じがたいものだった。連日、様々な白人たちに小突き回され、過酷な労働を強いられる。幸か不幸か、彼を買い取ったフォードは善良な人間で、万事をそつなくこなすうえに楽器を嗜むソロモンを好意的に扱い、仕事の場では彼の意見を採り上げることさえあった。

 だが、他の白人たちはそうではない。大工のティピッツ(ポール・ダノ)はことあるごとに反発するソロモンに対して不快感を顕わにし、特に厳しい態度を取った。やがて小屋の普請で揉めると、ティピッツは鞭でソロモンを打擲するが、ソロモンは鞭を奪い逆に打ち返す。しかし、いちどは逃げ帰ったティピッツは仲間たちを引き連れてソロモンを捕らえ、木に吊した。通りかかった監督官に制止されるが、ソロモンはそのまま放置され、フォードが発見するまで数時間に亘り、爪先立ちで呼吸を繋がなければならなかった。

 助けはしたものの、いつふたたびティピッツが襲ってくるか解らない。そのうえフォードは借金が嵩んで首が回らず、問題児であるソロモンを庇い続けることは難しく、フォードはソロモンを売り渡すことを決意した。

 ソロモン、いや、プラットの新しい“主人”の名はエドウィン・エップス(マイケル・ファスベンダー)――この男に譲られたソロモンは、フォードの許での生活が、ぬるま湯に過ぎなかったことをやがて痛感することになる――

[感想]

 南北戦争以前のアメリカ、とりわけ南部を舞台にした作品で、“奴隷”を描かずには済まされない。しかし本篇のように、本来は北部で自由を認められていた人物が囚われ、奴隷として扱われる過程を描くような話はあまり聞いたことがない――本篇は実在するソロモン・ノーサップが著した体験談をベースにしており、こういう出来事が現実にあったのは確かなようだが、奴隷解放宣言より長い時を経てもずっと強い人種差別の風潮が残り、それをフィクションで扱ううえでも障害が少なからずあって、奴隷として虐げられてきたひとびとを中心とした作品は未だに積極的に制作されていない。本篇の製作も、決して順調ではなかったという話だ。題材としては古典、そして充分に考えられた出来事だが、それをこのリアリティと重量感で描き出した、そのことだけでも本篇の意義は極めて大きいと言えよう。

 そもそも自由であった主人公の反発や、生き延びるために耐え忍ぶ様がもちろんメインだが、そんな彼と対比させるように、生来の奴隷であったひとびとがどのように自らの境遇に向き合っているのか、というのが随所で描かれる。奴隷市場で裸に剥かれて晒され、どれほど懇願しても引き裂かれてしまう親子。主人の慰みものにされ、身籠もらされ、主人の妻に憎悪される女。逆に、白人と結婚して、奴隷という境遇を脱している者も登場し、単純に“奴隷”と言っても、扱いやその姿勢が異なることを窺わせる。

 だが本篇において最も強烈なひと幕は、好意的な主人フォードの許から去らざるを得なくなる要因となった出来事だ。粗筋にも記した、ティピッツとその仲間たちによってソロモンが木に吊されたくだりである。衝撃は、あんなにも簡単に殺そうとする命の軽さではない。そうして吊されながらも、監督官の登場によって死は免れるが、ソロモンは爪先立ちが辛うじて出来る状態のまま放置される。そして、そんな彼の背後で、黒人たちは何事もないかのように日常生活を送っているのである。大人達は家事に勤しみ、子供たちは駆け回っている。いちおうソロモンに水を与える者はあるが、決して縄は解かない。白人がしたことを黒人が無にするような真似は出来ない、という動かしがたい現実が滲み出るこの長いひと幕は、記憶に焼きついて離れない。

 ソロモンが本当の地獄を体験するのはそこからである。新しい主人エップスはまさに奴隷をひととして扱うことなど一切なく、えこひいきは日常茶飯事、お気に入りの女奴隷は好きなように慰みものにする。もともと反抗心の強いソロモンが目をつけられるのは当然で、ことあるごとに浴びせられる罵声や鞭打ちに、ソロモンは疲弊し、表面的には“奴隷”らしい卑屈な態度を表すようになる。

 だがそれでも、ソロモンは希望を捨てない。密かに脱出のための策を練り、準備を続ける。それはとてもささやかで心許なく、当時の事情を考慮すれば実現も危うい方法だが、わずかな希望が残されている限り縋り続ける。静かだが幾度となく壁にぶつかり、挫けそうになりながらも戦う姿は壮絶だが力強い。それは間違いなく悲劇だが、観ていて勇気づけられるような心地がするのは、その気迫が伝わるからだろう。

 焼け付くような南部の気候と、清潔や快適からは程遠い暮らしぶりをかなり生々しく描いているが、しかし本篇のヴィジュアルは美しい。急激に注目を集めたスティーヴ・マックイーン監督は、早くから映画製作に挑んでいたようだが、美術を学び、写真家としてのキャリアもあるという。それだけに、構図の工夫や、薄汚れた空間であっても印象的に切り取る技に長けている。いささかセンスに振り回されている、と感じる部分もあるが、そのセンスが本篇の物語にある醜さ、不快感を和らげているとも言えよう。

 原題にもある通り、12年という長い時間を経てソロモンはようやく解放される。そこに充足感もある一方で、しかし虚しさも残る。『風と共に去りぬ』で描かれていたように、その制度のなかで理想的な世界を築いていた者もあったようだが、やはりこんな境遇に人間を置くことは歪なのだ、と実感させる。作品としての完成度の高さも疑うべくはないが、まだ業界に残る抵抗、忌避の風潮を乗り越えて本篇を完成させた、ソロモンとも重なるスタッフの挑戦そのものがオスカーに相応しい、と判断された故かも知れない。本篇を境に、新たな潮流が形作られていくのではなかろうか。

関連作品:

ディパーテッド』/『キック・アス』/『ツリー・オブ・ライフ』/『ワールド・ウォーZ

ソルト』/『悪の法則』/『裏切りのサーカス』/『LOOPER/ルーパー』/『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』/『ザ・スピリット』/『フォーガットン』/『ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜』/『ロボコップ(2014)

風と共に去りぬ』/『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』/『ジャンゴ 繋がれざる者』/『リンカーン

コメント

  1. […] ~心がつなぐストーリー~』/『それでも夜は明ける』/『ラビング […]

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