TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口脇に掲示された『アイの歌声を聴かせて』チラシ。
英題:“Sing a Bit of Harmony” / 原作、監督、絵コンテ&演出:吉浦康裕 / 脚本:吉浦康裕、大河内一楼 / キャラクター原案:紀伊カンナ / キャラクターデザイン&総作画監督:島村秀一 / プロップデザイン:吉垣誠、伊東葉子 / メカデザイン:明貴美加 / 色彩設定、色指定&仕上げ検査:店橋真弓 / 美術監督:金子雄司 / 撮影監督:大河内喜夫 / 音響監督:岩浪美和 / 音楽:髙橋諒 / 声の出演:土屋太鳳、福原遥、工藤阿須加、興津和幸、小松未可子、日野聡、大原さやか、浜田賢二、津田健次郎、カズレーザー(メイプル超合金)、堀内賢雄 / アニメーション制作:J.C.STAFF / 配給:松竹
2021年日本作品 / 上映時間:1時間48分
2021年10月29日日本公開
公式サイト : https://ainouta.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2021/10/29)
[粗筋]
景部は地方都市だが、ここに拠点を置く大企業・星間エレクトロニクスが公共サーヴィスで様々な実証実験を行っており、高度に電子化されている。天野悟美(福原遥)の母・美津子(大原さやか)もここに勤めており、AIの開発で様々な功績を上げていた。
その日、サトミが通う景部高等学校に転校生がやって来た。その転校生、芦森詩音(土屋太鳳)は美貌でも注目を集めたが、サトミのクラスで紹介されるなり、サトミに駆け寄って「サトミを幸せにしてあげる!」と宣言し、周囲を騒然とさせる。
その発言にも驚いたサトミだが、もっと衝撃だったのは、詩音が美津子のラボで開発され、実証実験を行っているはずのAIだったことだ。たまたま母の端末を覗き見てそのことを知っていたサトミは、詩音がAIであると悟られれば実験が失敗になることを知り、詩音の行動に注意を払う。
サトミの気持ちもお構いなしに、詩音は奔放に振る舞った。サトミはさんざん手を焼かされるが、彼女の周囲で変化が起きていることにも気づき始める――
[感想]
監督は『イヴの時間』『サカサマのパテマ』という、作家性のある長篇アニメーションで着実に実績を重ねてきた人物である。前々から興味はあったのだが、これまでで最大の規模にて封切られた本篇でようやくきちんと触れることが出来た。
本篇を観ると、監督に支持や期待が寄せられるのもよく理解できる。テーマ性が明瞭でありながら、アニメーションならではの表現の飛躍に躊躇いがなく、画面に華がある。
言ってみれば本篇はSFなのだが、現実世界とそれほど大きな隔たりを感じさせず、実感しやすい未来が築かれている。日本人にとっては親しみの湧く地方都市の光景のなかで、随所に高度な科学技術が施されているが、AIスピーカーを援用した家庭のセキュリティ機能に、特化型の作業用ロボットが職場や学校を行き交う、など、現状からその発展が推測しやすい。唯一、特異点のように《詩音》と名付けられたAIの少女がいるが、ここまでAI技術が発展している社会であればそれほど理解を超越した存在ではなく、悟美や級友たちが容易に受け入れたのも納得がいく。
ただ本篇の中心である《詩音》というキャラクター、AIとして構築されたにしては個性が強すぎる。人間と区別がつかないまでに自発的、自律的な行動の可能なAIの実証実験、と考えれば、主体性を持たせるべく、ある程度の“個性”を与えることは不自然ではないが、登場するなりやたらと言動が突飛だ。観客も、物語の主な視点人物となる悟美も、彼女が実証実験のさなかのAIである、と知っているから、多少の奇特さは許容してしまうが、冷静に考えると度が過ぎている。
しかしこの疑問は、物語が進むほどに薄まっていく。詩音の振る舞いは突飛だが目的意識が明確で、周囲を振り回しつつも、所期の目的である“悟美を幸せにする”ことは着実に成し遂げていく。それが目的に設定された理由が明示される終盤には、詩音が何故こんな特異なキャラクターになったのか、も解っていく。さすがにこのあたりは詳述を省かざるを得ないが、きちんと計算立ててこの《詩音》というキャラクターが構築されていることに唸らされるほどだ。
劇中、詩音と関わるキャラクター、それぞれの背景やドラマもよく考えられている。いずれが抱える悩み、問題点も、決して特別なものではない。誤解から始まった仲間はずれや、目標のないことへの漠たる不安、そして恋愛と、学園もの、青春ものの定番と言っていい。しかしそこに詩音の、破天荒なアプローチが加わることで様相が変わる。主な登場人物たちに特異すぎる設定を用意しなかったことが、絶妙な親しみやすさとバランスを生み出している。
考証や設定に思慮が見られる一方で、詩音の行動や影響はいくぶん大袈裟に描かれている。ごく真っ当な思考をしてしまうと、「さすがにそこまで出来ないだろ」とツッコみたくなるのだが、本篇の場合、そこであえて振り切った表現をすることで、アニメーションとしての見せ場を生み出している。出色なのは、サトミを勇気づけるくだりとクライマックスのくだりだ。詩音の機能から考えれば、ある程度までは実行可能なのだろうが、それにしても派手すぎる。だが、ここで遠慮してしまっていたら、きっと肝心の場面が地味になり印象も薄れてしまっただろう。
実のところ本篇は、いわゆるジュヴナイルの基本が丁寧に詰めこまれている。恋や友人関係、思春期の悩み、大人社会の横暴さに反抗する冒険があり、クライマックスで鮮やかに昇華する。詩音や悟美の行動に危うさを感じるものの、その昂揚感もジュヴナイルらしいスパイスになっている。
教訓めいたものはなく、行動は推奨されるものではない。けれど、だからこそフィクションに欲しい興奮と歓喜が溢れている。満足度の高い作品である。
関連作品:
『るろうに剣心 最終章 The Final』/『プリキュアミラクルユニバース』/『ジョゼと虎と魚たち(2020)』/『プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な1日』/『きんいろモザイク Thank you!!』/『劇場版SHIROBAKO』
『サマーウォーズ』/『ペンギン・ハイウェイ』/『HELLO WORLD』/『君の名は。』/『天気の子』/『ターミネーター2』/『A. I. [Artificial Intelligence]』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アップグレード』
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