忍者月影抄 忍法帖シリーズ(三)

忍者月影抄 忍法帖シリーズ(三) 忍者月影抄 忍法帖シリーズ(三)』

山田風太郎

判型:文庫判

レーベル:河出文庫

版元:河出書房新社

発行:2005年6月20日

isbn:4309407463

本体価格:850円

商品ページ:[bk1amazon]

 河出文庫からの忍法帖復刻シリーズ第三巻は、1961年から62年まで『講談倶楽部』に連載された第五作。

 享保十七年、吉宗公の治世にある江戸は日本橋にある“晒し場”に、三人の裸女が捨て置かれた。その背中には揃えて「公方様御側女棚ざらえ」と朱の刻印――すべては吉宗公の改革に対して叛意を含む尾州家七代当主万五郎宗春の計略であった。潔癖さを身上とする吉宗公であったが、若き日には蕩児としても知られ、紀州にいた十年ほどの間に総勢十八名の愛妾を囲っていた過去を秘めている。宗春はそこに目をつけ、かつて吉宗公の寵を受けた女たちを捜し出し公衆の面前に晒すことを目論んだのだ。吉宗公の懐刀たる大岡越前は一計を案じ、伊賀鍔隠れ衆七名と、幕府の剣術指南を請け負う江戸柳生七名とを送り出し、かつての愛妾たちが晒されるのに先んじてその存在を葬るよう提言する。対する尾張の宗春は、名古屋城築城以来、危急に備えて組織されていた御土居下組に属する甲賀の七人衆に、江戸柳生とは因縁深いもうひとつの本流である尾張柳生の七名を各所に派遣し、吉宗公の側女を江戸にて辱めることを画策する。吉宗と宗春、伊賀と甲賀、江戸柳生と尾張柳生――あいだに不運の女たちを挟み、三つの因縁を孕んだ死闘が繰り広げられる……

 実は、私が初めてまともに読んだ忍法帖作品が本編だった。講談社ノベルスで刊行されていた忍法帖シリーズ第二期、横尾忠則による怪しげな装幀に惹かれて購入、即日読了して以来買い続けているわけで、これ一作である意味道を踏み外してしまった、とも言える。

 以来、約十一年振りの再読となるが、やはり面白いと思う一方で、他のたとえば『魔界転生』『甲賀忍法帖』などを読んでしまったあとだと、いささか散漫に感じられる。伊賀と甲賀というお馴染みの構図に、山田風太郎がしばしば起用してきた江戸・尾張双方の柳生一門の対立とを絡めた発想は魅力的だが、しかし繰り広げられる戦闘や詐術にあって、この構図が存分に活かされているとは言い難い。もともと忍者それぞれは個性的だが、個性が際立ちすぎるが故に敵味方の彼我が解りにくいという欠点が忍法帖シリーズにはあり、そこに柳生剣術の対立が絡んでくることで余計に混乱が生じている。しかも、なまじ侍としての矜持が明確であるのと引き替えにどうしても没個性になりがちな武門の人間なので、彼らが自ら江戸か尾張か名乗らない限り、まるっきり見分けがつかないのだ。この点、同時期に連載発表されていた『外道忍法帖』のほうが、隠れ切支丹という形で一方の信念が明確になっているぶん見分けはつく。

 ただ、もともとどちらに思い入れを籠めて読むような趣向の作品ではなく、幻妖な忍術と忍術の葛藤の不気味さ、また随所で繰り広げられる両柳生の剣戟の迫力、その双方だけでも充分に引きこまれてしまう。敵味方の区別がつきにくい、という構造が翻って、側女たちに接触してきた者たちがいずれに属する人間であるのか、それが尾張方ならどのような計略で彼女らを拐かし江戸にて晒すつもりなのか、といった興趣を生んでいるのである。この辺、読み方を間違えると終始激しいストーリー展開に乗れぬままになる恐れもあるだろう――尤も、山田風太郎の筆力はそんな小賢しい理屈に呑みこまれるような生易しい代物ではなく、好き嫌いは別にしても、とりあえず読まされてしまうのは確実と思われるが。

 それにしても、風太忍法帖に登場する忍術は人智を絶したものが多いが、本書では特に異様なものが目につく気がする。たとえば、これはほかの作品でも幾たびか登場しているが、術者の死を契機に発動する忍術が今回特に多いように思われる。使命のためなら文字通り命を抛つことも厭わない“忍”の本質を伝えるには適当だと思われるのだけれど、しかし自らの死を前提に発動する術を仕込む彼らの姿を想像すると、慄然とせずにはいられない。

 歴史に実在した人物を絡める際、彼らの身に起きた実際の事件を介入させるのはいつもの手法であるが、本書においては天一坊事件がそれにあたる。全篇に絡んでくるのではなく、ある側女のエピソードの背景として登場するのだが、その扱い方は実に巧い。解説に記されているとおり、もはやこの天一坊事件が読者によく知られているとは言い難く、本書で綴られている物語とのあいだにある関係性を嗅ぎ取ってもらえない可能性はあるだろうが、だからと言って全篇に漲る緊張感と退廃的な芳香の醸しだす面白さが減じるわけではない。

 柳生一門と忍びの物語の絡め方にはまだ実験段階の趣があるが、それだけに消化中の熱気とも言えるものが感じられる長篇。あれこれ言ってはいますが、やっぱり問答無用に面白い。

 さて、河出文庫版の風太忍法帖も、当初予告されていた第一期三作が出揃ったことになりますが……カバー折り返しに、続刊のタイトルは記されていません。心配です。『忍法相伝73』復刊の夢はまたも露と消えてしまうのでしょうか……?

コメント

  1. 冬野 より:

    月影抄と聞くと「南蛮妖術、ボジョレー・ヌーヴォー!」というのが真っ先に思い浮かぶダメ人間な私。

  2. tuckf より:

    すまん、それはわからん。

  3. 冬野 より:

    それは映画修行が足りなくて、いけません。こういうことです。Vシネの忍法帖↓(´ー`)
    http://www.geocities.jp/waarschtat/yamafuh/report.html
    楽しいですよ、このシリーズ。

  4. tuckf より:

    あーなるほど。Vシネマまで守備範囲に入れてませんて。……これはちょっと観たいですけど。

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