『ブレードランナー ファイナル・カット〈4Kマスター版〉』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン9入口脇に掲示された『ブレードランナー ファイナル・カット〈4Kマスター版〉』の『午前十時の映画祭12』における紹介記事。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン9入口脇に掲示された『ブレードランナー ファイナル・カット〈4Kマスター版〉』の『午前十時の映画祭12』における紹介記事。

原題:“Blade Runner” / 原作:フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 / 監督:リドリー・スコット / 脚本:ハンプトン・ファンチャー、デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ / 製作:マイケル・ディーリー / 製作総指揮:ハンプトン・ファンチャー、ブライアン・ケリー / 撮影監督:ジョーダン・クローネンウェス / プロダクション・デザイナー:ローレンス・G・ポール / 編集:マーシャ・ナカシマ、テリー・ロウリングス / 衣装:マイケル・カプラン、チャールズ・ノード / 音楽:ヴァンゲリス / 出演:ハリソン・フォード、ルトガー・ハウアー、ショーン・ヤング、エドワード・ジェームズ・オルモス、M・エメット・ウォルシュ、ダリル・ハンナ、ウィリアム・サンダーソン、ブライオン・ジェームズ、ジョー・ターケル、ジョアンナ・キャシディ、ジェームズ・ホン、モーガン・ポール、ロバート・オカザキ / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.
1982年アメリカ作品 / 上映時間:1時間56分 / 日本語字幕:岡枝愼二
1982年7月10日オリジナル版日本公開
午前十時の映画祭12(2022/04/01~2023/03/30開催)上映作品
2017年9月20日映像ソフト日本盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc4K ULTRA HD + Blu-ray セットクロニクル(旧3ver.収録)DVD Videoクロニクル(旧3ver.収録)Blu-ray Disc日本語吹替追加収録版 + クロニクル収録Blu-ray Disc]
DVD Videoにて初見(2017/10/31) ※ディレクターズ・カット最終版
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2022/7/12) ※午前十時の映画祭12、ファイナル・カット〈4Kリマスター版〉


[粗筋]
 人類は環境破壊により生活拠点を宇宙に移しつつあった。
 宇宙植民地の開拓のため活用されたのは、タイレル社が開発した人間型のロボット《レプリカント》である。過酷な環境でも稼働できる構造は重宝されたが、その人工知能は製造後数年を経ると感情が芽生えるようになり、やがて各地で人間に対して蜂起するようになっていった。
 かくして、人間社会に潜伏し反乱の機会を窺うレプリカントを“解任”=抹殺する専任の捜査官、通称《ブレードランナー》が誕生する。タイレル社もレプリカントの“寿命”を4年にして対応するが、人類への反乱は依然として続いていた。
 2019年、既に退官していた元ブレードランナーのリック・デッカード(ハリソン・フォード)をかつての上司ハリー・ブライアント(M・エメット・ウォルシュ)が呼び出した。宇宙の植民地で4名のレプリカントが反乱を起こし、奪ったシャトルで地球に移動して潜伏している、という。既に現職のブレードランナー、デイヴ・ホールデン(モーガン・ポール)がリオン・コワルスキー(ブライオン・ジェームズ)という労働者に偽装したレプリカントを炙り出していたが、訊問中に襲われ負傷している。ブライアントはデッカードを強引に復職させ、行方をくらましたリオンを含む4名を探し出し始末するように命じた。
 デッカードはまずタイレル社の社長、エルドン・タイレル博士(ジョー・ターケル)に接触を図る。一介の捜査官に伝手はなかったが、レプリカントの眼球を制作しているハンニバル・チュウ(ジェームズ・ホン)という男がチェス仲間として社長の下に出入りしていることを知り、ハンニバルに同行することで接触に成功した。
 社長の口から、潜伏するレプリカントについての情報を得ると、デッカードは混沌とした街のなかにその痕跡を追った――


[感想]
 もう劇中の“現在”を通り過ぎ、まるで異なる未来にいる私たちが観ても、本篇の凄みは実感できる。間違いなく本篇が、その後のSF映画を変革した。
 プロット自体は実のところシンプルで、反乱を起こした人造人間=レプリカントと、専門的に彼らを追い“解任”の名目で抹殺するブレードランナーの追跡劇に過ぎない。見た目では区別がつかないため、その特性を隠し、暴き出す駆け引きと、人間を超えた身体能力を持つレプリカントとの壁をも突き破る格闘はスリリングで迫力があるが、背景に大きな陰謀があるわけではなく、複雑怪奇なストーリーテリングを期待すると拍子抜けするかも知れない。
 しかしそれを表現する、リドリー・スコット監督の優れた映像感覚が加わって生み出されたヴィジュアルが圧巻だ。大気汚染により靄がかかったような世界に、まるで山のように聳え立つ巨大な建築物。一方で街は、科学技術の発展の著しさを窺わせながら、随所にスラムのような場所や廃墟があり、異様な頽廃と閉塞感をも醸し出している。のちに幾つものSF映画が描き出す“ディストピア”としての未来像は、本篇によって映画界にもたらされた、と言ってもいいのではなかろうか。
 そして、雑多だが空虚なこの世界で生きるレプリカントたちの、限られた命であればこその焦燥や葛藤が、従来の作品では描き得ない情感を表現している。いわば人間のフェイクのような存在であっても、感情があり、生命への執着がある。その切実さは、むしろ人間よりも人間的に映る。人間の生涯を数年に凝縮されたかのような彼らの宿命が、作品に詩情をもたらしている。頽廃的なヴィジュアルと相俟って、忘れがたい印象を残す。
 決して理想的な未来像とは言い難い。しかし、不思議な憧れと、奇妙な郷愁を誘う世界観でもある。日本人にとっては、少し前の時代を思い出させるような意匠のせいもあるだろうが、全体の空気感が、大気汚染や冷戦といった緊張の漲っていた世界を思い出させるからかも知れない。本篇において、レプリカント達はもちろん、デッカード達ブレードランナー、更には強大な権力を得たはずのタイレル社社長に至るまで、世界の成り行きにはさほど関心を示していない。レプリカント達は命にかけられた制限を解除するために必死で、デッカードも漫然と自らの任務をこなしている。その言動が象徴する世界の閉塞感が、彼らの生きる時代の難しさを窺わせる。
 とはいえ、この閉塞感、無力感といったものは実のところ、レプリカントに限らず、人間であっても抱くものだ。人生をわずか数年に凝縮されたレプリカント達の境遇、その苦悩は、観る者の胸にも響く。それを追うブレードランナー=デッカードの心情の変遷まで含め、エンタテインメントの枠に収まらない奥行きを備えた傑作である。

 なお私は本篇を、最初は2017年、DVDにて、ディレクターズ・カット最終版で鑑賞したが、感想を書いたのは2022年の午前十時の映画祭12でのファイナル・カット版を鑑賞したあとである。残酷描写の扱いなど、細かな差違があるようだが、しかしさすがに5年も間隔が空くと、その違いは判断出来ない。それゆえに、本項では差違について考慮せず、一貫したテーマや描写についてのみ記した。
 もっとも、ざっと調べられる限りでは、そこまで極端な違いではないと思われる。これから鑑賞されるかたは、監督が現時点で最も納得したヴァージョンと考えられるファイナル・カットを選ぶべきだと思うが、掘り下げたい方はあえて、『ブレードランナー クロニクル』と銘打った、旧ヴァージョンを収録したディスクに接してみるのも一興だろう。作り手にそこまでさせ、それが許される作品の立ち位置も、もはや驚異的である。


関連作品:
エイリアン』/『プロメテウス』/『オデッセイ
トータル・リコール(1990・4Kデジタルリマスター)』/『トータル・リコール(2012)』/『クローン』/『マイノリティ・リポート』/『ペイチェック 消された記憶』/『スキャナー・ダークリー』/『NEXT ネクスト』/『アジャストメント
ブラック・レイン』/『ブラックホーク・ダウン』/『マッチスティック・メン』/『キングダム・オブ・ヘブン』/『アメリカン・ギャングスター』/『ワールド・オブ・ライズ』/『ロビン・フッド(2010)』/『エクソダス:神と王』/『ゲティ家の身代金』/『最後の決闘裁判』/『ハウス・オブ・グッチ』/『許されざる者(1992)
レイダース/失われたアーク《聖櫃》』/『コンフェッション』/『ウォール街』/『グリーン・ホーネット』/『新・猿の惑星』/『シティヒート』/『シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉』/『ゴースト・オブ・マーズ』/『チャイナタウン
市民ケーン』/『カサブランカ』/『ゾンゲリア

コメント

タイトルとURLをコピーしました