『マスカレード・ナイト』

TOHOシネマズ池袋、スクリーン10入口前で撮影した『マスカレード・ナイト』パンフレット。
TOHOシネマズ池袋、スクリーン10入口前で撮影した『マスカレード・ナイト』パンフレット。

原作:東野圭吾(集英社・刊) / 監督:鈴木雅之 / 脚本:岡田道尚 / 製作:小川晋一、瓶子吉久、藤島ジュリーK.、松岡宏泰 / 撮影:江原祥二 / 照明:吉角荘介 / 美術:棈木陽次 / アート・コーディネーター:森田誠之、佐々木伸夫 / 美術デザイン:小林久之 / 編集:田口拓也、田村宗大 / 衣装デザイン:黒澤和子 / 装飾:野本隆行 / VFXスーパーヴァイザー:小坂一順 / アルゼンチンタンゴ指導:サエ&ファンカルロス / キャスティング:緒方慶子 / 音響効果:壁谷貴弘 / 録音:武進 / 音楽:佐藤直紀 / 出演:木村拓哉、長澤まさみ、小日向文世、梶原善、泉澤祐希、東根作寿英、石川恋、中村アン、田中みな実、石黒賢、沢村一樹、勝村政信、木村佳乃、凰稀かなめ、麻生久美子、高岡早紀、博多華丸、鶴見辰吾、篠井英介、石橋凌、渡部篤郎 / 制作プロダクション:シネバザール / 配給:東宝
2021年日本作品 / 上映時間:2時間9分
2021年9月17日日本公開
公式サイト : https://masquerade-night.jp/
TOHOシネマズ池袋にて初見(2021/9/30)


[粗筋]
 警察が民間に委託している匿名通報サービスに届いたファックスが始まりだった。都内のマンションの一室に屍体があるかも知れない、という内容に、警察が念のため駆けつけてみると、ロリータファッションで感電死した女性が発見される。警察は状況から殺人と判断、捜査を開始する。
 それから数日後、ふたたび届いたファックスには、その女性を殺害した犯人が、都内の一流ホテル・コルテシア東京で大晦日に催される年越しのイベント《マスカレード・ナイト》に現れる、とあった。最初の通報と同様に、これも事実である可能性が高い、と考えられたが、いったい密告者の目的は何なのか。捜査一課の係長・稲垣(渡部篤郎)はこの捜査のために、別件が片づき休暇に入る直前だった新田浩介(木村拓哉)を呼び出す。
 新田にとっては忌々しい任務だった。彼はかつてコルテシア東京を舞台にした予告殺人の捜査のため、ホテルマンを装ったことがある。事件こそ解決したものの、刑事とまるで異なる見方と判断基準を持つホテルマンになりきるのは苦行でもあった。
 先の事件で新田をサポートしたフロントの山岸尚美(長澤まさみ)はその対応力が評価され、客の様々な問い合わせや注文に応える《コンシェルジュ》の業務に移っている。代わりに新田を監督することになった氏原祐作(石黒賢)は山岸以上にプロ意識が強く、新田にフロント業務を任せようとしなかった。客を観察するだけで済むのは有り難かったが、ことあるごとに睨みを利かせる氏原に、新田は辟易する。
《マスカレード・ナイト》は前々からコルテシア東京の名物イベントとして親しまれ、この日は多くの滞在客が現れる。しかも厄介なことに、客が望めば仮装のままでもチェックインが可能になっていた。すべての客を容疑者と捉え、イベント参加者のチェックに勤しんでいた捜査陣は、素性調査に苦労を強いられる。
 一方の山岸は、事件と関わりなく、風変わりな注文の数々に悩まされていた。とりわけ、日下部篤哉(沢村一樹)という客の依頼は、この人が詰めかける日に、レストランでサプライズの求婚を考え、無茶な要求を並べ立てる。しかも厄介なことに、その相手という狩野妙子(凰稀かなめ)という女性が別途山岸を訪ねてきて、日下部の自尊心を傷つけることなく断りたい、と頼んできた。
 だがこの日下部という人物、何故か警察で身許が確認出来ない。新田は好奇心も相俟って、山岸の対応を見届けようとする――


[感想]
マスカレード・ホテル』に続く、刑事とホテルマンの異色バディが事件に挑むシリーズの2作目である。
 本篇単独でも楽しむことは可能だが、やはり前作を知っているほうが味わいは深い。説明が省略されているコルテシア東京スタッフと新田浩介の因縁が解るので、随所での奇妙な演出の意味が解るし、それぞれに籠めたユーモアも素直に愉しめる。
 しかし、率直に言って、シリーズ初体験だろうがそうでなかろうが、謎解きものに不慣れなひとにとってはいささか難易度の高い造りである。前作は基本、新田刑事とホテルマン山岸が行動を共にしていたので、並行的に発生するトラブルも事実上1本筋で綴られていったが、本篇は山岸が公式に新田のサポートをする立場ではないため、事実上ふたつの視点で描かれるかたちになっている。すべての客を疑う、というスタンス故に、山岸が対処するトラブルの山場には新田も意識的に関与していくが、過程は複数視点が交互に描かれる格好だ。新田は新田で、能勢とともに繋がりのある事件を探し出したり、滞在客と事件との関係を洗い出すことを繰り返しているため、ストーリー上に情報が氾濫していく。私は原作を予習済みだったので混乱はしなかったが、原作未読、かつミステリに慣れていないひとはだいぶ混乱してくるだろうし、クライマックスに至っては置き去りの感を味わう恐れはある。
 もともと込み入ったプロットではあるが、ここまで複雑になってしまったのは、原作では数日を費やして描かれる出来事を、大晦日の1日に凝縮してしまったことも一因だろう。基本的な展開は原作を踏襲している点では前作と同様なのだが、この圧縮のために大幅に説明や新田・山岸に能勢を加えた3人の推理が重ねられる部分も端折られてしまい、展開や推理に飛躍が多すぎるように感じられる。
 物語を圧縮したことでもっとも弊害が出ているのは、遊軍的に捜査に携わる能勢刑事である。原作では訪れるごとに一定の時間が経過しているため、自身の脚で情報を稼ぎ、関係者に繰り返し当たって少しずつ事実を掘り下げていくさまが窺えるのだが、本篇では1日のあいだに繰り返し新田たちを訪ねてきて、そのたびに新情報を提示してくる。そのスーパーマンぶりに、御都合主義を感じてしまうのも致し方ないところだ。
 ただ、複雑すぎて没頭出来ない、とか退屈に感じることは恐らく、ない。テンポがよく、細かなトラブルが矢継ぎ早に繰り出されるので、ホテルマンや刑事達と同じように観客も年の瀬の多忙さに振り回される感覚を味わう。そして、推理の過程が省略されがちなぶん、飛躍を感じることも多いが、謎とその捜査の過程は興味を惹かれるはずだ。手懸かりの乏しい事件で、細かな情報から秘められた人間関係を紐解き、じりじりと真犯人像に迫っていく様にはきちんとミステリの醍醐味を感じる。具体的に誰がターゲットで、どんな犯行が行われるのか、という推測もなかなか立たないため、サスペンスっぽくない印象もあるのだが、全容が明らかになるにつれスピード感もスリルも増していき、けっきょく惹きつけられてしまう。
 前作ほどには、刑事がホテルマンを装う、という面白さが感じにくい一方で、新田の観察眼や直感に山岸が触発されているような描写が随所にあるのも興味深い。これは前作でも示されていた方向性ではあるが、前作でほぼぼホテルマンとしての立ち居振る舞いを習得した新田は、根が刑事ゆえに、客を疑惑の眼差しで眺める習慣は排除できないものの、“お客様”相手にはそつなく振る舞う術を心得ている。一方で山岸はコンシェルジュという、以前のフロントクラークよも無理難題に応えなければいけない立場に変わった。しばしばイレギュラーな手段に頼らねばならない彼女にしてみれば、一歩引いたところから別の発想を得る刑事のスタンスは有効でもある。前作から通底はしているが、学びの姿勢が少し変わっているところは興味深い――しかしそれも、ストーリーの圧縮によって消化不良になった感は否めない。
 特に評価したいのはクライマックスだ。謎の性質上、原作において終盤は複数人の述懐を書き下したものと、尋問によって描かれているが、映画で同じような語り方をしようとすると、視点が無闇に増えてしまうし、謎解きにも拘わらず捜査陣が出て来ない場面が伸びてしまう。そもそも、そのまま語ると冗長に陥りかねない。そこを本篇は、やや不自然ながら、パーテーションを隔てただけの近い空間で、複数の関係者を同時に尋問する、というかたちで整理し、適当な尺にまとめている。やはり背後関係は複雑で、把握しやすいとは言えないのだが、この尺とテンポの中に収めることには成功している、という点は評価したい。
 個人的に、前作ほどの興奮はなかった。しかし、一流ホテルの雰囲気のなかでサスペンスと複雑な謎解きが、手頃な尺で楽しめ、エンタテインメントとしては充分なクオリティを備えているのは間違いない。本篇を観ても、背後関係が把握しきれない、どうしても推理や謎解きに納得がいかない方は、少々厚めではあるが、原作小説と併せて吟味することをお薦めする。


関連作品:
マスカレード・ホテル
NIN×NIN 忍者ハットリくん・ザ・ムービー』/『HERO [劇場版](2007)
検察側の罪人』/『コンフィデンスマンJP プリンセス編』/『サバイバルファミリー』/『清須会議』/『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』/『十三人の刺客』/『七つの会議』/『騙し絵の牙』/『翔んで埼玉』/『るろうに剣心 最終章 The Final』/『陰獣』/『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点
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