『フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて』

原題:“Fisherman’s Friends” / 監督:クリス・フォギン / 脚本:ピアース・アッシュワース、メグ・レオナルド、ニック・モークロフト / 製作:メグ・レオナルド、ニック・モークロフト、ジェームズ・スプリング / 撮影監督:サイモン・ティンダル / プロダクション・デザイナー:ハンナ・パーディ・フォギン / 編集:ジョニー・ドークス / 衣装:レベッカ・ホール / キャスティング:アレックス・ジョンソン / 音楽:ルパート・クリスティ / 出演:ダニエル・メイズ、ジェームズ・ピュアフォイ、デヴィッド・ヘイマン、デイヴ・ジョーンズ、タペンス・ミドルトン、メードウ・ノブレガ、マギー・スティード、ノエル・クラーク、サム・スウェインバリー、クリスチャン・ブラシントン / 配給:ALBATROS FILM
2019年イギリス作品 / 上映時間:1時間52分 / 日本語字幕:浅野倫子
2020年1月10日日本公開
2020年8月5日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazon]
公式サイト : https://fishermans-song.com/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2020/06/02)


[粗筋]
 アーティストのマネージャーとしてミリオン・ヒットを出した経験もあるダニー(ダニエル・メイズ)は、間もなく結婚する悪友ヘンリー(クリスチャン・ブラシントン)の独身最後の旅行に赴いた。
 向かったのはロンドンから車で6時間、イギリス南西部にある港町ポート・アイザック。青い海と遠く伸びる丘陵の美しさで知られる観光地で、ダニーたちは酒を飲み明かし、ボディボードを満喫した。
 ポート・アイザックで生活する漁師たちは、海の上や陸上での苦悩を歌にして共有している。ともに“フィッシャー有限会社”を営むジム(ジェームズ・ピュアフォイ)やジェイゴ(デヴィッド・ヘイマン)たちは週に一度、港で“フィッシャーマンズ・フレンズ”というバンドとして歌声を披露していた。
 ダニーの友人であり所属するレーベルの上司でもあるトロイ(ノエル・クラーク)は“フィッシャーマンズ・フレンズ”の歌声を賞賛、ダニーに彼らと契約を結ぶようけしかけた。彼らを口説き落とすまで帰るな、と言われたダニーは、漁師たちの歌にさほど魅力を感じていなかったものの、渋々交渉を試みる。
 地元に金を落としてくれるとは言え、我が物顔に振る舞うよそ者を、漁師たちは決して快く思っていない。ダニーの提案も一笑に付されたが、曲がりなりにも敏腕として鳴らすダニーは諦めなかった。ジムたちの漁に同行し、船酔いに苦しみながらも漁師たちの懐に入っていった。
 懸命の交渉が功を奏し、頑なだった漁師たちも遂にダニーの提案を受け入れた。ジムの娘オーウェン(タペンス・ミドルトン)の助言を得て、教会でデモテープの収録を実施、レーベルにアピールするための準備を着々と整えていった。
 事ここに至って、契約を取り付けろ、というトロイの命令が冗談だったことをダニーは知る。だがダニーは既に、“フィッシャーマンズ・フレンズ”の歌声に、ほかのアーティストにはない特別なものを感じ始めていた。契約など反故にしろ、というトロイの指示を無視し、本格的に彼らを売り込むことを決断する――


ユナイテッド・シネマ豊洲が入っているららぽーと豊洲、エントランス脇の外壁に掲示されたポスター。
ユナイテッド・シネマ豊洲が入っているららぽーと豊洲、エントランス脇の外壁に掲示されたポスター。


[感想]
 本篇に登場する“フィッシャーマンズ・フレンズ”というバンドは実在するらしい。劇中での紹介通り、全員が現役の漁師で、彼らの暮らすコーンウォールで海の男たちによって歌い継がれてきた曲を、素朴だが厚みのある歌声で聴かせる。果たして劇中で描かれたとおりの経緯だったか、は情報不足で確認出来ないが、レコード会社によって採り上げられると高い評価を受け、本国イギリスではトラディショナルの部門で史上最多のセールスを記録しているという。
 契約、そしてデビューに至るまでの経緯は、恐らくフィクションではないかと思う――正直、本篇の展開は少々“お約束”に過ぎる。ジョークで契約を唆され、メンバーのひとりの娘に興味を持ちつつ話を進めているうちに、このバンドや彼らを育てたポート・アイザックの魅力に取り憑かれていく、というのはさすがにドラマとしていささか月並みだ。むろん実際にあれば、それはそれでいい話だとは思うけれど、無批判に信じられるほどこちらも純真ではない。
 ただ、本篇はそうした、構造上の“裏切り”がないことが、とても心地好い物語空間を築いているのも確かだ。
 予想通りの予定調和、と表現すると否定的に響くが、こうなるのではないか、こうあって欲しい、と思ったことが概ねそのままかたちになっていく本篇には、安心感がある。当初、バンドのスカウトに乗り気でないダニーが次第に本気になっていくのも、会社上層部の無理解が障害となっていくことも、細かに発生していくトラブルでさえも、ある程度フィクションに接してきたひとならだいたい予測がつく。しかし、予測が出来るのは、それだけ必要な描写がしっかり組み込まれている証明であり、そうした予想通りの着地は安心感をもたらす。予想を裏切り、ひたすらに観客を翻弄するような作品では、こういう安心感は得られない。
 この心地好さを強めているのが、全篇に鏤められた、粗野だが情のあるユーモアだ。冒頭、バンドに関心があるような嘘をついてダニーを置いていく友人たちこそ悪意を感じるが、漁師達やその家族、友人たちが発するジョークはみな心優しい。彼らは決して知識人ではないはずだが、その経験や、集落としての歴史からこぼれてくる言葉には、ウイットすら備わっている。そのやり取りを眺めているのもまた心地好い。
 そして何より、随所に挿入される彼らの歌声が、実に沁みる。“フィッシャーマンズ・フレンズ”の歌は、何代にもわたって漁師として海に向き合い、陸での苦労を積み重ねてきたひとびとの血と涙が流れている。漁師たちの日常にも深く浸透した、父や祖父、更には数百年に及ぶ集落の歴史が乗せられた歌声は、専業、本業として音楽に一途に携わるひとには表現が困難な領域だろう。この歌は、ポート・アイザックで暮らすひとびとにしか演奏できまい。そうした歴史の片鱗を汲み取った物語に織り込まれることで、彼らの歌声はよりいっそう深く響き渡る。
 ダニーならずとも惹かれ、この地に留まってみたくなるような安心感。それをそのまま体現しようとしたのが本篇なのだろう。素直にこの空間、彼らの歌声に身を浸すのが正しい楽しみ方だと思う。


関連作品:
嗤う分身
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