『大名倒産』

ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン5入口前に掲示された『大名倒産』ポスター。
ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン5入口前に掲示された『大名倒産』ポスター。

原作:浅田次郎(文春文庫・刊) / 監督:前田哲 / 脚本:丑尾健太郎、稲葉一広 / 撮影:板倉陽子 / 照明:髙屋齊 / 美術:原田哲男 / 編集:西潟弘記 / 衣装:鍛本美佐子 / 音響:白取貢 / 音楽:大友良英 / 主題歌:GReeeeN『WONDERFUL』 / 出演:神木隆之介、佐藤浩市、杉咲花、松山ケンイチ、小日向文世、小手伸也、桜田通、宮﨑あおい、キムラ緑子、梶原善、勝村政信、石橋蓮司、高田延彦、藤間爽子、カトウシンスケ、秋谷郁甫、ヒコロヒー、浅野忠信 / 制作プロダクション:松竹撮影所 / 企画&配給:松竹
2023年日本作品 / 上映時間:2時間
2023年6月23日日本公開
公式サイト : https://movies.shochiku.co.jp/daimyo-tosan/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2023/7/4)


[粗筋]
 時は1840年、ところは越後の丹生山藩。徳川家康公を期限とする松平家が治める三万石の国である。
 物語の主人公となる間垣小四郎は、当地の名物・塩引き鮭を製造する鮭役人・間垣作兵衛(小日向文世)となつ(宮﨑あおい)の子として育った。どうしようもないお人好しだが、父を心から尊敬し、命を慈しむ生き方を母から学んで健やかに育っていった。
 なつが病で早逝したあと、成長した小四郎(神木隆之介)は父の製造した塩引き鮭を売り生活を支えていたが、ある日、そんな彼の家に、大勢の侍たちが押しかけてくる。仔細を問う小四郎に父は、もはや我らは親子ではない、と告げる。
 実は作兵衛は、小四郎の実の父ではなかった。小四郎は、かつて城に奉公していたなつを、当時の藩主が見初めて生ませた子供だった。もし何事もなければ、小四郎はそのまま作兵衛となつの子供として過ごすはずが、藩主が隠居し、一狐斎(佐藤浩市)と号してから、厄介な事態に陥ってしまった。跡目を継いだ長男は、その日のうちに落馬して絶命してしまったのである。次男の新次郎(松山ケンイチ)は庭仕事しか出来ない“うつけ”で、三男の喜三郎(桜田通)は父に通じる趣味人だが、生まれつき病弱で明日をも知れぬ有様。かくて、妾腹ながら松平家の正統な血筋である小四郎に白羽の矢が立ったのである。
 小四郎が順応しきれないうちに、あれよあれよという間に小四郎は丹生山藩の新たな藩主に祭りあげられた。だが、江戸に呼び寄せられ、老中と謁見するに至り、小四郎は更に思いがけない事実を知らされる。
 丹生山藩はここ数年、幕府への上納金が滞っていた。家臣らに事情を確認すると、実は丹生山藩はこの数年というもの、深刻な財政難に陥っているという。積み重なった借金は、二十五万両――現代の価値に換えれば、ざっと百億円。藩が年貢などで得られる収入はせいぜい年に一万両、そこから様々な経費を差し引けば残りは僅かで、仮に返済していくとしても、気の遠くなる年月を要する。
 窮した小四郎に先代・一狐斎は、ある策を授ける。“大名倒産”――すなわち、財政の破綻を宣言し、借金を反故にしろ、というのだ。しかし、それでも難を免れるのは一部の家臣や豪農のみで、多くの臣民は救われない。何より、松平家はお取り潰しになる。一狐斎は、そのときは小四郎が切腹すればいい、と言う。
 母から懸命に生きることを諭され、臣民にも犠牲が出ることを望まない小四郎にとって、とうてい受け入れられない提案だった。だが、丹生山藩は既に幕府から財政破綻を疑われており、査問が行われるまで時間はさほど残されていない。かくて小四郎は、絶望的な財政再建計画に奔走することとなった――


[感想]
 江戸時代、侍たちはもちろんのこと、藩を治める一家であっても、決して楽に暮らせたわけではない。奢侈を極めた大名行列はその実、藩政を意識的に締め付ける制度であり、それ以外にも武家としての面目を保つために多くの出資を強いられ、一部の財源に恵まれた藩を除いて、多くの大名が財政難に苦しんでいた、という。そうした実情を、本物の記録をベースに映画にした作品が、近年はいくつか誕生している。
 浅田次郎の小説に基づく本篇は、しかし史実ではない。舞台の位置や特産品は、越後に実在した村上藩をモデルにしているそうだが、本篇で描かれるようなトラブルが起きたわけではない。そもそも、江戸時代の藩はどこも経済的にギリギリを強いられていたそうだが、現代で言う“倒産”に至った藩はないという。私の知る範囲では、松江藩の松平家7代目藩主、不昧公こと松平治郷の時代に借金の棒引きを実施した話があるが、その後も長期にわたって精算を行っており、いわゆる倒産には至ることはなかった。そもそも、“倒産”という経済的救済の仕組みはなかった、と考えた方がいい。
 では本篇は荒唐無稽な話なのか、というと、そういうわけでもない。前述のように、ほとんどの藩が窮乏に陥っていたことを考えれば、もし現代の“倒産”という仕組みがあれば、本篇のような目論見があっても不思議ではない。そして、その始末が現代以上に一筋縄ではいかないのも確実だ。本篇は、江戸時代の藩における財政を、可能な限りリアルに描きながら、そこに“倒産”から始まり節約、再利用、シェアなど現代的な要素を採り入れて、現代人にも実感しやすい物語性、ユーモアを備えた作品に仕立てている。
 この作品、序盤からいい意味で実に軽い。侍ではあるが、塩引き鮭を製造する現場で励む父親を尊敬し平穏に暮らしていた若者・小四郎が突如として新たな藩主に任命される。突然祭りあげられる状況に戸惑ううちに江戸城へと拉致されるように連れこまれ、上納金の滞納から藩の莫大な借金を知り愕然とする……という一連の流れが、駕籠に揺られて酔うといった描写、派手なカメラワークやコマ落としといった、およそ時代劇の印象とは異なるコミカルな演出に、気づけばすっかり魅せられている――人によっては「あまりにも軽すぎる」と拒否反応が出るかもしれないが、あくまでフィクションと割り切り、振り切るところは振り切った作りには一貫性があって快い。
 また、本篇で語られる節約のアイディアは、きちんと当時に併せながらも現代に通じるものがあって興味深い。不要な家財を売り払うのはもちろん、しばしば見栄で保持しているだけの江戸屋敷の一部を売却して、主君の一家もあえて同じ宿の下に暮らす。そもそもは大名の財源を削るために義務づけられ、同時にそれぞれの大名が権勢を示すために豪奢にしていた大名行列も、宿を押さえることをやめてキャンプ――要は野宿でしのぐ。現代ではオーソドックスな節約法を大名の生活、習慣に組み合わせると、それだけでなかなかにシュールで面白い。まさに着眼の勝利である。
 このコミカルな着眼と表現に相応しく、登場人物がことごとく個性的で愛らしい。うつけ呼ばわりされているが思いやりのある次男・新次郎、病弱で心情を川柳で綴る、如何にも変人ながら終始、突然大役を担わされた弟を気遣う三男・喜三郎。まるっきりの庶民なのに、侍だろうが役人だろうが平然と食ってかかり、庶民的な発想で節約を手助けするさよ。丹生山藩の役人たちに幕府の奉行、そして暗躍する悪党に至るまで、みんな妙に愛嬌がある。特に(誰がそうだ、とはここでは詳しく記さないが)悪役については、はっきりと丹生山藩の民を苦しめ、小四郎を追いつめる宿敵だが、妙に憎めないのも確かなのだ。彼らが位置づけとしてはステレオタイプ、だがその悪意や欲望を滑稽に誇張してくれているお陰で、本篇は軽快なコメディの味わいを強めている。
 そして、この人物配置を巧みに活かしたドラマの鮮やかさがまたいい。序盤の小四郎の絵に描いたような巻き込まれっぷりから、財政再建のための試行錯誤と奔走、そのうえに訪れる窮地からの、痛快すぎる逆転劇。時代劇でありながらチャンバラはほぼ皆無、なのに、まるで王道の娯楽時代劇の趣すらある。クライマックスの逆転については、ある程度の伏線が張られているものの、少々御都合主義を強めに感じてしまうが、ここまで娯楽性を貫く本篇では正しい流れとも言える。
 極めて現代的な解釈を多数鏤めながら、本質にはかつての王道であった娯楽映画の魅力がある。なにせアイディアが優秀かつ、二番煎じが難しいだけに(その気になれば続篇にも発展しそうな締め括りをしてはいるが)拡散も継続もしにくいムーヴメントだとは思うが、まだ“時代劇”というジャンルが可能性を秘めていることを改めて実感させる作品である。やりつくしたあとの、エンドロールでの役柄を超えたはしゃぎっぷりを見せるダンスまで、ただ楽しくって仕方ない。


関連作品:
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