『ドラゴン×マッハ!』

シネマート新宿が入っているピル1階エレベーター前に掲示されたポスター。

原題:“殺破狼II” / 英題:“SPL2 : A Time for Consequences” / 監督:ソイ・チェン / アクション監督:ニッキー・リー / 脚本:ジル・レオン / 製作:ウィルソン・イップ、パコ・ウォン、レン・ユェ、トン・チョイチー / 撮影監督:ケニー・ツェー、サミュエル・フー / 美術監督:ホレース・マー / 編集:デヴィッド・リチャードソン / 衣装:ブルース・ユー / 音楽:コンフォート・チャン、ケン・チャン / 出演:トニー・ジャーウー・ジン、サイモン・ヤム、ルイス・クー、マックス・チャン、ロー・ワイコン、ジュン・クン、ドミニク・ラム、ベイビージョン・チョイ、フィリップ・クン / 配給:TWIN

2015年香港、中国合作 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:小木曽三希子

2017年1月7日日本公開

公式サイト : http://asian-selection-movie.com/

シネマート新宿にて初見(2017/2/10)



[粗筋]

 チャイ(トニー・ジャー)が看守を務めるタイの刑務所に、異様な男が担ぎ込まれた。散々抵抗し、チャイが辛うじて動きを封じて監獄に連れていくと、どうやら中国語と英語で何事かを喚き立てている様子だった。英語も解さないチャイには、男が放った“ポリス”という単語の意味が理解できなかった。

 このとき刑務所に放り込まれた男の名はチーキット(ウー・ジン)という。言葉通りに彼は警官、しかも香港警察が組織に送りこんでいた潜入捜査官だった。

 香港では以前から大量の行方不明者が出ており、その一部は臓器を奪われた屍体となって発見されている。彼らは皆、臓器密売組織によって拉致され、殺害されたと思われた。密売組織の犯行を証明し、黒幕を逮捕するために、チーキットは潜入捜査官となったのだ。

 だが、疑われないために繰り返し薬物を服用したことで、チーキットは重度の中毒に悩まされている。同じ警官である叔父のチャン(サイモン・ヤム)に諭され、懸命に内偵を続けているが、もはや限界に近かった。

 そんな矢先、遂に千載一遇の好機が訪れる。組織からチーキットたちに、ある夫婦を捕らえてくるよう命令が下ったのだ。ここぞとばかりにチーキットは叔父に情報を送り、夫婦が逃亡を企てている空港で組織の尻尾を掴むべく作戦が展開される。

 しかし、夫婦の激しい抵抗をきっかけに、待合室を中心とした銃撃戦に発展してしまった。組織がターゲットの夫を拉致するさなか、チーキットが組織と警察との板挟みとなり、チャンは咄嗟にチーキットを庇ってしまう。チャンたち警察は辛うじてターゲットの保護に成功するが、チーキットは組織の仲間たちと逃走せざるを得なかった。

 裏切り者と勘づかれたチーキットは、所長(マックス・チャン)が組織と内通し、便宜を図っているタイの刑務所へと送りこまれてしまった。そして、看守のチャイと出会ったのである。

 ふたりはまだ知らない――彼らのあいだに存在する、奇妙な因縁を。

[感想]

 原題を見てピンと来たひともいるのではなかろうか。本篇は、ウィルソン・イップ監督、ドニー・イェン主演、サモ・ハン共演による香港ノワール・アクションの傑作『SPL/狼よ静かに死ね』の続篇、という位置づけになっている。

 しかし、内容的にはまったく繋がりはない。ウィルソン・イップ監督は製作に就き、ウー・ジンにサイモン・ヤムが引き続き出演しているが、役柄はまったく別だ。ストーリー的にも繋がるところはない――少なくとも、前作を観てないと理解できない、というレベルでの繋がりはまったくなく、本篇単独で鑑賞しても何の問題もない。

 強いて繋がっているとすれば、世界観であろう。香港の警察官たちが遭遇する、過酷な事件。様々な思惑が交錯し、随所で交戦しながら、思いがけずドラマティックな展開が待ち受ける。そのハードな物語の構造と、尋常でない迫力を備えたアクションは、確かにあの傑作『SPL』を想起させる。本篇は続篇扱い、というよりも“殺破狼”というブランドの新作、という程度に捉えて鑑賞するべきかも知れない――なんにせよ、続篇、という意識で接する必要はない。

 この作品で注目すべきは何と言ってもトニー・ジャーの起用だ。

 タイでスタントマンとしてキャリアをスタートし、『マッハ!!!!!!!!』によって全世界的にその名を知られるようになったものの、出家やプロダクションとの軋轢などもあって出演作が紹介される機会も乏しく、やや燻っている感は否めなかった。契約面がクリアになったことでハリウッドへの進出も果たしたが、現在日本に届いている『ワイルド・スピード SKY MISSION』は彼の露出が少なく、作品の質こそ高いもののトニー・ジャー目当てで鑑賞するとまったく納得できない内容だった。

 本篇での起用、その扱い方は、『マッハ』や『トム・ヤム・クン!』以降、彼に注目していたファンの不満を一気に解消するくらい痛快だ。冒頭から香港の注目株ウー・ジンと激しい格闘を繰り広げ、そのあとも随所で一対多の戦いにお馴染みのムエタイで臨み、その高い身体能力をこれでもかとばかり見せつけている。

 しかし、もっと重要な点は、本篇がトニー・ジャーを“俳優”として扱っていることだろう。刑務所の看守という地味な役柄だが、大切な娘が白血病に冒されており、その治療に頭を悩ませている。そういう人物だからこそ、物語が進むにつれて迫られる選択に激しく葛藤する。これまでの、シンプルに怒りに身を委ねるタイプの真っ正直なキャラクターとは異なる、役柄の奥行きをきっちりと表情や台詞で表現しようとしているのだ。決して優れた演技とは言えないが、真摯な姿勢が役柄ともマッチして、好感が持てる。

 そして本篇は、そんな彼を安易に英雄に祭りあげる物語ではなく、様々な思惑が絡みあう、犯罪群像劇として組み立てられている。その複雑な構図が生み出す予測不能な展開が非常に魅力的だ。

 前作『SPL』もそうだったが、ここ数年の香港映画は極めて質の高い犯罪もの、ノワールがコンスタントに作られている。ハリウッドでのリメイクがアカデミー賞に輝いた『インファナル・アフェア』をはじめとする傑作も多いし、『エグザイル/絆』などスタイリッシュなアクションで定評のあるジョニー・トー監督、近年の活躍ぶりで日本でも劇場公開が続くダンテ・ラム監督など、このジャンルを得手とする作り手も多数輩出している。本篇は、そうして香港映画界が発展させてきた独特な犯罪映画の潮流を受け継ぎ、可能な限りその魅力を盛り込んでいる。

 あまりに複雑すぎる組み立てゆえに、序盤は見ていて混乱させられるひとも多いだろう。一部、時系列を前後させて描いているのも混乱に拍車をかけている。状況をきちんと読み解いていかないと、ちんぷんかんぷんのまま話が進んでしまう可能性もある。しかし状況が把握出来てくると、登場人物それぞれが抱える苦悩に翻弄されている様が胸に迫ってくる。そして、その都度大きな選択を迫られ、それによって変化していく事態に振り回される。

 ひとつ惜しむらくは、その複雑な構成ゆえに、全般にアクションの爽快感が乏しいことだ。現実に優れた身体能力とムエタイの技術を持つトニー・ジャーが混ざっていたら、彼のひとり勝ちになりそうなものだが、劇中では彼以上の達人という位置づけのキャラクターが多い。しかも話の展開ゆえに勝負の結果がそのまま物語の変化に繋がらないこともあるので、よけいに爽快感という面で観ると損をしている印象だ。

 ただそのぶん、アクションシーン自体がふんだんである上に、趣向や見せ方の工夫が非常に多彩だ。特に、暴動に等しい状態となった刑務所内での乱闘のくだりは、アクション映画、とりわけジャッキー・チェンが台頭して以降の香港アクション映画を愛好するひとは必見、と断言したい。回廊状になった刑務所の構造を利用して、あちこちで繰り広げられる乱闘と、そのなかでの主要登場人物たちの動きを立体的に捉えていく。1階部分でチャイとチーキットがタイマンを続ける一方で、別の登場人物が上階である目的を持って動き回る姿を、ワンカットで捉えていく。随所でカットを切り替えながらも観る側を混乱させず、ひたすら興奮と関心を惹き続ける一連のシークエンスこそ、本篇の白眉と言ってもいいかも知れない。

 だが、クライマックスもまた見事な仕上がりなのだ。用意しておいた伏線が、決して多く言葉を交わす機会のなかったふたりの主人公を共闘へと導くプロセスは、感動すると共に感心させられる。直後のアクション・シーンでの活躍の布石でもあるが、しかしトニー・ジャーを“役者”として活かしたシーンでもあることに注目していただきたい――そう考えると、もうちょっと表情をくっきりと演じて欲しかった、という嫌味もあるのだが、それでも感情の機微、意識の変化が窺えるこの場面は、トニー・ジャーが“役者”として開眼した瞬間のようにも映る。

 ところどころ荒削りな部分もある。序盤の説明不足もそうだし、中盤から終盤にかけての運命的な交錯や、クライマックスの傍らで繰り広げられるエピソードは、物語の象徴だとしてもいささか強引に過ぎる。しかし、それがさほど鼻につかないほど本篇には熱があり、抗えないほどの牽引力を備えている。

 香港映画界が“武侠映画”というジャンルに始まり長年にわたって育て上げてきたアクションの技術と、『男たちの挽歌』あたりから発展させてきたスピーディで複雑な犯罪ドラマ、というふたつのお家芸を、極めて高いレベルで融合した、傑作である。個人的には、ここ数年に鑑賞したアクション映画のなかでも五指に入るくらいの傑作だと思う。少なくともトニー・ジャーがメイン・キャストに名前を連ねた作品の中では断トツの1本である、と断言したい。

関連作品:

SPL/狼よ静かに死ね

アクシデント』/『強奪のトライアングル』/『導火線 FLASH POINT』/『新少林寺/SHAOLIN

マッハ!!!!!!!!』/『マッハ!弐』/『マッハ!参』/『トム・ヤム・クン!』/『ワイルド・スピード SKY MISSION』/『血戦 FATAL MOVE』/『ドラゴン・コップス -微笑捜査線-』/『イップ・マン 序章』/『イップ・マン 葉問』/『ドラッグ・ウォー 毒戦』/『グランド・マスター

男たちの挽歌』/『インファナル・アフェア』/『エグザイル/絆

コメント

タイトルとURLをコピーしました