マチバリ『私が死んで満足ですか? ~疎まれた令嬢の死と、残された人々の破滅について~』

『私が死んで満足ですか? ~疎まれた令嬢の死と、残された人々の破滅について~
マチバリ
判型:文庫判
レーベル:レジーナ文庫
版元:アルファポリス
発行:2024年3月20日
isbn:9784434335822
本体価格:640円
商品ページ:[amazon楽天]
2024年3月30日読了

 ちかごろ、いわゆる異世界転生ものや、ファンタジーの定石を逆手に取ったライトノベルのコミカライズが多く、その手の広告に釣られて、電子書籍で単行本を買ってしまったものが結構ある。そんななかで、本篇のコミカライズに出会い、俄然展開が気になった。ところが、コミカライズの単行本は1巻のみ、経験と照らし合わせると、たぶん先は長い。ちょうどこのコミカライズ1巻に少しだけ先んじて刊行されていた原作文庫版である本書を衝動的にポチり、作業が切羽詰まっているというのに、気分転換のつもりでつまんでいるうちに、あっという間に読み終えてしまった。
 読みやすいのはもちろんだが、先が気になる内容である。物語は、乙女ゲームではよくあるらしい、悪役令嬢に対する断罪シーンから始まる――“よくある”とは言ってみたが、私はその元ネタはおろか、乙女ゲームそのものに接していないので、本当にそんなお約束の存在を断じられない。しかし、ここでお約束通りなら、その悪行を断罪され酷い目に遭うことで読み手に爽快感をもたらすはずの悪役令嬢が、実は善良であったり、理知的な人物であるがゆえに振る舞っており、逆に断罪した人物や、そちらの側についていた関係者が酷い目に遭う、という形で意外性、爽快感を演出するのがこの手の作品の定石だ。

 面白いのは、そうして断罪された令嬢が直後に事故死した、という報が届き、いわば主人公が不在の状態で話が進むことだ。婚約者であった王太子から婚約破棄とともに断罪されながらも、反論すらせずあっさりと受け入れ、直後に馬車で事故に遭い死亡する、という状況の謎で関心を惹きつつ、元婚約者や令嬢から王太子を奪った異母妹、父や義理の母、更には管財人と関係者たちそれぞれの目線から、令嬢の死によって生じる変化を描いていく。
 多くは、それぞれの理由によって令嬢を疎んじていたため、令嬢の死を喜ぶのだが、令嬢の不在や、断罪を巡る行為が影響し、次第に状況が悪化していく。多数の視点で全体像を眺めている読者には令嬢の賢明さ、配慮が解るだけに、彼女を疎んじ追い込んだ人々がどんどん窮地に追い込まれる様が痛快だ。しかも、その窮状の原因である(と本人たちは思いこんでいる)本人が不在なので、縋ったり罪を転嫁したりも出来ない。令嬢の死という謎が、そのままこうした定番のシチュエーションを更にどろどろにし、叱るべく破滅していく様をより際立たせる。
 興味を惹く展開と、身勝手な人々の痛快な破滅ぶりで勢いよくページを繰らせる作品だが、終盤の展開については、好みが分かれるのではなかろうか。ある段階から、カラーが異なってくるのである。そこまでが近年増えた、他人を軽んじた者が罰を受ける“さまぁ”なカタルシスを味わうものであるのに対し、途中からはまた別の定番ジャンルに推移していく印象だ。具体的にどういう傾向なのか、を説明してしまうのは避けるが、作品序盤で惹かれた読者が誰しも喜ぶ方向性とは言えないのが惜しく思えた。
 また、終盤で明かされる事実も、いささか物足りなさを覚えたことも申し添えておきたい。恐らく作者は、終盤の展開を望んでいたのであり、そのために痼りを残しかねない要素を取り除こうとしたゆえなのだろうが、それが読者の欲しがっている着地と必ずしも一致していない。
 ただ、読者の関心を惹きつける見せ方には優れており、勢いよく読ませる、娯楽性に優れた作品である。この文庫版では書き下ろしの番外編が巻末に追加されているが、こちらは終盤のトーン、方向性を引き継いで顛末を付け加えるもので、親本の時点で不満を覚えた読者を納得させるものではないが、楽しんだひとにとっては、より爽やかな余韻を付け加える内容になっている。なので、親本を読んだ人でも買う価値がある――と言い切れるほど尺は豊かではないし、どうも表紙や挿絵も変更されていない気配なので、よほど気に入った人以外は無理をして買う必要はないと思う。


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