正統派の謎解きを書き続け、新人育成や知られざる名作の紹介にも力を尽くした著者が最も多くの長篇を著した、鬼貫警部シリーズの1976年作品。稲城市の櫟林で屍体となって発見されたカメラマン・小日向大輔。サーベルのようなもので刺されたあとがあり、口腔には米価の破片が残っていた。被害者には様々な噂があり、やがて、反目し合っていたカメラマン・坂下護が犯人として有力視される。その無辜を信じる従妹は、婚約者である推理作家に、無実の手懸かりを探してもらおうとするが――
当時は記録を取っていなかったので断言は出来ないが、恐らく私が初めて読んだ鮎川哲也作品であり、鬼貫警部シリーズ長篇である。なにせ私がミステリを読み始めた頃は、著者に限らず、往年の推理作家の作品が入手しづらかったので、探し始めた頃に入手出来たのは本書含めて3、4冊ほどだったはずである――電子書籍という形で、ほとんどの作品が読める現代の読者が羨ましい。
思い入れがあることもあって、その後、別版が出ると購入して読み直し、前に読んだのはkindleの電子書籍だった。最近、電子書籍は、ビューワーの操作感がしっくり来たBOOK☆WALKERでのみ電子書籍を購入しているので、数年前に買い直したのを、また読み直しているわけです。
毎回、何年もの間隔が空いているので、細部は失念しているとはいえ、主要な部分はさすがにざっくりと記憶している。それ故に、構造から読み解きたくなってしまう。最初の頃は、代表作とされる『黒いトランク』が入手困難なのに何故これがまだ市場で現役だったのかよく解らなかったが、改めて読み直すと、実は非常に著者らしさが出ている作品だった、というのも一因だったように感じる。
著者は長篇を執筆する際、先行して発表した短篇をベースに、別の要素を追加して拡大することが多い。本書にも原型がある――かどうか、いま確認出来ないのだが、いちばんの芯となる犯人と犯行に、他の容疑者に対する追及や、別の事件を追加するなどして膨らましていく、というスタイルは本書にも窺える。
また、事件に絡める形で、当時の推理文壇の雰囲気や豆知識を幾つも組み込む“楽屋ネタ”めいた趣向も、著者がしばしば仕掛けるものだ。著者自らが語り手となり、実在の作家がちょこっとだけもじった名前でやたらと登場する『死者を笞打て』は最たるものだが、本書はそこまで行かずとも、日本推理作家協会の成り立ちや、日本のミステリを語る上で外せない江戸川乱歩のこともちょこっと絡められて、興味深い。
そして、“鬼貫警部シリーズ”といちおう括ったものの、当の鬼貫はなかなか登場しないうえ、細かなところは他の刑事や、別の登場人物が解き明かしていたりして、必ずしも“名探偵”然として描かれていないことも同様だ。本書については、なんなら最終的な謎解きを別の人がしているようなイメージだったが、改めて読むと、あらましは解き明かしているし、あくまでも、終盤の出来事に絡んだ人物が、それを語る方が相応しいから語っているだけで、別になにもしていないわけではないのも同様……むしろ、地位はまあまあ高いはずなのに、自ら進んで遠方に調査に赴くあたり、勤勉である。
加えて、軸となる企み、事件に多くの肉付けをした、とは言い条、それが非常に入り組んでいて、しかも終盤にはちょっとしたサスペンスまで盛り込まれているから、読み応えは豊かだ。実際、今回の何度目か解らない再読でも、半分近くまではちまちま、別の本を読む合間に摘まんでいただけなのに、半分以降は貪るように読んでいた。大詰めに入っていた、というのもあるけれど、早く解決をしてくれなきゃ収まらない犯人像だったから、かも知れない。
著者らしい、という点では、随所に現代では許容しがたい偏見が文章にも内容にも覗いていることが挙げられる――ただしこれは、かつてはそういう発想か普通だった、という点も多く、著者の欠点と捉えるのは気の毒に思えるけれど、現代の読者が手に取る上で、留意する必要はあるだろう。
いずれにせよ、緻密に組み立てられた仕掛け、様々な試行錯誤から容疑者を絞り込んでいく過程の完成度は極めて高い。今後も読み継がれることを願う――たぶん私も数年後にまた読む。
……それにしても、なんで小説の電子書籍は、カバーを本文内に収めてないものが多いのでしょう。
ちっさいサムネイルでは表示されるんですけど、大抵は省かれている。かつては内容にまったく関係のないカバーも珍しくなかったですが、それでもこれから本文に臨む、という期待感を高めてくれるし、きちんと作品のテーマや、特定の要素を抽出したカバーは、読み終わったあとにまた新たな感動をもたらしてもくれる。
当時の資料としても貴重なので、出来ればもっとくっきりと見える形で収録して欲しい。角川文庫の横溝正史作品など、インパクトの強かった杉本一文の装画をちゃんと収録してくれてて、ニマニマしてしまうのだけど。
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