原題:“Loft” / 監督:エリク・ヴァン・ローイ / 脚本:バルト・デ・パウ / 製作:ヒルデ・デ・ラーレ / 撮影監督:ダニー・イルセン / 編集:フィリップ・ラヴォエ / 音楽:ヴォルフラム・デ・マルコ / 出演:ケーン・デ・ボーウ、フィリップ・ペーテルス、マティアス・スクナールツ、ブルーノ・ファンデン・ブロッケ、ケーン・デ・グラーヴェ、ヴェルル・バーテンス、ティン・レイマー、アン・ミレル、シャルロッテ・ファンデルメールシュ、マーイケ・カフメイエル、マリエ・ヴィンク、ヤン・デクレール、ジーン・ベルヴォーツ、ヴィーネ・ディエリックス、サラ・デ・ルー、ディルク・ローフトホーフト / 配給:フリーマン・オフィス
2008年ベルギー作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:岡田壯平 / R-15+
2009年11月20日日本公開
公式サイト : http://www.loft-m.jp/
[粗筋]
ルク(ブルーノ・ファンデン・ブロッケ)はそれを目撃した瞬間、手にしていた瓶を落とした。ベッドには、パイプに手錠で繋がれた女が俯せで横たわり、その身体の下には夥しい血の海が広がっていたのである。
そこは、デザイナーであるルクの友人ビンセント(フィリップ・ペーテルス)が設計に携わったマンションの最上階にあるロフトであった。ビンセントは自らの権限でここを購入すると、ルクをはじめとする総勢5名の友人たちと共有した。予め互いに連絡した上で、それぞれが秘密の目的でここを使用する。――浮気相手との密会や、諸々のことに。
本来すぐにでも警察に通報するべきだが、部屋の使用目的が、集まった男たちを躊躇させた。部屋が調べられれば、否応なしに秘密は家族に知られ、下手をすれば社会的を失いかねない。
そもそもこの女は何者なのか? それぞれが互いを問い詰めるが、その正体は判然としなかった。男たちの緊迫したやり取りはいつしか、全員の予測を超えた展開へと事態を導いていく……
[感想]
製作された国・ベルギーでは、全国民の1/10にあたる100万人を動員する大ヒットとなった、というサスペンス映画である。
ときおり話題を博する作品が届けられることがあるが、日本人にとってベルギーは決して馴染み深い国ではない。それだけに、ベルギー発、とだけ聞くと、文化的な違いが理解に影響を与えるのでは、と慎重な人なら尻込みしそうだが、その点本篇は心配なく楽しめるはずだ。舞台はほぼすべて都会、社会情勢について踏み込んだ描写もなければ、倫理観の大きな隔たりを感じさせる心情表現もなく、人種や言語の違いさえ意識しなければ、日本人でもごくすんなりと物語に入っていくことが出来る。むしろ、映画という文化の定着した国であれば、どこに持っていっても通用する物語と言っても過言ではないだろう。
唯一引っ掛かるとすれば、登場人物が多すぎて把握しづらい、こと女性陣がなかなか見分けがつかない点だろうが、これは作品の性質上やむを得ないところであり、ある程度は狙ってやっているとも考えられるので、全くの欠点とは言い難い。女性陣の見分けがつきにくいことが、俯せにされた遺体の顔が見えない、誰が死んでいるのかなかなか判然としない、という関心を生み、観客を惹きつけているのも事実なのだ。
本篇は、提示された情報を解釈して、そこから真実を見出す、というガチガチの推理劇ではなく、意識して描かなかった出来事、あとから判明する事実が積み重なっていくことで真相に結びついていくという趣向だ。時間軸は過去へと遡り、中心となるロフト以外の場所も多く描かれる。密室劇、という惹句を耳にして観ることを考えた方は少々不満を覚えるだろうが、それを踏まえても本篇が優秀なサスペンス・ミステリーに仕上がっていることは否定できないはずだ。
登場人物が多いこともあって非常に話が入り組んでいるのだが、情報の出し入れが的確で、終始翻弄される。冒頭、まず誰かがロフトのデッキから転落する様が描かれたかと思うと、ひとりの男が警察の取り調べを受けている姿が描かれる。一見、最初の転落について調べられているように見えるが、話の内容は微妙に違っている。そして回想として、ロフトの寝室で絡む男女の姿がソフトフォーカスで描かれ、やがてロフトを訪れたルクが女の屍体を発見する。ここでようやく、物語がこの女の死を焦点に綴られていくことがようやく明示される。以降、ロフトを共有する5人の男達がそれぞれの秘密や謎に頭を悩ませ、対策を協議する様を中心としながら、自在に時間と場所とを行き来して、次から次へと新事実を繰り出してくる。
人間関係を複雑化させ、多くの容疑者を観客の前にちらつかせつつ、しばしばミスリードもしており、終盤ではどんでん返しを連発してくるのだから、ひたすら唸らされてしまう。特に本篇は、登場人物の人間性もまた謎を複雑化させ、真相に絡めているのが巧い。クライマックス序盤での成り行きはかなり残酷なのだが、それまでの経緯を見届けた観客の目からするとさもありなん、胸のすく思いさえ味わうだろう。しかもそのあとにもういちど、更なる人間洞察に基づいたひねりを加えてくるので、衝撃は著しい。多くの新事実を畳みかけながら、重要な伏線も随所に設けているので、観る側としては鮮やかな騙りぶりに感嘆さえ漏らしたくなる。
毒さえ感じるほど容赦なく人間の本性を織りこんでいった作品にしては、結末がいささか甘口に思えるのが物足りないが、しかしそうして最後にまろやかな後味を添えているので癖のある作品よりもお薦めがしやすく、恐らくだからこそ本国で大ヒットに至ったのだろう。艶っぽいシーンや、性的嗜好に関する台詞が随所に鏤められているので、お子様連れで観ることだけは避けていただきたいが、だからこそ大人向けのサスペンスを求めている人なら堪能できるだろう。苦みがありながら舌触りのいい、良質のワインのような映画である。
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