原題:“Safe” / 監督&脚本:ボアズ・イェーキン / 製作:ローレンス・ベンダー、ダイナ・ブルネッティ / 製作総指揮:スチュアート・フォード、ブライアン・カヴァナー=ジョーンズ、ケヴィン・スペイシー、ディーパック・ナヤール / 共同製作:ジョセフ・N・ゾルフォ / 撮影監督:スティーヴン・チャプスキー,ASC / プロダクション・デザイナー:ジョセフ・ネメックIII世 / 編集:フレドリック・トラヴァル / 衣装:アン・ロス / キャスティング:ダグラス・エイベル / 音楽:マーク・マザースボウ / 音楽監修:リズ・ギャラチャー / 出演:ジェイソン・ステイサム、キャサリン・チェン、ジェームズ・ホン、クリス・サランドン、ジョセフ・シコラ、ロバート・ジョン・バーク、レジー・リー、アンソン・マウント、サンドール・テクシー、ジェームズ・コルビー、マット・オトゥール、ジャック・グワルトニー、ダニー・ホック、スザンヌ・サヴォイ / 配給:Broadmedia Studios×Pony Canyon
2012年アメリカ作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:岡田壯平 / R15+
2012年10月13日日本公開
公式サイト : http://www.safe-movie.jp/
[粗筋]
メイはもともと中国・北京で暮らしていた。彼女にとって不幸だったのは、神がかった記憶力を持っていたことである。そのために組織に囚われ、病床の母親を人質に取られて、やむなくアメリカに渡航、彼らのコンピューター代りを務めることとなる。
あるとき、組織はメイに、ランダムで長い数列を暗記させた。アメリカでメイを“養女”として保護しているチャン・クワン(レジー・リー)に連れられ、もうひとつの仕事のために移動している最中、乗っていた車が何者かによって襲われた。情報を守るためなのか、一時はチャンからも銃口を向けられたメイは、どさくさに紛れて脱出、地下鉄の駅へと逃げこむ。
しかし、チャンたちを襲撃したロシア系ギャングの一味はすぐにメイの姿を発見した。車内で追い詰められ、絶望にうちひしがれたそのとき、忽然と現れた、薄汚い身なりをした男が、ロシア系ギャングを瞬く間に一掃した。
メイを救った男の名は、ルーク・ライト(ジェイソン・ステイサム)。かつてニューヨーク市警に勤めていたが失職、賭博格闘技のファイターとして八百長を請け負っていたが、負けるはずの相手を一撃で倒してしまい、胴元であるロシア系ギャングによって妻を殺害され、以後親しくした者はすべて殺す、と脅され、孤独を託っていた。人生に失望し、死を選ぼうとしたそのときに、メイを追うギャングを見つけたのだ。偶然であったが、彼の関心を死から逸らした少女に恩義を感じたルークは、彼女を救うことを決意する。
秘密を握るメイを、中国系、ロシア系ばかりでなく、ルークにとっても因縁のある悪徳警官たちまでも追っていた。だが、メイを救う覚悟を決めたルークは、それまで隠していた才能を全開に、街を暗躍する――
[感想]
ジェイソン・ステイサムは単なるアクション俳優ではない。
彼が知名度を一躍高めたのがリュック・ベッソン製作によるアクション映画の秀作『トランスポーター』であり、これを契機に多くのアクション作品で主役として重用されるようになったことには異論を容れない。また、いまひとつ新たなアクション・スターが育たないなかで、彼が異例の活躍をしているのも間違いのないところだ。ただ、だから彼がアクション一辺倒の俳優である、という意見には、私にはあまり首肯できない。
確かにアクションでの露出が多く、そこで自らアクションに果敢に挑む姿勢は、アクション俳優そのものだ。作中で演じる人物像がかなり固定されていて、作品ごとに大きな違いがないように感じられる点も、ジャンルを限定した才能、というふうに映る。
だが、もしそれだけだったとしたら、こうも矢継ぎ早に新作が撮られ、その都度日本で公開されるはずはない。ジェイソン・ステイサムという俳優には、単純な動きのキレ、存在感に限らず、優れた振り幅があるのだ。
同じようなキャラクターを演じているように見えるが、しかし人物像は決して同じではない。『トランスポーター』シリーズでは、プロとしてのルールを強く己に課しながらも、それ故洒脱で凛々しい伊達男になっているし、同時期出演した『ミニミニ大作戦』では、ドライヴィング・テクニックは似たように優秀だが、より軟派なキャラクターを演じている。やはりプロフェッショナルではあるが、終始冷徹な『メカニック』に対し、『アドレナリン』シリーズでは的の思惑に振り回され、異様なシチュエーションに圧倒的ハイテンションで臨む男に嬉々と扮している。そしてその一方で、『バンク・ジョブ』のように、マッチョさを滲ませつつも、本質的には凡庸な人物像をも巧みに表現する。それぞれ細かに特徴を変化させながら、“ジェイソン・ステイサム”というブランドは揺るがない。当たり前のようだが、この芯が逞しいからこそ、彼はアクションを軸にしたスターとして持て囃されているのだ。
本篇は、そんなジェイソン・ステイサムという俳優の備えた能力、魅力を恐らくは最も遺憾なく発揮した作品、と言っていい。
アクションのキレは相変わらずだ。今回の場合、スピード感と爆発力に富んだ趣向が幾つも繰り出され、アクション・シーンそれぞれの尺は決して長くないが、インパクトに優れた映像ばかりになっている。ロシア系ギャングの御曹司を襲撃するくだりなど、非現実的な動きもあるのに、そこに説得力さえ感じさせるのだから面白い。
しかし、この作品の真価は、アクションに至るまでの描写の奥行にこそある。
本篇においてジェイソン・ステイサムは、すぐさま拳を上げようとはしない。プロローグ部分で悲哀に満ちた姿を描き、普通ならすぐさま復讐に打って出そうなタイミングで、彼は何故か涙を飲むことを選ぶ。その振る舞いが滲ませる陰が、主人公に人間的な肉をつけるとともに、いざ爆発した際のアクションをより力強いものにしている。ベースに“ジェイソン・ステイサム”という俳優固有のキャラクターがあって、そこに人物像を上乗せしているから、演技に幅というよりも奥行きが生まれる。巧みに演じ分け出来る演技巧者には却って出来ないタイプの掘り下げが可能だからこそ、本篇のような人物像が活きるのだ。
アクションとして重量級の見せ方をしながらも、本篇は終始、クセ玉を繰り出して来る。その最たるものが、あの締め括りだろう。普通ならもっと派手に見せそうなところを、少々呆気なく幕を引いているような印象だが、しかしそれが腑に落ちるのは、主人公の人間像をきっちりと掘り下げ、繊細な表現によって心理的な伏線を張り巡らせているからこそだ。監督がメジャー・スタジオでアクションを撮ってきた人物ではなく、独立系でドラマを撮ってきたから、というのもあるだろうが、随所で非常に凝ったカメラワーク、編集の技を用いつつ、それが単なる自己満足に陥らず、オーソドックスなアクション映画にはない見せ方と表現の連携を生んでいる。
『トランスポーター』初期作品のような派手さとスタイリッシュさには乏しいし、ひねりの利いた結末はあまりスッキリしない、というひともあるだろう。だが、ストーリーとアクション、表現を絶妙に調整し、ジェイソン・ステイサムという俳優のポテンシャルを存分に活かしきった本篇は、独自の地位を築いた彼のひとつの頂点と呼んでいいのではなかろうか。
関連作品:
『トランスポーター』
『ミニミニ大作戦』
『アドレナリン』
『バンク・ジョブ』
『メカニック』
『キラー・エリート』
『理由』
『スペル』
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