『ワン・バトル・アフター・アナザー(字幕・Dolby Cinema)』

丸の内ピカデリー、Dolby Cinemaスクリーン入口脇に展示された『ワン・バトル・アフター・アナザー』ポスター。
丸の内ピカデリー、Dolby Cinemaスクリーン入口脇に展示された『ワン・バトル・アフター・アナザー』ポスター。

原題:“One Battle After Another” / 原案:トマス・ピンチョン『ヴァインランド』(新潮社・刊) / 監督&脚本:ポール・トーマス・アンダーソン / 製作:ポール・トーマス・アンダーソン、サラ・マーフィ、アダム・ソムナー / 製作総指揮:ピート・チアッペッタ、アンソニー・ティッタネグロ、ウィル・ウェイスク / 撮影監督:マイケル・ボーマン / プロダクション・デザイナー:フロレンシア・マーティン / 編集:アンディ・ジャーゲンセン / 衣装:コリーン・アトウッド / キャスティング:カサンドラ・クルクンディス / 音楽:ジョニー・グリーンウッド / 出演:レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニティ、レジーナ・ホール、ウッド・ハリス、アラナ・ハイム / 初公開時配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.
2025年アメリカ作品 / 上映時間:1時間49分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12
2025年10月3日日本公開
2026年2月4日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD + Blu-ray セット4K UHD + Blu-ray セット]
公式サイト : https://wwws.warnerbros.co.jp/onebattlemovie/
丸の内ピカデリーにて初見(2026/2/21)


[粗筋]
 メキシコとの国境近くの町に設けられた難民センターに、《フレンチ75》のメンバーたちが突入した。
 パット(レオナルド・ディカプリオ)はこの計画に、爆薬の専門家として呼ばれ、陽動を請け負った。作戦の成功によってパットは組織に受け入れられ、メンバーのひとりであるペルフィディア(テヤナ・テイラー)と恋仲になることが出来た。
 やがてペルフィディアは身籠もり、女の子を産んだ。パットはシャーリーンと名付けた娘の子育てに励むが、ペルフィディアは愛を娘に奪われた感覚に陥る。自らを“革命家”と任じるペルフィディアは、運動をやめることも出来ず、遂にパットと娘の元から離れてしまった。
 そして、悲劇が起きる。活動の資金を確保するため、ジャングル・プッシーたちとともに銀行を襲撃したペルフィディアは、制止を聞かずに動いた警備員を撃ち殺してしまった。彼女たちはすぐさま逃亡を図ったが、ペルフィディアはあえなく捕まってしまう。
 組織はパットと娘を守るため、急ぎ彼らのために偽の身分を用意して逃がした。この日を境に、パットはボブ、シャーリーンはウィラとして、見知らぬ町で暮らすことになる。
 そして16年の時が流れた。
 成長したウィラ(チェイス・インフィニティ)は、高校生になっていた。父親から母の武勇伝を聞かされ、非常事態のための備えを怠らないよう繰り返し注意を受けているが、この日まで特別なトラブルもなく、非常用の通信装置を持たされることに辟易しつつあった。
 その日、ウィラは高校で催されるダンスパーティに出かけていった。家にいたボブのもとに突如、組織から連絡があり、警察が高校や現地の食品工場、そしてボブの家を一斉に捜索しようとしている事実を知る。
 ボブはすぐさま逃亡したが、16年にわたる隠遁生活はボブをすっかり堕落させていた。酒とドラッグに溺れた結果、組織と連絡を取るために必要な合言葉も思い出せず、別ルートで保護されたはずの娘と落ち合う場所を確認することも出来ない。
 彼らを追っているのは、ロックジョー大佐(ショーン・ペン)。実はボブたちにとって因縁の深い人物であり、ある理由によって、突如としてふたたびボブたち親子を探し始めたのだ――


[感想]
 表現する言葉に困るような、奇妙な魅力に満ちあふれた作品である。
 出だしは、難民問題に臨む過激な活動家たちを中心としたドラマのように映るし、実際、そういう側面も勿論ある。だが、本篇はその趣旨そのものを単純に賛同も批判もせず、それでいてシニカルな眼差しで描写している。
 劇中で明白な目的を表明していないから、というのもあるが、果たしてどの程度その意義を理解し、効果を考えて行動しているのか、本篇は疑問符をつけて描いているように映るのだ。
 誰よりも象徴的なのが、物語としては中心となって立ち回るパット或いはボブだ。
 そもそも初登場の段階からして、どの程度、組織の理念に共感しているのかもよく解らない。人が抱きがちな英雄願望を刺激されて参加しただけのように映る。だから、ペルフィディアが出産し、父親になると途端に安定を求め始める。個人的には、それが間違っているとは思わないが、軸が安定していない印象はある。
 しかも16年経ってからの姿は、およそ闘士の面影すらない。我が子との平穏な時間を守るため、仕事に邁進しているならともかく、何をしているか解らない状態で、画面から汲み取れるのは、酒とドラッグで溺れた有様だけだ。現場を遠のいて16年、いちおう娘に用心は説いているが、いざ危険が迫るとすっかり勘は鈍り、組織と連絡を取るために必要な合言葉すらすっかり忘れ果てている。普通なら闘士としての優れた技術と、懸命に追う側の焦げつくような駆け引きで魅せられそうな展開のはずが、ドタバタ劇の様相を呈している。
 一方で、父母のかつての仲間たちに匿われるウィラの逃亡も、いささか不穏な成り行きだ。父親側との連携が取れず、どこへ向かうのかの検討もつかない。そもそもウィラは、自身が運動に荷担していたわけではない。逃亡を続けていた母ペルフィディアとは無論のこと、追っ手を警戒し縮こまっていた父ボブとも、政治や信念の話をしていたとは考えにくい。ただ自らが危険に晒されている、という事実だけで、詳細も知らないまま、それまでろくに知らなかった人物に頼って逃走するのだから、心許ないことこの上ない。
 どこもかしこも頼りない状況だが、それ故に本篇には、人間の面白さ、たちの悪さが随所でブラックユーモアとして浮かび上がってくる。ボブの信念の乏しさやだらしなさが醸し出すおかしさ、極めて剣呑な状況で、しばしば血が流れているにも拘わらず、想像を裏切る展開の連続にも、ままならない可笑しさが滲む。
 中でも特に気を吐いているのが、ボブ親子を追うロックジョー大佐を演じたショーン・ペンだろう。粗筋ではあえて記さなかったが、彼がボブ親子を捕らえようとする理由はかなり身勝手で、しかもボブたちを支援する組織の大義とも何の関わりもない。最初から歪んだ欲望によって行動しているから、理屈が通用しない怖さがある。映画史には数多の傑出したヒールが存在するが、そのどれとも似ていない唯一無二のキャラクターのインパクトは凄まじい。
 しかし、この作品のいちばん凄いのは、恐らくほとんどの観客の想像をひたすら裏切り続けるだと思う。序盤で政治活動家の過激な運動ぶりを描くのかと思わせて、にわかに艶めかしい要素が絡んでくる。ボブ親子とロックジョー大佐の動向を並行して描くことで、逃走劇の様相を見せても決してその通りに転がっていかない。終盤になると、複数の思惑が縺れ合って、もはやどこに着地させたいのか解らなくなる。
 そのうえ、本篇はアクションの見せ方にも工夫があり、映像的、映画的な独創性もあるのだから盛りだくさんである。ベニチオ・デル・トロ演じるセンセイに保護される前後の逃走劇の描写もユーモラスで楽しいが、やはり出色はクライマックスのカーチェイスであろう。あえて詳しくは記さないが、あんな趣向で追跡、逃亡を描き、表現と密接に繋がる決着を用意したカーチェイスを、少なくとも私は他に観たことがない。
 そうした意外性に富んだ展開の着地点もまた、多くの観客の予想を裏切っているはずである。ある人物は、当然の顛末と感じるだろうが、別の人物たちについては「それでいいのか?」と首を傾げたくなる。だがそれと同時に、妙に腑に落ちるような感覚もあって、言いようのない余韻を残す。
 きちんと人間の本質を剥き出しにしたドラマでありながら、ここまで予定調和のない作品も珍しい。不満を抱く観客も多いだろうが、ハマれば不思議な満足感を覚えるし、初見では居心地の悪さを感じても、あとあと余韻が蘇ってきて、もういちど観返したくなる可能性がある。そういう意味で、唯一無二の体験が出来る傑作であることは間違いない。


関連作品:
ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』/『ザ・マスター
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追憶(1973)』/『チェ 28歳の革命』/『チェ 39歳 別れの手紙

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