『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、階段下に掲示されたポスター。

原題:“Sherlock : The Abominable Bride” / オリジナル小説:アーサー・コナン・ドイル / 監督:ダグラス・マッキノン / 脚本:マーク・ゲイティス、スティーヴン・モファット / 製作:スー・ヴァーチュー / 製作総指揮:スティーヴン・モファット、マーク・ゲイティス、ベリル・ヴァーチュー、ベサン・ジョーンズ、レベッカイートン / 撮影監督:スージーラヴェル / プロダクション・デザイナー:アルウェル・ウィン・ジョーンズ / 編集:アンドリュー・マクレランド / 衣装:セーラ・アーサー / キャスティング:ケイト・ローズ・ジェイムズ / 音楽:デヴィッド・アーノルド、マイケル・プライス / 出演:ベネディクト・カンバーバッチマーティン・フリーマン、ユーナ・スタッブス、ルパート・グレイヴス、マーク・ゲイティス、ルイーズ・ブレーリー、アマンダ・アビントン、ジョナサン・アリス、デヴィッド・ネリスト、キャサリン・マコーマック、ティム・マキナニー、ナターシャ・オキーフ、ティム・バーロウ、ジェラルド・カイド、アンドリュー・スコット / ハーツウッド・フィルムズ製作 / 配給:KADOKAWA

2016年アメリカ作品 / 上映時間:1時間30分 / 日本語字幕:林完治

2016年2月19日日本公開

公式サイト : http://sherlock-sp.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2016/2/22)



[粗筋]

 ヴィクトリア朝の頃のロンドン。アフガンでの戦争で負傷し退役となった軍医ジョン・ワトソンは、下宿先を捜しているとき、知人からシャーロック・ホームズを紹介される。風変わりなこの男は、顔を合わせて数分のうちにワトソンの素性と性格を見抜くと、躊躇なく自らのルームメイトとして受け入れた。

 やがてワトソンはホームズの探偵譚を雑誌に発表して人気の作家となる。しかし、ワトソンの妻となったメアリーは、この変人が夫を振り回して家庭に帰さないことに不満を抱いていた。大きな殺人事件を解決して、ようやく帰ってきたワトソンとホームズにメアリーは抗議するが、そこへ不意に現れた警視庁のレストレード警部は新たな、そして極めて不可解な事件をホームズにもたらしたのだった。

 始まりは昨日のこと。花嫁のドレスをまとった女が突如として往来の男たちに発砲を繰り返し、周囲を恐怖に陥れた。けっきょく女は自ら銃口をくわえ発砲したが、翌る日、彼女の夫が射殺された際、目撃した警官は、犯人が他でもない、死んだはずの花嫁だった、というのである。

 やがてこの“忌まわしき花嫁”は繰り返し夜のロンドンに出没し、人々を襲うようになる。果たして、幽霊が人を襲うことなどあり得るのだろうか……?

[感想]

 念のために説明させていただくと、本篇はBBC制作のテレビドラマシリーズ『SHERLOCK/シャーロック』、その第4シリーズが始まる前に発表された、特別篇、という位置づけである。この『SHERLOCK/シャーロック』はコナン・ドイルが創造した名探偵シャーロック・ホームズとその冒険を現代の物語にアレンジしたもので、そのスタイリッシュかつ知的な作りに加え、タイトルロールを演じるベネディクト・カンバーバッチのハマりっぷりが話題となり、世界的に人気を博している。

 しかし本篇は、スタッフ、キャストこそこの『SHERLOCK/シャーロック』と同じだが、舞台は原作と同じヴィクトリア朝のロンドンだ。だとすると、テレビシリーズとまるで別物になるのではないか、むしろ原作により忠実な内容になっているのではないか、と考えてしまう。実際私は、未だ機会がなくテレビシリーズを鑑賞していないままなのだが、そういう番外篇的位置づけの作品であれば、とっかかりにはちょうどいいかも知れない、と考えていきなり鑑賞したわけである。

 そういう意味では、期待を裏切る内容、と言えるかもしれない。何せ、きちんとテレビシリーズに繋がるエピソードとして作られているし、原作の世界観に沿っている、とは断定しにくい。

 だが恐らくは、シリーズに接したことがない者がとっかかりに選んでも悪くない内容だ、とも言える。事実、本篇を観終えた私は、無性にテレビシリーズが観てみたい心境になっている。

 劇場公開に際して、本篇の前と最後にドキュメンタリーを上映し、コンセプトを解りやすくする工夫も施されているが、本篇そのものにも冒頭でシリーズ全体の大まかな粗筋が挿入されている。これで、だいたいの流れが把握出来る。

 シリーズと繋がっている、とは言い条、基本的には“それはさておき”とばかり、マイペースでヴィクトリア朝のホームズたちの姿と、そこで起きる怪事件が綴られていくので、実のところほとんどの場面ではシリーズとの関連を気に留めることはない。魅惑的な謎と、その周辺で何かを嗅ぎ回るホームズの言動に惹きつけられてしまい、シリーズの1篇であることをほとんど忘れてしまう。ミステリとして、ぬかりなく構築されている証左だ。

 だから、不意にシリーズとの関連をまざまざと突きつける描写が出てくることに少々度肝を抜かれるが、しかしシリーズを知らない人間を戸惑わせながらも、主人公たるシャーロック・ホームズの意識は事件の解決に向けられている。そして、やがて辿り着いた真相に、(鈍い人でもない限りは)唸らされるはずだ。

 この物語、単品の謎解きとしてもかなりのクオリティだが、確かにこのシリーズの、この文脈に押し込める意味のある内容なのである。振り返ったとき、あまりにヌケヌケとした伏線の仕掛け方に、してやられた、という気分にさせられる。

 だからこそ、シリーズのファンならば“オマケ”という印象を抱くことなく楽しめるだろう。同時に、シリーズについて知らなかった者にも、物語の構造がツボに入ったなら、間違いなくシリーズ本篇への興味を抱かせる仕上がりともなっている。

 この作品、現代に“シャーロック・ホームズ”という、王道の名探偵を持ち込む必然性というものに自覚的であるのが素晴らしい。そもそもこの作品で登場する仕掛け自体、発想が現代的なのだが、本篇の構造がそこに説得力を与えている。ただの“ヴィクトリア朝シャーロック・ホームズの物語”として本篇を綴れば、こうはならなかったはずだ。

 シリーズのクリエイターたちの志の高さを強く印象づけ、本篇への関心を惹きながらもエピソード単品として高い質を示す。恐らくシリーズのファンなら頼もしく感じるだろうし、新たな視聴者に対するアピールとしても極めて効果的な作品であろう――ミステリとしての強度が高い故に、合わないひとも多そうだが、それもまた優れた内容である証だろう。

関連作品:

シャーロック・ホームズ』/『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム

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