フェリックス・フランシス/加賀山卓朗[訳]『虎口』

フェリックス・フランシス/加賀山卓朗[訳]『虎口』(Amazon.co.jp商品ページにリンク) 『虎口』
フェリックス・フランシス/加賀山卓朗[訳]
判型:文庫判
レーベル:文春文庫
版元:文藝春秋社
発行:2025年10月10日
isbn:9784167924331
価格:1320円
商品ページ:[amazon楽天BOOK☆WALKER(電子書籍)]
2026年1月16日読了

 元騎手の作家ディック・フランシスによる《競馬シリーズ》を、彼の次男であるフェリックス・フランシスが受け継いで蘇らせた《新・競馬シリーズ》8作目、邦訳としては3作目。
 危機管理専門の弁護士ハリイ・フォスターは、アラブの王族である依頼人が馬主だった《プリンス・オブ・トロイ》という期待の競走馬を含む6頭が焼死した事件を調査することになった。厩舎に火を放ったのは誰か、そして依頼人が馬主である他の競走馬を、いまの調教師に預けたままでいいのか、を突き止めるのがハリイの職務であった。やがて焼けた厩舎からは人間の遺体までもが発見され、謎は深まっていく――<

 競馬シリーズは著者の父が晩年に手懸けた作品を読んだくらいで、いわゆる代表作も(何冊か買ってはいるけれど)未読なので、その傾向や作風について熟知しているわけではない。ただ、父の最晩年に共作者として名前を連ね、そのままシリーズを書き継ぐ、という展開には興味があった。かつての早川書房ではなく、イースト・プレスから『強襲』が刊行されて以降、音沙汰がなかったため、もうお目にかかれる機会はないのか、と諦めていたら、2025年から文春文庫にて刊行が始まっていた。しかもブックデザインを、恐らくは意識的に早川書房の体裁をなぞっている。ここまでされたら、更に興味が増そうというものである。故に、他の積ん読を避けて、文春では2冊目の、購入時点では最新作だった本書を読んだわけである。
 幸いと言うべきか、本書の主人公は父ディックが創造したキャラクターを引き継ぐのではなく、著者オリジナルのまったく新しいキャラクターであるらしい。しかも、競馬に詳しいどころか、特に関心がなく、月並みな知識しか持ち合わせない人物なので、様々な専門的事実にその都度説明が加えられるから、初心者としてもだいぶ取っつきやすい。文春での第1作は前任者が複数作品を重ねたシッド・ハレーが主人公であるため、「予習をした方が……」なんて考えると手を出しにくい分、本書を入門書として選ぶのはいい選択かも知れない。
 内容的には、一人称によるミステリの理想と言っていい。背景が伝わりやすい語り口、物語が進むに従い、次第に浮上してくる新たな謎、意外な事実。主人公ハリイ・フォスターに危機が訪れる一方で、しっかりロマンスまで織り込まれていて、古典的なスリラーの趣すらある。主人公はネットを活用するし、情報を得るためにハリイが依頼する社内の調査期間も、より高度な情報技術を使っていることが窺われ、倫理観も現代に添っているが、往年のミステリ小説の楽しさを感じさせる仕上がりだ。
 謎解きとしてもよく出来ている。証拠や手懸かりから論理的に解き明かす、というよりは、状況証拠から類推する方法なので、主人公を法律家にしたにしては緩いようにも思えるが、だからこそのスリリングな駆け引きも用意され、読み応えは確かだ。伏線がしっかりしているので、その気になればある程度は真相を言い当てることも出来る。
 ひとつ気になるのは、ロマンスの部分がいささか唐突だったことだ。ディクスン・カーだったら、最初は反発しあっていた2人が惹かれ合う過程を描いたうえで、事件の展開にロマンスを絡めて切り離しがたくするが、ぶっちゃけ本篇は、ロマンス部分を切り離しても成立させることは出来る――ただ、そうすると艶であったり、物語としての活力が薄れてしまうので、彩りとしての意味があることは認める。実際、このロマンスが後味にも貢献しているのだから、やはり作品にとっては必要なのだ。
 現代の要素をふんだんに組み込みつつも、古典にも似た風格のある作品である。父ディック・フランシスは長年、妻の多大な助力を得て執筆していたため、晩年にいちど新作の発表が途絶えたが、その役割を次男である本篇の著者が担うことで復活した。その後、共著者として活躍したのは前述の通りだが、この期間のうちに、父親の方法論や理念をしっかりと継承したのかも知れない。そのことを確かめるためにも、やはりディック・フランシスの代表作あたりからきちんと触れるべきかも知れない――なにせ、文春文庫で邦訳された最初の作品も、2026年2月に予定された新刊も、父の生んだシッド・ハレーなのだから、とりあえずこのキャラクターの先行作くらい読んでおきたい……読みたいなあ……。


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