少年は探偵を夢見る 森江春策クロニクル

少年は探偵を夢見る 森江春策クロニクル 『少年は探偵を夢見る 森江春策クロニクル』

芦辺拓

判型:四六判ハード

レーベル:創元クライム・クラブ

版元:東京創元社

発行:2006年3月30日

isbn:4488012116

本体価格:2000円

商品ページ:[bk1amazon]

 今年で作家生活十五周年を迎える探偵小説作家・芦辺拓の通算三十冊目となる単行本は、デビュー作『殺人喜劇の13人』以来マイナーチェンジを重ねながら芦辺拓のお抱え探偵として活躍してきた森江春策の、幼少期から現代に至るまでに巡り逢ってきた事件を描く連作短篇集。まだ少年向け小説の探偵に憧れる少年時代の頃に遭遇した“怪人”との目眩く冒険を描いた『少年探偵はキネオラマの夢を見る』、中学時代に下宿したアパートに存在しなかったはずの13号室が現れた謎と殺人事件とを追う『幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎』、森江春策と縁の深い滝儀一警部が警部補時代に遭遇した事件と、当の森江が解き明かした事件とが相似形を成す『滝警部補自身の事件』、大阪の古色蒼然たる廃ホテルに生首が晒される怪事件『街角の断頭台(ギロチン)』、時間と空間とを超えて犯行に及んだ、と豪語する男との対決を描いた『時空を征服した男』の全五篇を収録する。

 探偵が如何にして自らの職分に目醒めたか、という疑問は、その探偵のファンならば誰しもいちど思い浮かべるものだろう。明確な答を出すことを避ける書き手もいれば、はじめから青写真を作成した上で探偵を創出し、然るべき時期に提示する、などという完璧な計画を以て挑む書き手もある。

 芦辺拓が描くところの森江春策は、著者の試行錯誤を反映して微妙に変化を繰り返してきた探偵である。第一長篇『殺人喜劇の13人』で初めて登場したときは、初期の金田一耕助を彷彿とさせる風采の上がらない人物像だったが、探偵役のキャラクター性に注目する読者が増えてきたことに合わせて少しずつスマートな造型に変化していき、現在では生活感を備えながら不思議と超然とした雰囲気を纏うようになった。

 本書に収録されているのは、そうした現時点での森江春策像を踏まえて描かれた彼の、幼い日からの探偵遍歴である。故に、前述の第一長篇『殺人喜劇の13人』や先行する作品集『探偵宣言』あたりと比較しても、その姿勢や外見描写に隔たりが認められる。一貫性のなさを謗るよりも、既に年齢とは無縁にその人物像を変化させながら探偵像を模索し続ける著者の姿勢を読み取るべきだろう。

 そうした探偵像に試行錯誤を繰り返しながら、一方で作品ごとにミステリとしての趣向を凝らすことも忘れていないあたりにも著者の真摯さは窺える。乱歩の『少年探偵団』に共通するモチーフを盛り込みながら正統的な謎解き小説に仕立て上げた力作『少年はキネオラマの夢を見る』、やや物理的に過ぎる仕掛けを、並行するふたつの事件を絡めることで本来以上の効果を齎す仕掛けに変容させた『滝警部補自身の事件』、短い尺に正統的な本格ミステリの要素を詰め込んだ『街角の断頭台(ギロチン)』と、いずれも読み応えがある。

 個人的に出色と感じたのは『幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎』と『時空を征服した男』の二篇である。実のところいずれも仕掛けの全体像は読めたのだが、その仕掛けを実現させるために施された配慮の細やかさには脱帽する。また前者については、現実の出来事を『黒死館殺人事件』のような絢爛たる探偵小説に擬そうとする記述者の腐心ぶりを面白可笑しく盛り込み、後者についてはその枠組み自体に不審を感じさせることで奇妙な不安感を煽る読後感を醸し出しながら、同時に森江春策がなるべくして探偵になった、という運命をも演出しようとするなど、その工夫も意欲的だ。こと後者については、読み手によってはカタルシスを台無しにする印象を受けるかも知れないが、敢えてそうした挑戦的な趣向を選ぶ志の高さは疑いない。

 果敢なまでに本格探偵小説を発表し続ける著者ならではの意欲的な作品が揃った好作品集である。

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