原題:“An Education” / 監督:ロネ・シェルフィグ / 脚本:ニック・ホーンビィ / リン・バーバーの回想録に基づく / 製作:フィノラ・ドワイヤー、アマンダ・ポージー / 製作総指揮:デヴィッド・M・トンプソン、ジェイミー・ローレンソン、ニック・ホーンビィ、ジェイムズ・D・スターン、ダグラス・E・ハンセン、ウェンディ・ジャフェット / ライン・プロデューサー:キャロライン・レヴィ / 撮影監督:ジョン・デ・ボーマン,BSC / 美術:アンドリュー・マッカルパイン / 編集:バーニー・ピリング / 衣装:オディール・ディックス=ジョー / メイクアップ&ヘアデザイナー:リジー・イアンニ・ジョルジュ / キャスティング:ルーシー・ビーヴァン / 音楽スーパーヴァイザー:クリ・サヴィッジ / 出演:ピーター・サースガード、キャリー・マリガン、アルフレッド・モリーナ、ドミニク・クーパー、ロザムンド・パイク、オリヴィア・ウィリアムズ、エマ・トンプソン、カーラ・セイモア、マシュー・ビアード、サリー・ホーキンス / ワイルドゲイズ・フィルムズ/フィノラ・ドワイヤー製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment
2008年イギリス作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:野口尊子 / PG-12
2010年4月17日日本公開
公式サイト : http://www.17-sai.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2010/04/17)
[粗筋]
1961年、ロンドン。ジェニー(キャリー・マリガン)は演奏会の帰りに、一生忘れられない男性と出会った。
雨の中、ずぶ濡れでチェロを抱え、バスを待っていたジェニーの前で、1台の車が停まり、助手席のガラスを開いた。顔を出した男は穏やかな口調で言う。怪しい者だと思うかも知れないが、君よりもチェロが濡れるのを見るのに忍びない――男の奇妙な優しさにほだされて、ジェニーは初対面の男の車に乗った。それが、デイヴィッド(ピーター・サースガード)であった。
デイヴィッドはジェニー……とチェロを家に送り届けるとそのまま立ち去ったが、数日後ふたりは街中で偶然に再会する。この再会に喜んだデイヴィッドは、彼女を金曜日に催される音楽会と夕食に誘ってきた。
同級生の男子とは異なる紳士的で大人の匂いを漂わせる誘いに、ジェニーの心は揺れたが、行きたくても難しいだろう、と彼女は思っていた。ジェニーの父親ジャック(アルフレッド・モリーナ)は堅物の締まり屋で、娘の名門進学を願いながらも、そのために必要な支出でさえ最小限に抑えようとする。学業に役に立たない“夜遊び”を許容する可能性は皆無、のはずだった。
しかし金曜の夕刻、電撃的にジェニーの家を訪ねてきたデイヴィッドは、そんなジャックの虚栄心を巧みにくすぐる物言いで取り入ると、あっさり外出許可を得てしまった。
その日からジェニーは、デイヴィッドの導く“大人”の世界に、少しずつ魅了されていき――同時に彼に、恋心を抱くようになっていった……
[感想]
ほろ苦い――というより、あとで痺れが来るくらい苦い話だ。何が起こるのかは実際にご覧いただくまで知らない方がいいと思うが、17歳の少女にはかなりきつい出来事である。本篇の原案はわずか数ページのコラムだったというが、それを取っかかりに映画化しようと試みる心情はよく理解できる。
ただ、決してあり得ない出来事ではない。むしろ本質的には普遍的な話であり、少し舞台や時代背景をいじっても、何の違和感もなく受け入れられるに違いない。本篇の優れているのは、その甘みや苦さをうまく醸成する舞台と語り口を巧みに選択していることだ。
1961年のロンドンという時代設定は、恐らく原作者であるリン・バーバーが実際に一連の出来事を経験した時代に即しているのだろうが、この内容には絶妙の背景と言える。戦争からだいぶ過ぎているがまだ何処かに女性蔑視的な価値観や旧弊な雰囲気が残る一方で、少しずつ女性の社会進出も本格化している。携帯電話はおろかインターネットなどといったものもなく、人々の情報網は心地好く緩く、局地的に密度が高い。これよりもう少し時間が経つと、ビートルズの登場などで文化にも大きな変化が生じてくるため、イギリス流紳士の位置づけにも違いが生じる。紳士だがどこか悪人っぽさを漂わせるジェニーにとって忘れがたい人物となるデイヴィッドの魅力を、いわば最も引き立てる時代背景なのだ。
軽妙、洒脱な語り口も、本篇の主題をいっそう際立たせている要因だ。いかにもイギリス映画らしい、テンポとユーモアに満ちた会話が随所で繰り返されるのだが、これが物語終盤の苦々しい顛末をいっそう印象づける効果を上げると共に、そのままではみすぼらしくなりかねない推移に快い彩りを添えてもいるのだ。
俳優陣の好演も、この苦くも軽妙な味わいを助けている。22歳にして16歳から17歳の微妙な年齢を、決して過剰に子供びた雰囲気にせず、程よい知性と心持ち背伸びしている心情を巧みに演じきってアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたキャリー・マリガンは無論、女心をくすぐる少し悪いイギリス紳士を、アメリカ出身にも拘わらず完璧に表現したピーター・サースガード、娘想いだが根っこの吝さが頻繁に顔を見せて妻や娘に鬱陶しがられる父親を飄然と体現したアルフレッド・モリーナあたりの醸し出す空気が秀逸だ。
しかし、本篇で何よりも注目すべきなのは、そうした際立った中心人物たちではなく、ジェニーの在籍する学校の校長と担任教師かも知れない。本篇のユーモラスな語り口の背後には、思春期の少女なら抱いて当然の、将来に対する不安が渦巻いている。ジェニーにとってあまりに魅力的な、華やかできらびやかで危険な匂いのする大人の世界の反対側には、彼女の通う学校の、インテリで社会的には成功を収めていると見られるが、同時にひどく地味で発展性を感じさせない大人の世界が存在することを、校長や担任教師が示している。終盤、彼女たちと対峙したジェニーが心情を吐露するひと幕は、本篇において最もシリアスで生々しく、ユーモアに乏しい。だが、この一連のやり取りが、実はジェニーが苦境から抜け出すための強固な足掛かりとなっている。
映画らしいコミカルさ、ロマンティックな雰囲気をしっかりと盛り込みながらも、恐ろしく地に足の着いた、実に噛み応えのある作品である。
関連作品:
『エレジー』
『ニュースの天才』
『ピンクパンサー2』
『スパイダーマン2』
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