『大鞠家殺人事件』で日本推理作家協会賞&本格ミステリ大賞ダブル受賞を果たした著者が初めて発行した同人誌。村瀬継弥久々の長篇『藤田先生と二つの密室』、獅子神タローによるSFコメディや、芦辺拓未発表のジュヴナイル冒頭などを収録。
数多くの著作で露骨なほどに往年の探偵小説や幻想怪奇小説、空想科学や冒険ロマンへの憧憬を示してきた編者が、その欲求を心ゆくまでに発散した1冊である。
昭和30年代くらいに数多発行された少年誌を彷彿とさせるグラビアに、思わせぶりな予告、そして肝心の作品でも、現代的な趣向を盛り込みつつ絵柄や展開に昔の少年漫画を思わせる佇まいがある獅子神タローや、他ならぬ編者がそうした冒険ロマンを志向して企画しながらも日の目を見なかった長篇のプロローグと思しき小説には、誌面に相応しい香りが濃厚だ。
ただし、多くの紙幅が割かれている村瀬継弥の長篇『藤田先生と二つの密室』はまた佇まいが違う。劇中の謎は100年以上昔のものだが、解き明かす人々は現代にいる。町おこしの謎解きイベントという趣向も、関係する人々の置かれた境遇も、そして“二つの密室”それぞれを解き明かしたときに浮かび上がる主題もまた現代的だ。誌面の統一感、という意味では気になる点ではある。
しかしこの作品は、鮎川哲也賞の佳作に輝き、前後に複数の短篇が発表されたものの、その後音沙汰のなかった《藤田先生シリーズ》の久方ぶりとなる最新作であり、その名前や作品に触れていた人には嬉しい。この《藤田先生シリーズ》は血腥い犯罪を採り上げるのではなく、タイトルにある藤田先生が、かつて生徒たちの周囲で起こした奇跡のような出来事を、成長した生徒たちが解き明かす、という風変わりな角度で、奇想に満ちたミステリを描き出してきた。魅せられた人も多くいたはずで、同人誌とは言い条、発表を手助けした、という一点で充分に価値があると思う。
ちょっと残念なのはこの作品が、シリーズ旧作で仄めかされたまま未発表に終わった他の藤田先生の“マジック”ではなく、過去に起きた不可解な事件を藤田先生が解き明かす、という、ミステリの基本的な組み立てに立ち戻ってしまった点だ。二つの“謎”を解き明かす展開が似たり寄ったりになってしまったのも、折角の謎が引き立ちにくくしていて、どうにも惜しまれる。
とはいえ、手懸かりを探す過程で織り込まれる、地方都市ならではのドラマと、過去の事件に隠された仕掛けの大掛かりさ、そこから滲み出す暖かさなど、この著者らしい持ち味は存分に発揮された作品である。著者の旧作は現在、いずれも入手困難なので、名前を知っていたが読む機会がなかったという人にはいちど手に取っていただきたい。
……とは記したものの、本書はあくまで編者の同人誌という位置づけである。発行部数は限られ、品薄になったとしても、重版をかけるか否かは出資者の判断次第となる。事実、これをアップしている時点では、発行所となり通販の取り扱いをしている行舟文化のサイトでも在庫がないようだ。気になる方は、行舟文化にリクエストを出すか、編者が同人誌即売会などに顔を見せたときにお伺いを立ててみていただきたい。
なおこの『芦辺倶楽部』はその後も発行され、2025年8月現在までに3号まで発刊されている。相変わらず往年の少年雑誌的なデザインやテイストを踏襲しつつ、第2号はミステリーズ!新人賞を受賞した秋梨惟喬、第3号では創元推理短編賞を獲得した獅子宮敏彦の未発表作品を大きくフィーチャーしており、商業誌では難しい展開を継続している。本書を入手するタイミングを逸した方は、近刊からチェックしてみるのも一興だと思う。
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