『未来世紀ブラジル』

TOHOシネマズ日本橋、エレベーター向かいに掲示された『未来世紀ブラジル』上映時の午前十時の映画祭11案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、エレベーター向かいに掲示された『未来世紀ブラジル』上映時の午前十時の映画祭11案内ポスター。

原題:“Brazil” / 監督:テリー・ギリアム / 脚本:テリー・ギリアム、トム・ストッパード、チャールズ・マッケオン / 製作:アーノン・ミルチャン / 撮影監督:ロジャー・プラット / プロダクション・デザイナー:ノーマン・ガーウッド / 美術監督:ジョン・ベアード、キース・ペイン / 編集:ジュリアン・ドイル / 衣装:ジェームズ・アシュノン / 特殊効果スーパーヴァイザー:ジョージ・ギブス / ミニチュアエフェクトスーパーヴァイザー:リチャード・コンウェイ / 音楽:マイケル・ケイメン / 出演:ジョナサン・プライス、ロバート・デ・ニーロ、キム・グライスト、マイケル・ペイリン、キャサリン・ヘルモンド、ボブ・ホスキンス、デリック・オコナー、イアン・ホルム、イアン・リチャードソン、ピーター・ヴォーン、ジム・ブロードベント、ブライアン・ミラー、キャサリン・ポグソン / 初公開時配給:20世紀フォックス / 映像ソフト最新盤発売元:Walt Disney Japan
1985年イギリス作品 / 上映時間:2時間22分 / 日本語字幕:戸田奈津子
1986年10月10日日本公開
午前十時の映画祭11(2021/04/02~2022/03/31開催)上映作品
2018年3月16日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2021/10/19)


[粗筋]
 20世紀のいつ頃か、どこかのとある国。
 国家は情報省によって厳しく統制されていたが、反発も強く、爆発テロが頻発している。その摘発も書類によってシステマティックに実施されていたが、あるとき、実行犯として特定された犯人の名前《タトル》が誤って《バトル》と印字されて処理されてしまう。そのせいで、犯罪とは無縁のバトル(ブライアン・ミラー)が逮捕されてしまった。
 バトル氏の上階に暮らすジル・レイトン(キム・グライスト)は、逮捕時の経緯を一部始終目撃し、その理不尽さに抗議するため情報省に乗り込んだ。しかし、情報が厳しく管理されたこの国では、抗議や訂正を実施するためにも無数の申請や許可が要り、あちこちの部署をたらい回しにされ、行政に対する不信感を募らせる。
 情報省に勤めるサム・ラウリー(ジョナサン・プライス)は、上司の頼みにより、この不始末の書類処理を請け負うことになった。その際、受付に対して抗議をするジルの姿を遠巻きに見たサムは驚愕する――その顔は、サムがこの頃繰り返し見る夢に登場する天女そのものだったのだ。
 母親のアイダ・ラウリー夫人(キャサリン・ヘルモンド)がコネで用意した昇進の話をはねつけるほど、現在の職場に満足していたサムだったが、現在の地位では市民の情報を引き出す権限がない、と知った彼は前言を撤回し、昇進を受け入れる。かくして、ジルの情報を入手することに成功したサムだが、厳しく管理された情報社会は、そんな彼を思わぬ窮地へと追い込んでいく――


[感想]
 未来像は、その時代によって変化していく。50年前の映画が現在のネットワークやスマホのような端末を想像出来なかったように、恐らく現代の人間が予想する50年後も、現実とは大きく外れたものになるはずだ。
 既に現代のコンピューター、スマホなどにも繋がっていく端末やネットワークの原型が存在していたのに、パイプで書類をやり取りするネットワーク構造など、恐らく本篇の公開当時でさえ滑稽だったはずだ。
 恐らく本篇の製作者は無知からこうした設定を用意したわけではなく、意識的にまっとうな未来を創造せず、特定の要素を誇張して戯画化するほうを選んだ。監督が『モンティ・パイソン』という、諷刺性を強く籠めたコメディを手懸けてきたクリエイターであるからこそこういう表現を選んだのだろう。
 意識的にコメディに寄せた表現は結果として、すべてが現実社会に対する痛烈な諷刺のように響いてくる。書類のミスにより間違って逮捕されても、書類の修正や申請に煩雑すぎる手続を要する。役所は役所で、その“不始末”をどうにか穏当に収めようと、規則から逸脱した策で隠蔽を図る。筋は違っていても、構造自体は現実にもあり得るだけに、その滑稽な描写が悪夢じみて見えてくる。
 役所が機能していないので、まともな仕事をする配管工がゲリラのような活動をしていて、行政の派遣した業者は無意味としか思えない作業に時間を費やしている、というのも、現実世界での出来事を誇張しているようで、奇妙だが異様な生々しさがある。
 面白いのは、主人公であるサム・ライリーは、しばしば苛立ちはしつつも当初、その環境に不満を持っていない。自らが得た地位や業務に満足して、昇進を望まなかったほどだ。しかし、役所に訴えに来ていたジルに、夢の中で会う美女の面影を見てしまったことを契機に運命は一変していく。事なかれ主義のままで人生を送っていれば、或いはこの奇怪な体制のなかにおいても穏便に乗り切ることが出来たかも知れない。それが、自身の夢想のために持ち崩していくさまも、シチュエーションとしては誇張されているが現実と対比できる。
 本篇はそんな感じで、ひたすらに現実を戯画化したシチュエーションが蓄積されていく。シュールかつハイテンションな描写が延々と続くので、中盤になるといささか倦んでしまう嫌味はあるが、クライマックスではこの趣向のまま活劇に突入し、意外な興奮が味わえる。なにせ、相変わらず様々な設定が誇張された状態なので、盛り上げ方も一風変わっており楽しくて仕方ない。
 だが、そこでは終わらない。急転直下の結末は、描写としては静謐に包まれているが、クライマックスで味わった爽快感を一発で吹き飛ばすほどに衝撃的だ。当初、本篇がアメリカなどで公開された際は、この終盤のくだりがそっくり削除されていた、という。監督は当然のように激昂、後年、カットされた結末も復活した状態での上映が基本となっていくが、率直に言って、このラストをカットした上層部の気持ちも理解は出来る。確かに、この重みは、監督を『モンティ・パイソン』出身と知り、コメディと早合点して鑑賞してしまうと、トラウマになるほどだろう。
 しかし、あの結末であればこそ、本篇が容赦なく積み重ねてきた“現実の戯画化”がより強いメッセージ性を帯びてくる。理不尽や歪さにいつまでも寛容でいつづけると、やがてはサムのような末路を辿るのかも知れない。
 本篇は、コメディ的に極端な誇張によって成立した、優秀なディストピア映画だ。奇妙でとても魅力的、だからこそあまりにも恐ろしい。30年以上経った現在なおカルト的な人気を誇るのも頷ける。


関連作品:
Dr.パルナサスの鏡』/『アンナ・カレーニナ
摩天楼を夢みて』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<ディレクターズ・カット>』/『カーズ』/『ビヨンドtheシー~夢見るように歌えば~』/『デアデビル』/『ブレス・ザ・チャイルド』/『フロム・ヘル』/『日の名残り』/『ムーランルージュ!』/『ミリオンズ
モダン・タイムス』/『ファンタジア』/『カサブランカ』/『第三の男』/『生きる』/『ファーゴ』/『ガタカ』/『メリーに首ったけ』/『マトリックス』/『レクイエム・フォー・ドリーム』/『千と千尋の神隠し』/『マイノリティ・リポート』/『カンパニー・マン』/『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』/『ロード・オブ・ウォー―史上最強の武器商人と呼ばれた男―』/『シューテム・アップ』/『レポゼッション・メン』/『嗤う分身』/『ジュピター

コメント

  1. […] 関連作品: 『マトリックス』/『マトリックス・リローデッド』/『マトリックス・レボリューションズ』 『バウンド』/『Vフォー・ヴェンデッタ』/『スピード・レーサー』/『クラウド アトラス』/『ジュピター』 […]

タイトルとURLをコピーしました