『市民ケーン』


『市民ケーン』Blu-ray版(Amazon.co.jp 商品ページにリンク)。

原題:“Citizen Kane” / 監督&製作:オーソン・ウェルズ / 脚本:オーソン・ウェルズ、ハーマン・J・マンキーウィッツ / 撮影監督:グレッグ・トーランド / 美術:ペリー・ファーガソン / アート・ディレクター:ヴァン・ボスト・ボルグレイス / 編集:ロバート・ワイズ / 衣装:エドワード・スティーヴンソン / 特殊効果:ヴァーノン・L・ウォーカー / 音楽:バーナード・ハーマン / 出演:オーソン・ウェルズ、ジョゼフ・コットン、ドロシー・カミンゴア、エヴェレット・スローン、レイ・コリンズ、ジョージ・クールリス、アグネス・ムーアヘッド、ポール・スチュアート、ルース・ウォリック、アースキン・サンフォード、ウィリアム・アランド、ハリー・シャノン、フィリップ・ヴァン・ツァント、アラン・ラッド、アーサー・オコンネル / マーキュリー・プロダクション製作 / 初公開時配給:ATG / 映像ソフト発売元:IVC,Ltd.
1941年アメリカ作品 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:?
1966年6月14日日本公開
2019年11月29日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
Amazon Prime Video作品ページ : 字幕版吹替版
Amazon Prime Videoにて初見(2020/11/21)


[粗筋]
 1941年、フビライ・ハーンの宮殿“ザナドゥ”を移築したコロラド州の豪邸で、チャールズ・フォスター・ケーン(オーソン・ウェルズ)は死んだ。末期に残した言葉は、「バラのつぼみ」だったという。
 親から受け継いだ資産をもとに倒産寸前のインクワイラー誌を購入、大衆の関心を惹きつけ世論を煽る手法で一気に事業を拡大、アメリカ全土の60を超える新聞社を傘下に収め一大グループを構築、一時は大統領候補の呼び声もあったが、政治面で成功はせず、晩年には事業も手放し、豪壮な宮殿で孤独に最期を迎えたケーンは、何を思ってその言葉を残したのか? 新聞記者たちは、彼と近しかったひとびとに接触、その証言から手懸かりを得ようと試みる。
 2番目の妻スーザン・アレクサンダー(ドロシー・カミンゴア)はケーンの死後、酒に溺れ、他人の接触を頑なに拒んでいる。執事のジノは、記事でケーンの最期の言葉が報じられた際、彼女に意味を訊ねたが、心当たりはない、と言っていたらしい。
 次いで記者は図書館を訪れ、保管されているケーンの後見人ウォルター・サッチャー(ジョージ・クールリス)の手記を閲覧する。彼は、幼少期にコロラド鉱脈の権限と引き換えにケーンを実の両親から引き取り養育した人物であった。だがケーンは彼の思惑通りに金融界で働くことは選ばず、新聞業界で膨大な資産を湯水のように蕩尽していく。サッチャーは終生、財産にこだわらないケーンの信念が理解出来なかったらしい。ここにも、「バラのつぼみ」の手懸かりは存在しなかった。
 インクワイラー誌の買収以来ずっとケーンの秘書を務めていたバーンスタイン(エヴェレット・スローン)は、かつてケーンの親友であったジェデダイア・リーラント(ジョゼフ・コットン)と会うように勧める。リーランドもまたインクワイラー誌買収当時からケーンと行動を共にし、劇評家として活動していた人物だったが、次第に意見が対立、のちに完全に袂を分かっていた。
 かつて、ケーンはニューヨーク州知事選に打って出たことがある。現職のジェームズ・ゲティス知事(レイ・コリンズ)を追い込む勢いだったが、しかし投票1週間前にスーザンという愛人の存在が発覚、それがきっかけとなり大敗を喫する。そして、このことでリーランドはケーンを批判した。ケーンの妻子と同様、リーランドもこの1件を境に彼の元を去って行った。
 探れども探れども、「バラのつぼみ」の正体は特定できない。果たしてケーンは何を思い、いったい何を目指して生きていたのか……?


『市民ケーン』本篇映像より引用。
『市民ケーン』本篇映像より引用。


[感想]
 製作後80年を経た今でも、オールタイム・ベストには必ずと言っていいほどその名の挙がる、伝説の作品である。映画好きとしてはいちど観ておかねば、と思いながらも、スクリーンで観る機会を待っているうちに時間ばかりが過ぎてしまった。ある新作を鑑賞するための予習として鑑賞したかったため、やむなく配信を選んだのだが――やはり、大きなスクリーンで観たかった、と悔やまれてならない。
 配信のコンディションの問題もあるのだろう、私が鑑賞したものは映像の状態も悪く、その意味での古さを意識せずにはいられなかったが、趣向や語り口についてはあまり古さを感じさせない。この時代は普通だった、映画館で流れるニュースの体裁を取ったプロローグで、モデルがありつつも架空である主人公にリアリティを付与する。そこから、報道のための取材、というかたちで、記者が関係者に接触していき、それぞれの目線で見たチャールズ・フォスター・ケーンを順繰りに描くことで、少しずつこの傑物の実像が浮かび上がってくる。1941年にして、こういう語り口を確立し、充分なリアリティを付与していることに驚かされる。
 そして、こちらも未だ語り草となっている構図や撮影手法の実験性の高さも、未だ色褪せていない。全体に本篇はローアングルからの撮影が多いが、場面によってはまるで地面に俯せ、顔を上げて事態を見守っているかのような極端な視点まで用いられている。今のように小型かつ鮮明なカメラが開発されていないこの時代、スタッフは床に穴を開けて、そこにカメラを据えて撮影する、という荒技まで駆使したという。構図としての洒脱さもありながら、高みから大衆をコントロールするかのような主人公の尊大さ、そしてそれ故に同じ目線で世界を観る者が存在しない、という事実を象徴するかのようで、その主題とカメラワークの完璧な融合は、もはや他の方法で置き換えることが出来ない、と感じるほどだ。
 極めて凝った構成や構図を用いながら、しかし娯楽映画としての牽引力もしっかり備わっている。鍵はまさに“バラのつぼみ”というフレーズだ。一大の傑物の死を語るうえで、通り一遍の情報並べただけでは彼の実像に迫ることが出来ない、と考えた記者達は、ケーンが最期に遺した、この謎の言葉に着目する。記者達はこのキーワードを軸に関係者の証言や過去の記録に当たっていくので、物語は必然的に謎解きの様相を帯びていく。いったい誰の口からその真意が語られるのか? という関心が、観客の関心を逸らさない。
 だが、そうしてじわじわと浮き彫りになっていくのは、一見尊大に見えた傑物の、意外なほどの幼児性や空虚さだ。莫大な財産を継承しながら、確実に収益を上げる手段を選ぶのではなく、倒産寸前の新聞社を買収する、という大博打に打って出る。世論を煽って新聞の売上げを伸ばしながらも続く赤字を揶揄されると、「このままでは60年しか続けられない」と余裕の発言をしてみせる。その後、各地の新聞社を吸収し発言力を増していくと、社会正義のためニューヨーク州知事選に打って出るが、そこに政治家として何かを為そうとする確固たる信念は見えない。強い者に敢えて立ち向かっていき、己の能力を誇示しようとする、子供っぽい対抗意識のほうが色濃いのだ。
 知事選に敗北する経緯にせよ、刎頸の友であったはずのリーランドと袂を分かった背景にせよ、ケーンの振る舞いには常人離れした聡明さと、だからこその稚気が窺える。この人物を一時期、メディアの支配者にした傑物ぶりは、しかし同時に彼から多くのものを奪い、孤独に追いやっていく。終盤で、彼の生涯を追う記者が、ケーンのことを「哀れだ」と評する場面があるが、恐らく多くの観客も似たような憐れみを覚えるはずである。メディアの帝王としてあらゆるものを手に入れたかに見えた男は、しかし恐らく本当に希求していたものを得られずに晩年を迎えた。何の為に築いたか解らない広壮な宮殿のなかでひとり息を引き取る末路は、ニュース映画を擬したプロローグを観た直後とまるで印象が違ってくる。
 その印象は、“バラのつぼみ”の謎が解かれたときになおさら募るはずだ。あの瞬間になぜ彼はその言葉を呟いたのか? その謎解きの顛末が、またチャールズ・フォスター・ケーンという人物の孤独をあからさまなほどに象徴する。なまじ、“バラのつぼみ”の手懸かりが観客には明瞭に提示されているからこそ、その余韻はより物悲しい。
 この物語は、ウィリアム・ランドルフ・ハーストという実在の人物の半生をモチーフにしている。新聞王とも呼ばれたハーストは本篇の発表当時、既に影響力を弱めていたが、その内容が自身と愛人を侮辱している、と考え、ネガティヴ・キャンペーンを張った。批評家からは評判が良く、アカデミー賞にも9部門でノミネートされたが、脚本賞の受賞に留まっている。確かに、ハーストという人物の振る舞いに対する批判が籠められていたのは間違いないが、同時に憐れみや理解も窺える内容である。アカデミー賞に汚点を残した、と言われる妨害工作までも歴史に刻まれてしまったのは、一時期はメディアを牛耳った傑物としては下策だった。
 この傑作の“失敗”により、間違いなく天賦の才を備えていたオーソン・ウェルズはハリウッドでの発言力を失ってしまった。俳優としてはこの後、『第三の男』における怪演でも映画ファンの心にその存在を刻みこんだとは言い条、製作者として本篇を超える成果を残せなかったことが惜しまれてならない。
 だが、そんな不幸な経緯も含め、本篇が伝説的な傑作であることは、製作後80年経たいまも揺らいでいない。今後も本篇はオールタイムベストの1篇として掲げられ、愛されていくのは確実だろう――そして、だからこそ尚更哀れだ。


関連作品:
第三の男』/『パピヨン(1973)』/『シェーン』/『ミクロの決死圏
レベッカ』/『深夜の告白』/『サンセット大通り』/『羅生門』/『雨に唄えば』/『生きる』/『恐怖の報酬(1953)』/『めまい(1958)』/『アラビアのロレンス』/『M★A★S★H マッシュ』/『ゴッドファーザー』/『地獄の黙示録 劇場公開版<デジタルリマスター>』/『ゾンゲリア』/『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』/『E.T. 20周年アニバーサリー特別版』/『スタンド・バイ・ミー』/『フィールド・オブ・ドリームス』/『シザーハンズ』/『パルプ・フィクション』/『マディソン郡の橋』/『テシス 次に私が殺される』/『タイタニック』/『ドニー・ダーコ』/『アメリ』/『ムーランルージュ!』/『バーバー』/『PLANET OF THE APES/猿の惑星』/『ジョンQ -最後の決断-』/『スパイダーマン』/『アバウト・シュミット』/『エデンより彼方に』/『8 Mile』/『リベリオン』/『リクルート』/『ミスティック・リバー』/『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』/『キル・ビル Vol.1』/『エターナル・サンシャイン』/『スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー』/『ロング・エンゲージメント』/『アビエイター』/『イカとクジラ』/『バットマン・ビギンズ』/『エミリー・ローズ』/『テネイシャスD 運命のピックをさがせ!』/『ドリームガールズ』/『僕らのミライへ逆回転』/『脳内ニューヨーク』/『その男 ヴァン・ダム』/『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』/『(500)日のサマー』/『ミックマック』/『インセプション』/『ロビイストの陰謀』/『ソーシャル・ネットワーク』/『アーティスト』/『THE GREY 凍える太陽』/『ザ・マスター』/『フライト』/『複製された男』/『ウルフ・オブ・ウォールストリート』/『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』/『デッドプール』/『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』/『犬ヶ島』/『ジョーカー

コメント

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