松江滞在2日目のメインイベントはこちら、声優の茶風林氏が“お寺で怪談朗読とともに酒を嗜む”というコンセプトで始めた朗読会『怪し会』、10回でひと区切りとなったこのイベントのスタイルを継承し、怪談に限らず物語の朗読を空間演出とともに披露し、同時にやっぱりお酒も楽しむイベントとして行っているのがこの『酒林堂』。松江での開催においては“八雲”と添え、小泉八雲の怪談や松江の歴史、伝承を題材に公演を重ねていました。松江怪談談義とともに《松江怪喜宴》として同時期に開催していましたが、こちらもコロナ禍で休止を余儀なくされ、関東でのイベント開催を経て、ようやくの復活です。
一時期は松江駅前のテルサホールでの再開を期していましたが、けっきょくコロナ禍に阻まれ開催に至らず、ようやくの復活ではもともとの会場であった洞光寺に戻りました。テルサホールで開催した場合、その場での“お清め”は不可能だったので、ここに不満はない。このイベントは茶風林氏との乾杯あってこそ、です。
私のほうが勝手に開場時間を遅く勘違いしていて出遅れましたが、まあまあいい席に着けました。取り急ぎ、買うつもりだった麻宮騎亜によるイラストを使用したポスターとポストカードセット、それに毎回押さえているおつまみ研究所の柿の種を購入して待機。
17時より開演。今回の演目はふたつで、前半は小泉八雲原作による《雪女》。武蔵国――実は東京・青梅あたりを舞台にした怪談を、酒林堂一流の脚色で演じます。
茶風林氏演じる小泉八雲が妻セツに向かって、彼女から聴いたのちに自身が文章化したものを改めて聴かせる、という風変わりな導入から、近藤隆演じる巳之吉が、鶴岡聡演じる木樵の師匠である茂作とともに吹雪を逃れて入った山小屋にて、伊藤美紀演じる雪女に遭遇、自身だけ助かったのち、町で美しい女・ゆきと出会い――というお馴染みの展開を、茶風林演じる八雲の地の文で綴っていく。
面白いのは、終盤の展開がだいぶ変わっている点です。ここを変えることで、オリジナルよりも悲愴で、しかし美しいラヴ・ストーリーになった。こういうアレンジもまた酒林堂の醍醐味。
ここでお清めの時間です。いつも時間を超過するからカンペと時計持参で登場した茶風林氏の仕切りで、乾杯ののち、提供されたお酒を提供した酒造元の紹介、そしてプレゼント抽選会。前半では登場しなかった茅野愛衣も先に登場して、賑やかに行われました。
今回のお酒は月山の出雲富士と、李白酒造のやまたのおろち。おつまみは、毎回出張販売を行うおつまみ研究所がお酒に合わせてセレクトした6種のおつまみセット。とりあえず、《雪女》冒頭で茶風林氏演じる八雲が言及し、紹介の際に「板わかめとよく合う」と説明のあった出雲富士を開けて、まさにその板わかめと合わせてみる――本当にぴったりで驚愕しました。何これ。このあとまだ作業があるため、そのまま出雲富士を半分ほど嗜み、おつまみも適度に済ませてお付き合い。
毎度のごとく、私はなんとなく掠るけど当たらずじまいだった抽選会のあと休憩です。そのあいだに、自分含むお土産用のお酒とおつまみを購入。板わかめ、ではなく、わかめせんべいとして販売していましたが、せっかくだからこれと出雲富士をセットにして、療養中の母のために野菜を保ってきてくれた知人へのお土産にすることにしたのです。更に、ちょっとお酒が入った勢いそのままに何点か衝動買い……済んでから、予算がショートしていないか不安になりましたが、ギリギリ大丈夫でした。日中の観光、予算を徹底的に抑えて良かった……。
そして後半です。演目は、出雲神話を代表するエピソード《八岐大蛇》。主人公スサノオを吉野裕行、対する八岐大蛇を近藤隆、そして生贄に捧げられるクシナダヒメを茅野愛衣が担当。ほかに鶴岡聡、伊藤美紀も登場し、茶風林はふたたび八雲としてナレーションに徹します。
こっちは《雪女》より更に大胆に脚色してます。なにせ、最終的にどーしようもない飲んべえの言い争いを、誰よりも逞しいクシナダヒメが制する、みたいな内容になってる。
しかしこれは本質を衝いている、という気もする。そもそも神話は人間の感覚だと筋が通らないことも多く、「それはそういうものだから」で呑みこんでいる。そこに、物語にも登場する酒と、出雲の伝統文化のひとつであるたたら製鉄とも結びつけて語っているのは巧い。
この風変わりな構想でまとめられた物語を、今回のゲスト陣が見事な説得力で演じてます。いちおう神様らしいけど明らかにお調子者のスサノオ、村人を苦しめる一方でその強さゆえに孤独をかこつ気だるいイケメンになってしまった八岐大蛇、そしてこのふたりに加えて刀鍛冶までも手玉に取り、「強い子孫を得る」という人間と言うより動物そのものの本能に従って立ち回るクシナダヒメの、風情がありつつもユーモラスなドラマとして展開する。終盤のあまりにも意外すぎる展開からの、「まあそりやそうだろ」という顛末のおかしみが素晴らしい。
こちらも大胆なアレンジが衝撃的でしたが、最終的にはきちんと神話的に着地している気がします。結果、なによりも酒飲み同士の共感が印象づけられるあたりも酒林堂らしい。回数を重ね、作風を築きあげてきたこの公演ならではの仕上がりで、満足度は極めて高い。
最後の挨拶で、4年振りの公演に感極まった茶風林氏が声を震わせる場面があり、更にこの公演では珍しいアンコールに戸惑いながら茶風林氏が戻ってくる、なんてひと幕を挟んで、久々の酒林堂 八雲初日は無事終了。その後、入り口付近で茶風林氏に、公演オリジナルポスターにサインを頂戴して、私は徒歩にて宿まで戻りました――入れたお酒が少なかったお陰で、けっこう何とかなった……最終的に、1日の歩行距離が12kmを超えていたのには自分で驚いたけど。
出来れば明日も1回くらい参加したいところでしたが、今回はそもそもが40分で完売という人気ぶりで、いちおう日曜日の追加席は出来たらしいものの、初日に鑑賞した私は譲るべき場面でしょう。どうかこのまま、来年以降も開催されることを願ってやみません……でも、ハロウィンとか不昧公お茶会とか、そうでなくても人の多く集まりそうなイベントが開催されてないときにして欲しい。宿も移動手段も確保が大変でしたよホントに。
酒林堂 八雲の麻宮騎亜によるイラスト、サインをあしらったポスター、企画&演出の茶風林氏にサインを入れてもらいました。ホテルロビーの壁をちょこっとお借りして撮影。
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