『五つの箱の死 〈奇想天外の本棚9〉』 カーター・ディクスン/白須清美[訳] 判型:四六判ソフト レーベル:奇想天外の本棚 版元:国書刊行会 発行:2023年6月20日 isbn:9784336074089 定価:2860円(本体:2600円) 商品ページ:[amazon/楽天] 2023年8月19日読了 |
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山口雅也監修による、ユニークな海外小説に焦点を当てたシリーズの1冊に選ばれたのは、密室と怪奇を題材にした本格ミステリでいまなお好事家に愛されるジョン・ディクスン・カーがカーター・ディクスン名義で記した幻の怪篇。ビル上階のオフィスで、呼び集められた3名と主催者が揃って毒を飲まされ昏睡した状態で発見される。招待客は軽症で済んだが、主催者は昏睡のさなかに、自身の持ち物である仕込み杖で貫かれ殺害されていた。ビルから屋外に通じる出入口は封鎖、或いは監視されており、出て来た者は確認出来ない。この奇怪な状況に、HM卿が挑む。 奇想天外の本棚、と言われても、そもそもカーター・ディクスンことジョン・ディクスン・カーは奇想天外なものばっかり書いてるじゃないか、とも言えますが、しかし確かに本篇はかなり奇妙。こういう状況を意図して作り出すことが考えにくく、それゆえに誰もが怪しく、誰もが犯人とは考えにくい。 しかも出てくるひとがみんなひと癖もふた癖もある。それぞれに秘密を抱え、意外な思惑も秘めているため、章が改まるたびに新しい事実が判明したり、それまでの推理をあっさり覆すような展開が待っているので、実質的な語り手であるサンダース医師もろとも読者も振り回される。これが終盤まで続くものだから、「本当に収拾つくのか?」と不安さえ覚えてしまう。 しかしそこはさすがの手管、まったく意味不明に思われた状況もラスト40ページほどで次々に解きほぐされ、容疑者それぞれの秘密と被害者の思惑、その行動の意図が明らかにされていく。そして、そのなかにきちんと真犯人に辿り着く手懸かり、伏線が仕込まれていることが判明する衝撃と快感たるや。 ただ今回は如何せん、状況があまりにも不可解で、いわゆる密室の謎に対する関心以前に、「何が起きているのか?」という疑問にばかり振り回されている感があって、いくぶん食い足りない印象を残す。カーと言えばロマンスも定番ですが、今回のヒロインはどうも身勝手さや思い込みの激しさが度を超えていて、他の作品のような微笑ましさが感じにくい。いみじくもHM卿が指摘するとおり、彼女の言動が捜査を妨害している嫌いもあって、ロマンスの対象というより物語を混乱させるための存在、と見えてしまう。それを面白がれるひともあるだろうが、単純に嫌悪感を覚える向きもあるはず。彼女の存在は本篇のエンタテインメントとしての魅力に疵を残している気がしてならない。 とは言うものの、間違いなくカーらしく、そしてカーにしか成し得ない技巧を凝らした秀作である。かつて、日本の愛好家のあいだでは“アンフェア”とも言われていたそうだが、私はこの新訳版からそういう印象は受けなかった。 |
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