『天使と悪魔』

『天使と悪魔』

原題:“Angels & Demons” / 原作:ダン・ブラウン(角川文庫・刊) / 監督:ロン・ハワード / 脚本:デヴィッド・コープ、アキヴァ・ゴールズマン / 製作:ブライアン・グレイザーロン・ハワードジョン・キャリー / 製作総指揮:トッド・ハロウェル、ダン・ブラウン / 撮影監督:サルヴァトーレ・トチノ,ASC / 美術:アラン・キャメロン / 編集:ダン・ハンリー,A.C.E.、マイク・ヒル,A.C.E. / 衣装:ダニエル・オーランディ / 音楽:ハンス・ジマー / 音楽監修:ボブ・バダミ / 出演:トム・ハンクスアイェレット・ゾラーユアン・マクレガーステラン・スカルスガルド、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ニコライ・リー・コス、アーミン・ミューラー=スタール / 配給:Sony Pictures Entertainment

2009年アメリカ作品 / 上映時間:2時間18分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / 翻訳監修:越前敏弥

2009年5月15日日本公開

公式サイト : http://angel-demon.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/06/01)



[粗筋]

 教皇の死に揺れるヴァチカンに、不穏なメッセージが届けられた。かつてガリレオ・ガリレイが、ヴァチカンの弾圧を逃れるために組織した秘密結社イルミナティ――そのシンボル・マークが送りつけられたのである。

 この芳しからぬ事態に、アメリカから招かれたのは象徴学者のロバート・ラングドン教授(トム・ハンクス)であった。彼は先日発生したキリストを巡る事件において、ある事実を指摘したことによりヴァチカンからは疎まれる立場にあったが、既に消滅したはずの秘密結社からの警告という事態に、犯人を捜し出せるのは彼しかない、と判断されたのである。

 ラングドンが使者の手配した飛行機で赴いたとき、折しもヴァチカンは次の教皇を決定するための、枢機卿たちによる選挙の儀式“コンクラーベ”のさなかにあったが、各国からマスコミが蝟集するなか、4名の有力候補がすべて攫われる、という事件が発生していた。“イルミナティ”を名乗る犯人から送り届けられたメッセージには、8時から1時間おきにひとりずつ枢機卿を殺害していくこと、そして12時をまわった瞬間、ジュネーブの研究所から強奪された反物質が化学反応を起こし、ヴァチカンを消滅させることが予告されていた。

 枢機卿の救助と、どこかに据え付けられた“爆発物”の発見と撤去という2つの課題を突きつけられた捜査陣に、ラングドンは書庫の開示を求める。恐らく枢機卿たちは、ガリレオが自著のなかに残した暗号で示した“イルミナティ”の秘密の拠点で殺害される。彼らを救うには、ガリレオの暗号を解く必要がある――だが、ラングドンのそんな主張を、捜査を監督するスイス衛兵隊隊長リヒター(ステラン・スカルスガルド)らは受け入れなかった。十年も前から書庫の閲覧を申請し、何度も拒絶されていた教授が、今回の事件にかこつけて潜りこもうとしていると見られたのである。

 しかし、ラングドンの読みは的中していた。ガリレオの暗号が示す先で、最初の枢機卿が惨たらしい姿で発見される。ラングドンは、反物質を製造した研究所の研究員ヴィットリア・ヴェトラ(アイェレット・ゾラー)とともに、残る枢機卿と“爆発物”を捜して、暗号を辿り始める……

[感想]

 世界的なベストセラーをロン・ハワード監督&トム・ハンクス主演によって映画化した『ダ・ヴィンチ・コード』の続篇である。

 しかし、実は私はこの大ヒット映画を、まだちゃんと観ていない。「自分が観る前にやたら大ヒットを飛ばした作品はあまり手をつける気になれない」という天の邪鬼な性格と、原作が大ブームとなったとき、断片的に耳にした情報から、作中で解かれる“ダ・ヴィンチの暗号”というものに不審を抱いてしまったことから、原作を読む気はまったく起きず、その後製作された映画も避けてしまったのだ。

 にもかかわらず今回、この作品を鑑賞したのは、ふたつ理由がある。うっすらと聞こえてきたストーリーに、『ダ・ヴィンチ・コード』ほどの無理を感じなかったからというのと、このところ少し露出が控え目だったユアン・マクレガーが、久々に出演した大作だったからだ。

 斯様に、決して大いに期待して劇場に足を運んだわけではない。だが、だからこそかも知れないが、非常に面白かった。

 率直に言えば、冒頭で語られる“反物質”のモチーフにはいささか失笑した。大した科学知識の持ち合わせはないが、それでもあんなに安易に“反物質”が精製できるはずはないし、やたらと大仰な研究所の設備やコンソール、逆に携行することを前提にしたような容器の作りなど、不自然さの解るところが無数にある。ただ、このあたりは観ている時点から、事件に時間制限を施してサスペンスを醸成する、という意図がすぐに察せられるので、問題とは感じなかった。

反物質”という“時限爆弾”に、1時間おきに区切って予告された殺人、それらを防ぐために一定時間内に暗号の指し示す場所を見つけなければならない、という仕組みは、否応なしに緊張感を醸成すると共に、宗教や歴史の知識が絡みあって、普通に提示されたのでは些末な疑問に拘って先に進まなくなる恐れのある謎解きを、勢いに任せて観客に呑みこませてしまう状況を作りあげている。

 暗号解読というのは、やもすると牽強付会に過ぎて観る側に違和感を齎し、それを最後まで引きずって全体の印象に傷を残してしまうものだが、本篇にはそういう弱さもない。尺に合わせて説明が簡潔に済むよう工夫を施している、という面もあるのだろうが、暗号に関わっているのが彫刻や建築と視覚的に解り易いものばかりであることも手伝って、普通晦渋になりやすい謎解きが、むしろサスペンスを加速させているのだ。

 本物のヴァチカン市国のなかでの撮影は出来なかったようだが、そんな感覚をほとんど与えない絢爛たる映像のなかで繰り広げられる凄惨な殺人に行き詰まる追跡劇、そしてクライマックスに用意された派手な趣向など、映像的な見所にも欠かない。多くのエキストラや精巧なセット、それらをCGで補強した、如何にも大作というムードが存分に堪能できる。

 謎解き映画に必要な、登場人物たちの怪しげな雰囲気作りも秀逸だ。ユアン・マクレガーアーミン・ミューラー=スタールの見せる敬虔さと、地元警察らがラングドンたちに抱く微妙な距離感、それらが終盤で変化していく様が、クライマックスでの一転・二転を繰り返す展開をいっそう引き立てている。

 こうした全体像を眺めていると、本篇の作りは日本の探偵小説を彷彿とさせる。必然性のある見立て殺人の構造に終盤のスペクタクル、クライマックスのどんでん返し。ロバート・ラングドンの位置づけなどほとんど横溝正史描く金田一耕助を思わせて、まさに典型的な名探偵の役割を演じている。

 作品の評判自体がブーム先行の印象があったせいもあって、意識して期待を割り引いていたせいもあるのだろうが、予想を遥かに上回る完成度に圧倒される心地さえした。世界的な期待がかかる大作サスペンスとして、これ以上の仕上がりはそうそう望めないだろう。個人的には、敬意を籠めて“探偵映画”の傑作、と呼びたい。

関連作品:

ビューティフル・マインド

チャーリー・ウィルソンズ・ウォー

フロスト×ニクソン

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