原題:“Papillon” / 原作:アンリ・シャリエール / 監督:フランクリン・J・シャフナー / 脚本:ダルトン・トランボ、ロレンツォ・センプルJr. / 製作:ローベル・ドルフマン、フランクリン・J・シャフナー / 製作総指揮:テッド・リッチモンド / 撮影監督:フレッド・コーネカンプ / プロダクション・デザイナー:アンソニー・マスターズ / 衣裳デザイン:アンソニー・パウエル / 編集:ロバート・スウィンク / キャスティング:ジャック・バウア / 音楽:ジェリー・ゴールドスミス / 出演:スティーヴ・マックイーン、ダスティン・ホフマン、ヴィクター・ジョリイ、アンソニー・ザーブ、ドン・ゴードン、ロバート・デマン、ウッドロウ・パーフレイ、ラトナ・アッサン、ウィリアム・スミサーズ、バーバラ・モリソン、ビル・マミー、ヴァル・アヴェリー、グレゴリー・シエラ、ヴィク・タイバック / 配給:東和 / 映像ソフト発売元:KING RECORDS
1973年フランス作品 / 上映時間:2時間31分 / 日本語字幕:清水俊二
1974年3月23日日本公開
2010年10月27日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品
第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品
TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/07/29)
[粗筋]
1931年、フランスの刑務所に収容された囚人たちに、無情な宣告が下された。彼らは国籍剥奪のうえ、ギアナの監獄に移送される、というのである。
鎖で繋がれ船へと導かれる隊列のなかに、パピヨン(スティーヴ・マックイーン)と呼ばれる男の姿があった。彼は船に運び込まれると、同じ囚人のなかで、債券偽造の罪で収容されたルイ・ドガ(ダスティン・ホフマン)という男に接触する。密かに金を蓄えているルイ・ドガは他の囚人から常に狙われており、パピヨンは用心棒を務める代わりに、金を工面するよう願い出た。パピヨンが必要としていたのは、脱走のための資金であった。
夜の船内で襲撃されたところを約束通りにパピヨンが守ったことで、ルイ・ドガは彼を信用した。ギアナに到着し、サン・ローラン刑務所に収容されると、ルイ・ドガは先の計画をスムーズに進められるよう、楽な区画へ配置されるために看守を買収する。
だが、不運にもその看守は、身内にルイ・ドガの被害者がいた。恨みからルイ・ドガの要求は無視され、ふたりは揃って最も過酷な、ジャングルの奥地に設けられた強制労働キャンプに送りこまれる。
強烈な暑さと湿度は、囚人たちの体力をまたたく間にすり減らしていった。死者も出るなかで、労働中に倒れた囚人を庇ったパピヨンは銃弾を浴び、川に飛び込んで脱走を図る。しかし、計画性のない逃亡はあっさりと追っ手に押さえられ、パピヨンは刑務所に連れ戻された。
サン・ローラン刑務所から脱走を企てた囚人は、通常の監獄とは別に設けられた懲罰房に入れられる。そこはまるでウナギの寝床のような、まるで何もない独房が連なり、収容中は外部との交流が一切断たれる、囚人の精神を極限まで追い込む地獄であった……
[感想]
この物語、いまいち背景がよく解らない。いったいどんな理由で、刑務所から囚人を大量に移送したのか。罪状に拘わらず終身刑に処すような奇妙な施策が、どうして罷り通ってしまったのか。もしかしたら冒頭に軽く説明していたのかも知れないが、そのあとの刑務所の非人道的な有様に圧倒され、記憶に留まらない程度にしか触れられていなかったのは間違いない。
そして、そもそも主人公であるパピヨンがいったいどんな罪を犯したのかも、作中ではさほど詳らかにしていない。あれほど命懸けで脱獄しようとするのだから、何かしら強い動機があるのは察しがつく。実際には罪を犯していない、或いはそれほどの大罪ではないのに過酷に裁かれながら、汚名をすすぐ術がないために脱獄の途を探っているのか。それとも、真性の犯罪者ながら、強烈な反骨精神、娑婆での暮らしを切望するあまりの行動なのか。作中、いちおうはパピヨンの裁かれた罪状に僅かに触れられてはいるが、そこに拘って描いていないので、結局は不明瞭なままなのだ。
しかし、それ故に本篇はパピヨンという男の脱獄に向けた執念、その不屈の闘志がギラギラと漲る様が濃密に伝わってくる。最初こそ狡智に立ち回っているようにも映るが、ジャングルの熱と湿度とに晒され、緊急避難的な脱走が失敗して懲罰房に入れられたあたりからは、策略よりも常人離れした意志の力が際立ってくる。過酷な状況に命を落とす隣人もあるなかで、僅かな光や希望に縋って永らえ、失敗しても失敗しても脱走に挑む様には、ただただ圧倒される。古い映画に触れ始めてまだまだ時間の浅い私にとって、これが3度目のスティーヴ・マックイーンとの邂逅であるが、『華麗なる賭け』、『荒野の七人』、この2作品と比べ、彼の役者としての凄み、存在感が最も伝わる作品である。
刑務所からの逃走を主題とした映画は数多作られているが、しかしそれらの多くにあるような、知的ゲームめいた側面は本篇には乏しい。前述のように、序盤こそ若干ながら知恵を凝らし、肝心の場面では多少なりとも工夫を用いてはいるが、決して込み入ったものではなく、あまり味わいはない。それは本篇が実話に基づき、実際に行われていたことを下敷きとしていることに起因しているのかも知れない。
だが、実話となると、いささか気にかかる場面が本篇にはある。物語も終盤にさしかかり、またしても脱獄に成功、かなり刑務所から遠ざかったところで、パピヨンが奇妙な出来事に遭遇する。もしあれが実体験に基づくものだとしたら一種の怪談であり興味深いのだが、もしフィクションだとしたらどんな意図があったのか、と訝られる。幻覚を見るほどに、ギアナの密林が過酷な環境である、と描きたかったにしては、やや意味のない描写があったことを思うと、恐らく本当にあったことなのだろうが、それはそれでどんな因果があったのか気になるところだ。
これも実話であるがゆえだろうが、締め括りも若干ぼんやりとしている。刑務所というよりロビンソン・クルーソーのような状況に追い込まれた挙句、思いの外あっさりとパピヨンは脱獄を成功させてしまう。華々しい成功を収め、痛快なカタルシスを齎してくれることを期待していると、どうもモヤモヤとした印象を受けるだろう。
しかし、最後の最後まで変わることのない、パピヨンの強烈な執念は存分に感じられる。爽快感とは違うが、最後にパピヨンが放つ叫びは、観ている者の胸には確実に響くはずだ。
そして、この作品においてポイントとなるのは、パピヨンの協力者として友情を結ぶ、ルイ・ドガの存在である。最後まで揺らぐことのないパピヨンに対し、彼は終始、迷い続ける。友人に便宜を図ったことが発覚して責められ、外の世界での出来事に翻弄され、穏やかに佇んだまま揺れる姿は、対照的であるがゆえに、パピヨンという男の強さをより印象づけている。ここに演技派ダスティン・ホフマンを配したのは絶妙だった。
脱獄に臨む男の執念を、ある意味混ざり物なしで描ききった、熱い傑作。まだ他の代表作に触れていないので断定はしたくないが、私が現時点までに鑑賞したスティーヴ・マックイーン出演作のなかで、彼の雄々しさを最も実感の出来る作品である。
関連作品:
『華麗なる賭け』
『荒野の七人』
『ローマの休日』
『板尾創路の脱獄王』
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