TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『ナイル殺人事件(2022)』チラシ。
原題:“Death on the Nile” / 原作:アガサ・クリスティ / 監督:ケネス・ブラナー / 脚本:マイケル・グリーン / 製作:リドリー・スコット、ケネス・ブラナー、ジュディ・ホフランド、ケヴィン・J・ウォルシュ / 製作総指揮:マーク・ゴードン、サイモン・キンバーグ、マシュー・ジェンキンズ、ジェームズ・プリチャード、マシュー・プリチャード / 撮影監督:ハリス・ザンバーラウコス / プロダクション・デザイナー:ジム・クレイ / 編集:ウナ・ニ・ドンガイル / 衣装:パコ・デルガド / キャスティング:ルーシー・ビーヴァン / 音楽:パトリック・ドイル / 出演:ケネス・ブラナー、トム・ベイトマン、アネット・ベニング、ラッセル・ブランド、アリ・ファザル、ドーン・フレンチ、ガル・ガドット、アーミー・ハマー、ローズ・レスリー、エマ・マッキー、ソフィー・オコネドー、ジェニファー・ソーンダース、レティーシャ・ライト / キンバーグ・ジーン/マーク・ゴードン・ピクチャーズ/スコット・フリー製作 / 配給:Walt Disney Japan
2022年アメリカ、イギリス合作 / 上映時間:2時間7分 / 日本語字幕:松浦美奈
2022年2月25日日本公開
公式サイト : http://movies.co.jp/Nile-movie/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/2/25)
[粗筋]
1931年、若き資産家のリネット・リッジウェイ(ガル・ガドット)はサイモン・ドイル(アーミー・ハマー)と結婚した。
エジプトでの仕事を終え、休暇を満喫していた名探偵エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)は、若い友人ブーク(トム・ベイトマン)に紹介されたこの新婚夫妻から、相談を受ける。ふたりは旅の道中、ある女につけ狙われている、というのだ。
女の名はジャクリーン・ド・ベルフォール(エマ・マッキー)。リネットの学生時代からの友人であり、サイモンの元婚約者である。リネットはジャクリーンの紹介でサイモンと知り合った。職のないサイモンに、リネットの別荘管理の仕事を紹介してもらう意図だったようだが、リネットはサイモンと激しく惹かれ合い、事実上ジャクリーンから婚約者を掠奪した。未だ強い未練を引きずるジャクリーンは、ハネムーンに赴いた2人の旅先にまで出没している。リネットたちは命の危険すら感じているようだが、事件が起きていない以上、探偵であるポアロには手出しのしようがなかった。
カタラクト・ホテルで結婚パーティを催したリネットとサイモンは、招待客とともに客船カルナック号に乗り込んだ。船は各所にある史跡を巡りながらナイル川を航行する。親しい人びとと心置きなく旅を満喫するはずが、ここにもジャクリーンは現れた。正規の手段でチケットを確保した彼女を下ろすことも出来ず、剣呑な気配を帯びながら旅は続けられた。
そしてある晩、遂に悲劇の始まりを告げる銃声が鳴り響いた――
[感想]
ケネス・ブラナー監督自身が名探偵エルキュール・ポアロを演じた『オリエント急行殺人事件』に続く、アガサ・クリスティの小説の映画化である。同様にオールスターで1974年に撮影された『オリエント急行殺人事件』もヒットを受けて『ナイル殺人事件』を制作しており、そのひそみに倣った格好だ。ただし、あちらは監督やポアロ役を入れ換えているため、同じ監督と主演のまま引き継げたのはより幸運な展開と言えるだろう。
どうやらロケーションの多くをセットとCGに頼らざるを得なかったようだが、前作同様、異国情緒とオールスターキャストの贅沢さを堪能出来る仕上がりだ。現実的な欲望や悲劇を描きながらも、映画ならではの異世界感を演出している。
前作との大きな違いは、プロローグ部分である。前作においても、原作とは違う導入により、ポアロという探偵の個性を描いていたが、本篇では更に踏み込んで、メインの事件と直接繋がらないどころか、これは果たしてミステリ映画か? と訝りたくなるような戦場の描写から始めている。このくだりによって前作で仄めかしていたポアロの感情的な側面にスポットを当て、本筋であるナイル川のツアー中に起きる殺人事件の描写に深みを加えているわけで、この方法論自体、前作で試みた原作の脚色を更に押し進めたものだ。ポアロの特徴的な要素に、映画ならではの“動機”を設定したこの趣向は、前作の脚色がしっくり来なかったひとは更に受け入れづらいと思われる。本篇から臨むひとはさておき、前作におけるポアロの肉付けが性に合わなかったかたは避けるのが吉だろう。
本筋に入っても、前作の良さ、或いは方針を踏襲した格好だ。本格ミステリ特有の、証言集めや現場検証が続くことで生じるテンポの悪さを解消するため、大幅に情報を集約し、縦横無尽に動き回るカメラとパッチワーク的な編集で勢いのある流れを作り出している。これも前作同様の、活動的で勇敢さを増したポアロの言動が随所で生み出す緊張感も、物語に絶妙なメリハリを生んでいる。ミステリとしての興趣を留めながら、演劇的な外連味のある演技と華やかな映像とカメラワーク、そして全体に動きをつけることで、エンタテインメントとしての間口を広くしている。
これも前作を踏襲している、と言える点だが、事件の背景に沿って、主題の相通じるドラマを並行して描いていくことで、感動を深くしている。しかも、前作は容疑者の過去を結びつけているが、本篇はそこにプロローグも含めたポアロ自身の物語も加えているので、より厚みが増した印象だ。監督と主演を兼ねたケネス・ブラナーにシェイクスピア俳優という側面もあるせいか、それこそシェイクスピア悲劇のような趣を感じる。悲劇の舞台となる船を離れるところでは、前作のシチュエーションをひっくり返したような趣向まで盛り込み、前作以上に作品世界を掌握していればこそ、の洒脱さが増している。
原作に対する理解と敬意は残しつつ、ケネス・ブラナー演じるポアロを軸とする、映画独自の世界観を強めた仕上がり。前作以上に外連味が強くなっているので、ハマらないひともより多そうだが、往年の優れたミステリを現代に映画化する、という意味では理想の出来だ。
現時点で確定情報ではなさそうだが、プロデューサーが語ったところによれば、ポアロの探偵譚はまだ映画化の予定があるようだ。前作、本篇に続いてマイケル・グリーンが脚色、ケネス・ブラナーも引き続き監督とポアロ役を兼任するという。
しかも次回は、クリスティ作品でも人気の高い作品に基づいた1作目、2作目と異なり、ややマイナーな作品を、舞台を変えて脚色しているらしい。
前述のように、確定情報ではないので話半分に捉えていただきたい。しかし、出来れば実現してほしいものだ――クリスティの後継者は数あれど、その愛好家が楽しめるようなミステリ映画は、決して多くは作られていない。原作に敬意を捧げつつ、現代に鑑賞するに足る作品へと昇華してきたスタッフの、次なる成果を、是非とも見届けたいものだ。
関連作品:
『オリエント急行殺人事件(2017)』
『スルース』/『マイティ・ソー』/『野性の呼び声(2020)』
『オリエント急行殺人事件(1974)』/『情婦(1957)』/『華麗なるアリバイ』/『サボタージュ(2014)』/『アガサ・クリスティー ねじれた家』
『』/『キャプテン・マーベル』/『TENET テネット』/『ワイルド・スピード SKY MISSION』/『ワンダーウーマン1984』/『ローン・レンジャー』/『ヘルボーイ(2019)』/『アベンジャーズ/エンドゲーム』
『カサブランカ』/『ゴスフォード・パーク』/『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』/『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』/『ピラミッド 5000年の嘘』/『エクソダス:神と王』
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