『カイジ 人生逆転ゲーム』

『カイジ 人生逆転ゲーム』

原作:福本伸行(講談社・刊) / 監督:佐藤東弥 / 脚本:大森美香 / 製作: 堀越徹、堀義貴、島谷能成、村上博保、平井文宏、阿佐美弘恭、入江祥雄、山口雅俊 / プロデューサー:藤村直人、北島和久、山口雅俊 / エグゼクティヴプロデューサー:奥田誠治 / 撮影監督:柳島克己,JSC / 照明:鈴木康介 / 録音:和久井良治 / 美術:小池寛 / 装飾:山田好男 / VFXスーパーヴァイザー:西村了 / 編集:日下部元孝 / 衣装:遠藤良樹 / 音楽:菅野祐悟 / 音楽プロデューサー:志田博英 / 主題歌:YUI『It’s all too much』(Sony Music Records) / 出演:藤原竜也天海祐希香川照之山本太郎光石研松山ケンイチ松尾スズキ佐藤慶福本伸行 / 制作プロダクション:日テレ アレックス オン / 配給:東宝

2009年日本作品 / 上映時間:2時間9分

2009年10月10日日本公開

公式サイト : http://www.kaiji-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/10/14)



[粗筋]

 伊藤開司(藤原竜也)は追い詰められていた。常にからっけつで、仕事はコンビニのバイトのみ、アパートの家賃でさえしばしば滞納する始末。いつかこの状況を打破してみせる、と念じながら、行動さえ起こせずにいる。

 そんな開司のもとを、金融会社が訪ねてきた。2年ほど前、バイト先の仲間が借金をする際に連帯保証金としてサインをしたところ、その仲間が行方をくらまし、借金がまるごと開司にのしかかってきたのだ。しかし日々の暮らしにすら不自由している開司に払えるわけがない。途方に暮れる開司に、金融会社の女社長・遠藤(天海祐希)はある打開策を提案する。ちょうどその日の夜、晴海から出航する船、エスポワールにて開催される“ゲーム”に参加すれば、ひと晩で借金を解消できるかも知れない――

 一も二もなく提案に乗った開司が赴いた先には、彼同様“負け犬”の気配を色濃く滲ませた男たちが集まっていた。やがて現れた男・利根川(香川照之)が開司達に説明したゲームの内容は、“限定ジャンケン”。

 参加者にはまず、“グー”“チョキ”“パー”の絵の描かれたカードがそれぞれ4枚ずつ、計12枚が配られる。開司達は各々1個あたり百万円に値する星のバッヂを3つ購入するよう強制され、手渡されたカードによってジャンケンの勝負をし、星を奪い合う。カードは1回使うごとに廃棄され、最終的に手許のカードが0枚になり、星が3つ以上残っていれば、借金はチャラ。星もカードも失えばその時点で退場、制限時間30分以内にカードを消化しきれなくとも敗北が決定。負けた場合――未来は、ない。

 処遇を気にする参加者を一喝して利根川は去り、開司が覚悟を決める暇もなく、ゲームは始まった。手を束ねているあいだに、早くも失格する者が現れ、更に恐慌を来す開司に、ひとりの男が声をかけてきた。

 開司はまだ気づいていない。自分がもはや、“敗北”の許されない領域に足を踏み入れたことに――

[感想]

 本篇に横溢しているのはまさに、運任せではない、自らの知力と体力を酷使し、命さえ危険にさらしてでも勝利をもぎ取らねばならないという、極限の緊迫感だ。こういう映画は、日本に限らず世界中を見渡してもそう多くはない。

 原作は、『天』や『アカギ』など、麻雀を題材にした漫画で人気を博した福本伸行が、講談社ヤングマガジン誌に連載していた漫画である。麻雀漫画において、息苦しくなるような腹の探り合いや常軌を逸した策略の面白さを描いて高い評価を得ていた著者が、オリジナルのゲームのなかで、麻雀とは違った頭脳戦、高度な駆け引きを圧倒的な筆力で描き出し、その名をいっそう世間に広く知らしめた、代表作のひとつと言っていい。

 福本作品は一目で彼のキャラクターと解る独自の描線に、“ざわ……ざわ”を代表とする書き文字やコマ演出に味があり、そのために決して映像化は容易くない。『アカギ』と『カイジ』のアニメ化はその味を巧みに消化して独自の世界観を見事に再現することに成功したが、実写版製作、という報に苦い想いを抱いたファンは少なくなかっただろう。

 ただ、いざ完成したものを観ると、ツボを押さえていれば決して難しいものではなかった、と感じる。もともと作者が創造したゲームの数々は、それ自体が非常に魅力的であり、ルールを逆手に取った策略がもたらす面白さは、間違った潤色を施さなければ実写でも味わえる。加えて原作は、やたらに際立った登場人物たちの放つ、読み手の胸にも突き刺さるような鋭い台詞の数々もまた魅力のひとつだ。相応しい俳優を配しきちんと演出すれば、原作ファンが満足するかは別としても、映画として充分に成立しうる素材だったのだ。

 本篇はこの二点をきちんと押さえたうえで、原作のエピソードを巧みに圧縮、再構成している。約2時間の尺に収めるため、当然ながら心理的な駆け引き、原作の見せ場となっている要素が多くカットされているのだが、しかしその取捨選択が的を射ているため、原作の備える力強さ、惹きこまれる魅力は見事に再現されている。

 特に絶妙だったのは、原作では“Eカード”よりあとのエピソードである“地下帝国”のくだりを、“限定ジャンケン”と“鉄骨渡り”のあいだに挟んだことだ。“限定ジャンケン”最後での開司の行動とその後の展開に、主催者側の方針のぐらつきが認められるため、若干違和感を残すものの、“鉄骨渡り”と“Eカード”のなかで開司が見せる決意をうまく裏打ちしている。“地下帝国”での出来事がそのまま現実社会での労働と搾取の構図を凝縮しているので、『カイジ』という作品の大きなテーマをうまく象徴する役割も果たしている。

 原作“Eカード”編周囲に顕著だった、あまりに極端で、絵的にインパクト充分な場面が多く省かれている分、俳優陣の力量が求められる内容になっているが、その意味での不満はまったく感じない。“限定ジャンケン”で開司を翻弄する船井を飄々と演じた山本太郎に、“地下帝国”で不気味な存在感を発揮する松尾スズキなど、場面場面の重要なキャラクターたちがいずれも好演している。特に驚きだったのは、“限定ジャンケン”から登場する頼りない中年男・石井を演じた光石研だ。日本人ならいちどは目にしたことがあるだろう、というくらい各所に顔を見せる名バイプレイヤーであるが、少なくとも私の目にした範囲で、畢生と言ってもいいくらい鮮烈な演技を示している。“鉄骨渡り”の場面などは必見である。

 だが何と言っても、タイトルロール・開司と、その前に立ちはだかる利根川が素晴らしい。原作よりも更に気迫を感じない主人公・開司の人物像を冒頭で作りあげ、それが急速に意地を示すようになる様を見事に体現した藤原竜也と、裏社会のゲームを仕切るナンバー2ならではの黒々とした貫禄を演じた香川照之の、クライマックスにおける一騎打ちは、単なるカードゲームとは思えない迫力だ。終盤の台詞の応酬は、観たあとしばらく頭の中で幾度も反芻したくなるほど強烈な印象を刻みこむ。

 締め括り方も原作とは異なるのだが、映画版『カイジ』としては正しい帰結点である、と感じられる。オープニングと対比させるカメラアングルによって開司の胸中の変化を表現する手法はごくオーソドックスだが、それ故にとても効果的だ。

 終始途切れない緊張感、生死を賭した駆け引きのインパクト、爽快に締めくくりつつも微かに重みを感じさせる結末の余韻まで、隅々まで研ぎ澄まされた良質のエンタテインメントである。原作に愛着のある人が観ても恐らく満足出来るだろうが、知的な緊迫感に充ち満ちた作品に飢えている、という方にこそ是非ともご覧いただきたい。

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