原題:“Fall” / 監督:スコット・マン / 脚本:ジョナサン・フランク、スコット・マン / 製作:ジェームズ・ハリス、マーク・レイン、スコット・マン、クリスチャン・マーキュリー、デヴィッド・ハリング / 製作総指揮:ロマン・ヴィアリ、ジョン・ロング、ダン・アスマ / 撮影監督:マグレガー / プロダクション・デザイナー:スコット・ダニエル / 編集:ロブ・ホール / 衣装:リサ・カタリナ / 音楽:ティム・テスピック / 出演:グレイス・キャロライン・カリー、ヴァージニア・ガードナー、メイソン・グッディング、ジェフリー・ディーン・モーガン / 配給:KLOCKWORX / 映像ソフト日本盤発売元:Happinet
2022年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:?
2023年2月3日日本公開
2023年7月5日映像ソフト日本盤発売 [DVD&ブルーレイ]
公式サイト : https://klockworx-v.com/fall/ ※閉鎖済
Netflixにて初見(2024/7/4)
[粗筋]
ベッキー(グレイス・キャロライン・カリー)は1年間にわたって鬱ぎこんでいた。かつて、共に危険な冒険に臨んでいた夫のダン(メイソン・グッディング)をフリークライミング中の事故で喪った悲劇から、立ち直ることが出来ずにいる。父のジェームズ(ジェフリー・ディーン・モーガン)は新しい人生を生きろ、と訴え続けているが、ベッキーにはそれすら疎ましかった。
そんな彼女を、親友のハンター(ヴァージニア・ガードナー)が訪ねてきた。ダンが事故に遭った際、同じ岩壁に挑んでいた彼女にとっても事故は辛い記憶だったが、ハンターはそれまで以上に危険な冒険を繰り返し、《デンジャーD》という名義で動画を配信して冒険の資金を稼いでいる。
ハンターは新たな冒険のの舞台として、アメリカで4番目に高い建造物であるB67テレビ塔を選んだ。広野に建築されたそれは細い鉄骨で組まれ、よすがは延々と伸びるハシゴだけ。ハンターは、地上600mにある頂上での動画撮影を目論んでおり、ベッキーに同行を頼んだ。
ダンの事故以来、クライミングからは遠ざかっているベッキーは躊躇するが、ダンの信念だった「生きることを恐れるな」という言葉を思いだし、ハンターの申し出を受ける。
かくして、ベッキーは親友とともに広野に佇むテレビ塔に挑む。しかし、彼女たちは気づいていなかった。老朽化した鉄塔が、どれほど危険な状態になっていたのかを――
[感想]
その気になれば、映画は引き金になるワン・アイディアだけでも充分に撮れる。あとは、それを100分程度、観客の関心を惹きつけられる起伏をつけて描くセンスがスタッフやキャストに備わっているか、という問題だ。『オープン・ウォーター』や『ロスト・バケーション』あたりがその代表例になるのではなかろうか――奇しくも、どちらもいわゆる“サメ映画”に属するが、要は誰もが想像しやすい感情を呼び起こす設定に、ひとつくらい大きなアイディアがあれば、あとはそれを補強するだけで、わりと何とかなってしまう。
本篇はまさしく、そういうシンプルなドラマ作りの典型例と言える。他に足場のない高所に取り残されて、どうやって生き延びるのか――高所に対する恐怖は、多くの人が抱いているものであり、これほど解り易い恐怖もない。たとえ高いところは平気、という人であっても、地上600mもの高所に、下るための足掛かりさえなく取り残されたら、という恐怖は理解しやすいだろう。
ただ問題は、足場もない――厳密には、頂上に設けられた足場と、飛行機のための警告灯を設置した鉄塔しかなく、下るための梯子を失った鉄塔には、本当に何もない、という点だ。下から何を持ち込み、それをどう活かすか、が勝負の鍵となる。
もともとフリークライミングを嗜んでいたふたりであり、危険な場所に臨むことを商売にしていたハンターというキャラクターがいるので、カラビナにロープ、途中で補給する水分や、撮影に用いる機材など、最低限の装備はある。
更に、登場人物の備えるドラマも、恐怖と緊張感を高めている。ベッキーは夫をフリークライミング中の事故により失い、1年もその失意のなかにいたため、自信も体力も失っている。自身でもこの現状を打開しなければいけない、という焦りがあるから、ハンターのいささか軽率な計画に乗ってしまう。冷静であれば何か感じたかも知れない、テレビ塔の構造の危うさも、己の臆病の表れ、とでも言うように無視してしまう。
いちばん高所にある足場に辿り着き、孤立無援の危険性に直面してなお、このドラマがふたりを翻弄する。なまじシンプルな設定だからこそ、想像できる脅威だけでは維持できないメリハリを、過去のドラマと結びつける手管は堂に入っている。恐怖に手に汗握りつつ、クライマックスまで釘付けにされてしまうこと必至だ。
しかも本篇、それだけに留まっていない。終盤にもうひとつ、趣向を用意しているのだ。さすがにこれ以上詳しくは記さないが、想定していなかった衝撃と、それが醸し出す情感が生み出す終盤の滾るような生命力は圧巻だ。
あくまで個人的な意見だが、ラストシーンに被せられるモノローグは少々余計、或いは推敲の余地があった、と思う。そこで若干冷めてしまったのが私にとってはあまり印象が良くなかったが、トータルでは間違いなく、シンプルにして工夫も怠らない、良質のスリラーである。
ちなみに、海外の映画情報のサイトには、監督らの今後のプロジェクトのなかに『Fall2』の文字があった――こういうのは、音もなく消えていることがさして珍しくないので、実現するかは解らないけれど。あるとして、次の舞台はどこにするつもりなのやら。
関連作品:
『シャザム!』/『シャンハイ』
『オープン・ウォーター』/『ロスト・バケーション』/『アイガー・サンクション』/『ザ・ウォーク』
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