原題:“The Bourne Legacy” / シリーズ原作:ロバート・ラドラム / 監督&原案:トニー・ギルロイ / 脚本:トニー・ギルロイ&ダン・ギルロイ / 製作:フランク・マーシャル、パトリック・クロウリー、ジェフリー・M・ワイナー、ベン・スミス / 製作総指揮:ヘンリー・モリソン、ジェニファー・フォックス / 撮影監督:ロバート・エルスウィット,ASC / プロダクション・デザイナー:ケヴィン・トンプソン / 編集:ジョン・ギルロイ / 衣装:シェイ・カンリフ / 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード / 出演:ジェレミー・レナー、レイチェル・ワイズ、エドワード・ノートン、ステイシー・キーチ、オスカー・アイザック、ジョアン・アレン、アルバート・フィニー、デヴィッド・ストラザーン、スコット・グレン、ドナ・マーフィー、マイケル・チャーナス、コリー・ストール、ニール・ブルックス・カニンガム、ジェリコ・イヴァネク、デニス・ボウトシカリス、コーリー・ジョンソン、ルイス・オザワ・チャンチェン / 配給:東宝東和
2012年アメリカ作品 / 上映時間:2時間15分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2012年9月28日日本公開
公式サイト : http://bourne-legacy.jp/
TOHOシネマズ日劇にて初見(2012/09/28)
[粗筋]
アメリカ、アラスカ州。CIAから特殊な使命を帯び、山岳地帯で作戦行動に着いていたアーロン・クロス(ジェレミー・レナー)は、途中で狼に追われて沢に転落、命は助かったが、携帯していた薬を大量に紛失してしまう。やむなく山を越えて拠点に赴き、習慣となっている血液サンプルの送付とともに、新しい薬が届くのを、別の工作員とともに待機していたが、届けられたのは無人攻撃機が放つミサイルであった――
同じ頃、ニューヨークのCIA本部は騒然としていた。〈トレッドストーン計画〉で誕生した工作員、通称ジェイソン・ボーンが行方をくらましたのちに、新聞記者のサイモン・ロスと接触、機密の暴露に関わろうとする動きが見られたのだ。サイモン・ロスは暗殺され、事態は収束するかと思われたが、内部調査局のパメラ・ランディ(ジョアン・アレン)に極秘計画を告発する可能性が示唆され、上層部は動揺する。CIA内部では〈トレッドストーン計画〉〈ブラックブライアー計画〉とともに〈アウトカム計画〉と呼ばれる計画も密かに始まっており、ひとつが白日の下に晒されれば、すべてが破綻してしまう危険を孕んでいる。
国家調査研究所のリック・バイヤー(エドワード・ノートン)は最悪の事態を慮り、〈アウトカム計画〉で各地に展開したプログラムの抹消を指示する。そのなかに、アーロン・クロスも組み込まれていたのだ。
無人攻撃機の襲来を、機転を用いてやり過ごすと、アーロンはロシアを経由してアメリカに舞い戻る。目的地は〈アウトカム計画〉参加者の健康を管理していたステリシン・モルランタ社の研究所――
しかし同じ頃、この研究所の担当部署にも、バイヤーの手は伸びていた。温和だった職員が突如豹変、大勢の同僚たちを殺害し、警備員に銃口を向けられたところで自らに銃弾を放ったのである。唯一辛うじて生き残ったマルタ・シェアリング博士(レイチェル・ワイズ)にふたたび暗殺者の影が迫った極限のタイミングで、アーロン・クロスが彼女の元に辿り着いた――
[感想]
冷戦の終結とともに、ほとんど火の絶えかかっていたスパイ映画に光明を齎したのは、間違いなく『ボーン・アイデンティティー』に始まる“ジェイソン・ボーン”シリーズだった。敵を対立国ではなく同じ国の組織に設定し、まさにアイデンティティーを失ったスパイが自らの存在意義を賭けて戦う、というシチュエーションに加え、2作目『ボーン・スプレマシー』では監督ポール・グリーングラスが得意とするドキュメンタリー的な撮影手法、そしてあの“避けないカーチェイス”を筆頭とする、リアル志向の演出を徹底することで、従来のアクション映画を新しいレベルにまで導いてしまった。この3作がのちのハリウッド映画にもたらした影響は尋常ではなく、スパイ映画の原点である“007”シリーズでさえ、ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンド役に選ばれて以降は、“ボーン”シリーズのリアル志向を踏襲しているほどだ――“007”については、そういう変化が求められていた時期であることも無視出来ないが――。
だが、3作目『ボーン・アルティメイタム』ののち、更に続篇を製作する、という段階になって、様々な問題が噴出した。詳細は省くが、結果としてまず監督のポール・グリーングラスが離脱、そして監督に敬意を払っていた主演のマット・デイモンも降板を表明し、事実上、このシリーズは暗礁に乗り上げてしまった。しかし紆余曲折を経て、全作品に脚本として関わり、『フィクサー』で監督としてもデビュー、高い評価を得ていたトニー・ギルロイが着任、ドラマもアクションもこなせる、というハードルを課せられた主演には、『ハート・ロッカー』で注目されたのち、アクション映画での活躍著しいジェレミー・レナーを招き、“ジェイソン・ボーン”の事件ではなく、同じ世界観の同じ時間軸において、ボーンの事件に影響されながら展開していた別の物語、という視点で物語を構築した。
この創意工夫は高く評価したい。そもそも、ジェイソン・ボーンを中心とする物語は『〜アルティメイタム』で本質的には完結しており、続篇を製作する、という考え方自体が、個人的にはあまり承服しづらかったのだが、本篇のアイディアなら納得がいく。監督に、作品世界を熟知しており、しかも演出スタイルにおいてもポール・グリーングラス監督の影響を窺わせるトニー・ギルロイを招いたことも、アクション面でも存在感を示すジェレミー・レナーを新たな “暗殺者”として迎え入れたことも、事前情報としては好感が持てるものだった。
だが、完成された作品は――正直なところ、物足りない、という印象を禁じ得なかった。
世界観は正しく踏襲している。随所で旧作の出来事、登場人物が絡み、複雑に思惑が入り乱れていく過程には知的興奮がある。また、2作目、3作目と同じスタント・コーディネーターを起用したアクションの様式もシリーズの定石に従っていて安定感はある。
物足りなさの理由を簡単にくくると、本篇で新たに主人公として起用されたアーロン・クロスに、ジェイソン・ボーンが背負っているほどの“業”を感じられない、ということに尽きるように思う。
いまにして思うと、ボーンが記憶を失っている、ということは非常に大きかった。第1作は終始自分探しとしての戦いが続き、第2作では、失われた過去に犯した罪との対峙が描かれ、第3作ではそれが更に掘り下げられていく。決して謎解きとしては込み入っていないが、それによって生み出される緊張感、情動は見事だったし、アクションと呼応している点も巧みだった。
しかし、アーロン・クロスは記憶を失っているわけではない。確かに彼の周囲にも謎はあるが、ボーンの直面したそれよりシンプルだったし、それがアーロンを必要以上に揺さぶることもなかった。彼はあまりに迷いなく、“自分が生き残る”という一点のみが行動原理になっているので、ドラマがいまひとつ膨らまない。ボーンの出来事と並行している、という設定に却って足を取られた格好で、アーロンの行動が彼を追う面々にさほど大きな影響を与えられなかったことも、物足りない印象をもたらす原因になっているようだ。
アクションについても、決して迫力、危険度は下がっていないのに、全般に食い足りない印象を受ける。恐らくその原因は、激しさに反して、演出でインパクトを表現し切れていないことにあるのではなかろうか。前2作はハンディカメラを多用し、アクションの当事者を近くから撮影することで、圧倒的な臨場感とスピード感を観客に疑似体験させていたが、本篇はハンディカメラのスタイルこそ踏襲していても、全般に被写体と距離があるので、いまひとつパワーに欠いている。編集のテンポが若干間延びしているせいもあるのだろうが、前作までの、吸い込まれそうな牽引力は感じられないのだ。屋根を伝い歩くさまを下方から撮る、といった光るアングル、屋根から狭い路地の壁を滑り降りて襲撃するくだりなど、シチュエーションとしてもスタントとしても優れた趣向もあるのだが、アーロン・クロスという人物像の奥行きがいまひとつ感じられないゆえの、ストーリーの牽引力不足ともあいまって、充分に力を発揮しきれていない。
全篇が終わっても、けっきょくアーロンの事件はその他の出来事にあまり影響していた、という印象はないし、カタルシスにも乏しい。あまりに華麗だった第2作、第3作はおろか、第1作にも及んでいないと感じてしまう。恐らくは、アーロン・クロスを軸に、可能であればマット・デイモン=ジェイソン・ボーン再登板も含んでの続篇を見据えた構成にしてしまったことも原因なのだろうが、前作までが1作1作できちんと決着させていたこともあって、尚更に見劣りしてしまう。
極めて制約が厳しいなかで、あえて挑戦したこと自体は評価したいし、恐らく他のスタッフで同じことをやろうとすれば、もっと悲惨な結果に終わってしまった可能性もある。前作までのことをあまり意識しなければアクション映画としては及第――とは言い条、この設定では旧作のことを忘れて観ることは不可能だったことを思うと、大変なジレンマではあったが、残念ながらそれを乗り越えられなかった、と感じる。創意工夫と努力は認めるが、多くのシリーズ・ファンの期待に充分に応えられているか、と問われたら、否、と返すほかない。
関連作品:
『フィクサー』
『アベンジャーズ』
『ナイロビの蜂』
『プレデターズ』
コメント
初めまして
私も昨日見てきました。同じような感想を自分のブログにもアップしましたが、そう、これが言いたかったんです。
ちなみに今日は吹替え版を見てきました。字幕版より2倍近く面白かったです。同じ作品なのに変ですよね