『ドロステのはてで僕ら』

『ドロステのはてで僕ら』予告篇映像より引用。
『ドロステのはてで僕ら』予告篇映像より引用。

監督、撮影&編集:山口淳太 / 原案&脚本:上田誠 / プロデューサー:大槻貴宏、吉田和睦 / 美術:後藤円香 / 衣装:清川敦子 / 助監督:鍋島雅郎 / 録音&整音:平川鼓湖 / 音楽:滝本晃司 / 主題歌:バレーボウイズ『タイトルコール』 / 出演:土佐和成、朝倉あき、藤谷理子、石田剛太、酒井善史、諏訪雅、角田貴志、中川晴樹、永野宗典、本多力 / 制作:ヨーロッパ企画、トリウッド / 配給:トリウッド
2020年日本作品 / 上映時間:1時間10分
2020年6月5日日本公開
公式サイト : http://www.europe-kikaku.com/droste/
TOHOシネマズ池袋にて初見(2020/07/04)


[粗筋]

ドロステ効果(Droste-effect):図像の中に同一図像が埋め込まれた、再帰的イメージのもたらす効果。オランダのドロステ・ココアのパッケージ・デザインに由来する。

 カトウ(土佐和成)は自身の営むカフェの閉店作業を店員のアヤ(藤谷理子)に委ね、同じ雑居ビルの2階にある自宅に戻った。趣味で催すライブの練習をするためにピックを探していると、部屋にあるパソコンモニターが突如として点灯した。
 モニターに映っていたのは、カトウ自身だった。戸惑うカトウに、モニターの中のカトウは、自分は2分後のお前だ、という。モニターのカトウは、ピックの所在を教えると、とりあえずカフェに戻れ、と現在のカトウを促す。
 言われるがままカトウがカフェに戻ると、店内のテレビでは、彼自身の部屋でピックを探し回る2分前のカトウが映っていた。困惑するアヤをよそに、カトウは先ほど言われたことを画面に向かって繰り返した。
 これは夢だ。早く目を覚まそう、と部屋に戻ったカトウだったが、パソコンのモニターからふたたびカフェにいる自分が語りかけてきた。間もなくコミヤ(石田剛太)がやって来るので、面倒なことになる前に降りてきた方がいい、という。
 案の定、事情を知ったコミヤは面白がり、友人のオザワ(酒井善史)、タナベ(諏訪雅)を呼び出してしまった。仕組みを理解したオザワは、カトウの部屋のモニターをカフェに移動させ、店内のテレビと向かい合わせで設置する。
 こうしてカトウのカフェに作られた、2分の時間差で作られたドロステ空間。しかしこのちょっとしたSFが、やがてとんでもない騒動を引き起こす――



[感想]
 設定を聞いた段階で、その撮影の大変さが思いやられたが、実際の作品を観ると、労りの言葉をかけたい気分になった。
 同じ建物のなかで、2分前を映すモニターと2分後を映すモニターが登場する、というアイディア自体が秀逸なのだが、それを映像的に面白く演出するために、本篇はあえて大変な手法ばかり選んでいる。
 特に驚くべきは、ワンカットに見えるかたちで編集していることだ。メイキング映像を確認すると、実際にはシーンごとに中断を挟み、あとでワンカットに見えるように繋いでいることが窺えるが、それにしたって、きちんとした計画を組み、撮影の際に生じる変化をその都度考慮していかねばならないわけで、苦労は一緒だ。
 それ以上に厄介なのが、2分後の映像や、2分後の映像に映り込む4分後、6分後など、タイトル通り“ドロステ効果”のごとく入れ子になった映像を採り入れることだ。たとえばこれが填め込み合成で何とかなるならたぶんやっているだろうが、劇団とミニシアターが企画したこの作品にそこまでの予算が許されるとは思われず、当然のように、観客が追う基本のタイムラインで出す未来の映像は、予め撮影しなければならない。
 そして、ストーリーがその2分後、4分後に追いついた際には、違和感が生じないように一字一句間違えず、タイミングも合わせて演技をしなければならないのだ。これがステージなら、公演ごとに多少タイミングがずれようが言い回しが変わろうが問題ない、というよりも、客前で演じている以上は芝居を完遂する方が優先されるので構うことですらないが、この作品ではそうはいかない。勢い、役者はテイクごとにすべてほぼ同一の演技をしなければならないわけだ。こんなに神経を遣う作品もちょっと珍しい。この仕事を、きっちり完成させただけでもまず賞賛に値する。
 作り手の苦労を褒め称えてばかりだが、本篇はそもそも、そうする価値があるくらいに、発端となるアイディアを丁寧に、しかしいちど観ただけで伝わるくらい平明に描いていることが素晴らしい。
 2分後を映すモニターと2分前を映すモニター、という、この間隔の短さが実に絶妙なのだ。2分後が見えたところで、画面に映ってしまった当事者としては、その瞬間に追いつくのが精一杯だ。うっかり、さっき観た映像と違うことをすれば、生じたパラドックスがどんな影響を及ぼすか解ったものではない。いささか物分かりの良すぎる登場人物が早々にこの事実に注意してくれるお陰で、序盤からちょっとした事件になる。
 また、2分後が見えるモニターだけならあまり役に立たないが、2分前が映るモニターも同時に存在することが、いわゆる“ドロステ効果”を利用して、映し出せる未来を伸ばしていく、という発想が生まれる。うまく考えた、ように見えて、しかし彼らが確認出来る未来はあくまでモニターに搭載されたカメラが撮せる範囲内に限られる、というのがミソだ。並行してどんなことが起き、どんな会話が交わされているのか、はモニターの映像からは解らない。その事実が、一種モニターに映った未来の謎を解くような関心を生んで、観る者の気を逸らさせない。
 どんどん妙な方向に転がっていく物語だが、これをメインのアイディアを活かして締めくくる手際もいい。主人公格であるカトウにとっては災難としかいいようのない事態に発展するが、このクライマックスで実に心地好く逆転する。何気なく登場したアイテムがほぼ余すことなく意味を持ってくるのも爽快だ。
 そして、結末がまたいい。一種、裏切りめいたやり口でもあるが、このシチュエーションに翻弄された者なら試みてもいい反撃が鮮やかに決まっている。その結果の、フェイドアウトしながらも続く会話がほっこりとした余韻を残す。
 舞台はコンパクトだがアイディアをよく吟味し、僅かな規模と尺のなかにみっちり詰めこんでいる。どーしてもその苦労に目が行ってしまうが、そういう苦労に想像が及ぼうと及ぶまいと、存分に楽しめる良質なSF作品である――むしろ敬意を表して、藤子・F・不二雄言うところの“すこし・ふしぎ”な佳篇、と言うべきか。

 ちなみに本篇はエンドロールのあとで、撮影の舞台裏を楽しむための案内がある。本篇が楽しめたのなら、是非とも最後まで席を立たず、この舞台裏まで確認していただきたい。きっともういちど楽しめ、そしてやっぱり、スタッフやキャストの仕事ぶりを労いたくなるはずである。


関連作品:
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かぐや姫の物語』/『七つの会議
パラノーマル・アクティビティ第2章 TOKYO NIGHT』/『へんげ』/『カメラを止めるな!
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コメント

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