横溝正史が描く金田一耕助の短篇・中篇作品集。湖にいちど沈められ、小屋の中で発見された女性の謎を追う『湖泥』、隣人に卑屈な感情を抱く男が妄想を叩きつけた小説が現実になってしまう『蝙蝠と蛞蝓』、夢遊病と身体に出来た人面瘡に悩まされる女性と、急流で遺体となったその妹の謎を描く表題作の5篇を収録。
角川文庫は横溝作品の流行と普及に貢献した一方で、本文の扱いや発表順に難があると言われる。本文の修正については、旧稿と照らし合わせるのが難しいので私には勝たれないが、少なくとも本書について言えば、収録順が発表順と一致しておらず、そのことについての説明がないのがちょっと困る。
本書の場合、発表順は『蝙蝠と蛞蝓』(1947)→『湖泥』(1953)→『蜃気楼島の情熱』(1954)→『睡れる花嫁』(1954)→表題作(1960)だが、収録順は『睡れる花嫁』→『湖泥』→『蜃気楼島の情熱』→『蝙蝠と蛞蝓』→表題作とだいぶランダムだ。重複するシチュエーションが連続していることが多く、編集部か著作権者か、誰かしらがある程度の意図を持って並べているのは感じるが、終盤の『蝙蝠と蛞蝓』から表題作は発表上では15年もの隔たりがあり、社会情勢に若干の違いがあって、丁寧に読み込むほど困惑する。
特に『蝙蝠と蛞蝓』は、金田一耕助作品でもごくごく初期に発表されており、それ故に、耕助の扱いが後年と大幅に異なっている。面白い試みと捉えるか、耕助の評価の違いが受け止めにくい、と拒否反応を示すか、人によってだいぶ分かれるところだろう。個人的には、収録作品の発表年代はばらついていても、収録は発表順のほうが(耕助の印象の違いを考慮しても)ベターだと思うし、せめて実際の初出一覧くらいは提示して、意図的に並べ替えていることを明示すべきではなかったか、と不満を抱く。
内容的には、様々な金田一耕助シリーズのエッセンスを盛り込んでいて、なかなか読み応えのある作品集だと思う。意外と都市を舞台にしたエピソードも多いシリーズを象徴する『睡れる花嫁』に『蝙蝠と蛞蝓』、逆にこのシリーズの一般的なイメージを代表する、岡山を舞台とする『湖泥』と表題作、瀬戸内海の島が登場する『蜃気楼島の情熱』もまとめられているのが嬉しい。表題作など、劇中の言及から、ある代表的長篇の直後の事件と思われ、そのあたりの足取りを想像する楽しみもある。
全般に、現代ではもはや通用しないトリック、趣向がメインだが、時代の枠組み、価値観に沿った仕掛けも、こうしたミステリを読む醍醐味である。特に『湖泥』の趣向は、まさにこの時代らしい衝撃とグロテスクさがある。
いわゆる代表作は収録されてないが、充分に横溝作品、金田一耕助シリーズのエッセンスが堪能できる1冊だと思う。でも、お願いだから初出一覧はつけて。版とか、紙書籍か電子書籍か、でも違うのかも知れません(私が読んだのは電子書籍))が、一律で対応して欲しい、ほんとに。
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