TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『ファーゴ(1996)』上映当時の午前十時の映画祭11案内ポスター。
原題:“Fargo” / 監督:ジョエル・コーエン / 脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン / 製作:イーサン・コーエン / 製作総指揮:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー / 撮影監督:ロジャー・ディーキンス / プロダクション・デザイナー:リック・ハインリックス / 編集:ロデリック・ジェイン(ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン) / 衣装:メアリー・ゾフレス / キャスティング:ジョン・リオンズ / 音楽:カーター・バーウェル / 出演:ウィリアム・H・メイシー、スティーヴ・ブシェミ、ピーター・ストーメア、フランシス・マクドーマンド、クリステン・ルドルード、ハーヴ・プレスネル、ジョン・キャロル・リンチ、トニー・デンマン、ラリー・ブランデンバーグ、スティーヴ・リーヴィス、スティーヴン・パーク / 初公開時配給:Asmik Ace / 映像ソフト最新盤発売元:Walt Disney Japan
1996年アメリカ作品 / 上映時間:1時間38分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / R15+
1996年11月9日日本公開
午前十時の映画祭11(2021/04/02~2022/03/31開催)上映作品
2019年6月19日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video|Blu-ray Disc]
DVD Videoにて初見(2003/10/07)
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2022/2/5)
[粗筋]
ノースダコタ州ファーゴは際限なく降り続ける雪の中にあった。ミネソタ州ミネアポリスの自動車販売会社で営業部長を務めるジェリー(ウィリアム・H・メイシー)は多額の負債を片づけるために、かなり無謀な策を思いつき、このファーゴの酒場で実行犯と落ち合うことになっていた。刑務所を出たばかりの犯罪者を使って妻を誘拐させ、妻の父親ウェイド(ハーヴ・プレスネル)から身代金を騙し取ろうというのだ。
だが、計画は最初から波乱含みだった。人を通じて雇い入れた男は、独特な風貌で悪目立ちするカール(スティーヴ・ブシェミ)に無口で何を考えているか解らないゲア(ピーター・ストーメア)と、かなりアクが強い二人組。酒場で会うなりジェリーの対応に不平ばかり並べ立てる。不安を覚えながらも、調達した車をそのまま渡すしかなかった。
その一方で、ジェリーを巡る状況は悪化の一途を辿っていた。金融会社からは書類の不備を指摘されて信用を失いつつあり、もう一つの策として用意していた新事業はどうにか義父ウェイドとビジネス・パートナーのスタン(ラリー・ブランデンバーグ)の協力を取り付けるところまで漕ぎ着けたものの、ジェリーは自分が資金を借りて取引を行うつもりだったのに、口利き料しか払わない、と切り捨てられた。焦りは募る。
カールとゲアの二人組は道中不協和音を生じさせたり、女を買って鬱憤を晴らしたりしながら、ミネソタ州ミネアポリスに足を踏み入れた。だが、かなり雑な手際でジェリーの妻を誘拐したあと、用意していた隠れ家に向かう途中で、パトカーに停止を命じられる。カールはどうにか口先でごまかそうとしたが、却って怪しまれ、車を降りるように言われた。次の瞬間、ゲアは警官に向かって発砲した。
困惑と憤りに駆られながら、カールが警官の屍体を処理しようとしたとき、一台の車が通りすぎ――カールとゲア、そしてカールが運ぼうとしていた警官の屍体を目撃した。ゲアは車で追い、道から転落した目撃者ふたりを容赦なく射殺した。
翌朝、ブレーナード警察署の警察署長マージ(フランシス・マクドーマンド)は1本の電話に起こされ、ゲアたちが起こした殺人の捜査に携わった。警官と一般市民ふたりを無造作に殺した犯人を、マージは妊娠8ヶ月の身体で追い始めた……
[感想]
なんで地上波で見た記憶がないのかと思ったら……これは無理だわ。
コーエン兄弟作品はまだ『バーバー』と本編のみしか鑑賞したことがないが、それでも特徴として察せられるのはひたすらに意外性を突き詰めたプロットと、端正だが戯画的なキャラクター造形だ。
冒頭の数分で、主要な登場人物の個性が完璧に描かれている。ジェリーは他人に対して強い姿勢に出ることが出来ず、カールは口先の巧さを取り柄にしているつもりだが計画性に乏しい。ゲアは胸中の読めない無言と無表情のうちに怒りを溜め込んでいる、といった具合のことが、三人が初めて対面する冒頭だけでおおむね察せられる。
あとは、複数の視点を絡めながら縦横に話が転がっていく。一時間半ちょっとという短めの尺に詰め込めるだけのものを詰め込みながら、舌足らずになっていない。途中に一見無駄な描写があるようにも感じるのだが、完結とともに全体を眺めてみると、その虚しい余韻に少なからぬ影響を齎しているのが解る。驚異的に構成が巧い。
衝撃のラスト、という宣伝文句で本当に衝撃を受ける場合はそんなに多くないが、本編は掛け値無し。しかも決してそれだけではないのが強みである。謎解きや極めて知的なやりとりはないが、筋立ての巧さは必見。一面の銀世界が、その余韻の乾きと冷たさをより引き立てている。
耳について離れない秀逸な音楽とも相俟って、見たが最後延々と記憶に刻まれそうな作品。何より、非常に明確なテーマがあるのにそれを過剰に謳ったり、教訓じみた括りにしていないのがいい。
――と、この前までが2003年10月8日にアップした感想である。感想は手を加えていないが、粗筋には勘違いが幾つか含まれていたため、修正を加えている。
本篇以降、コーエン兄弟作品を5作鑑賞している。アカデミー賞にも輝いた『ノーカントリー』は間違いなく到達点であるし、そのセンスを駆使した西部劇『トゥルー・グリット』も素晴らしかった。しかし、その個性の濃縮度合いは間違いなく本篇が最高だ、と思う。
個性的な登場人物と予測の困難なプロット、ブラックユーモアも籠めた特徴的な語り口。それに衝撃的なクライマックスまで加えて、100分に満たない尺のなかに詰めこまれている。決して窮屈さもなく、絶妙な呼吸、バランスを保っていて、観終わったときの充実感は素晴らしい。彼らの作品は年を追うごとに深みを増し、鑑賞後の余韻が複雑なものになり着実に成熟しているが、エンタテインメントとしてシンプルに楽しむことも可能でありながら、地域性も織り込み、人物像やドラマにユーモアや読み解き甲斐のある奥行きを備えた本篇は、四半世紀以上経ったいまでもコーエン兄弟の1つの頂点と言えよう。
そして2022年の目で鑑賞すると、フランシス・マクドーマンドという俳優の稀有な力強さを、極めて早い段階で活用していることにも注目したくなる。状態から臨月間近という印象だが、構わず警察官として現場に立ち積極的に捜査に赴く。傍目には頼りなく映る夫に寄り添い、その才能を信じて励ますあたりにも、その逞しさを感じる。彼女は本篇以外にも『スリー・ビルボード』、『ノマドランド』でみたびオスカーに輝いているが、いずれもその芯の強さを窺わせる造形であるあたり、強さに説得力をもたらすことの出来る稀有な俳優であることの証左だろう。そして、その才能を最も早く証明した1本であることもまた、本篇の価値を高めている。
どうしても、クライマックスの衝撃的なシチュエーションに目を奪われがちだが、全体の構成や描写、演出、俳優の起用に至るまで、素晴らしいクオリティを示した、紛れもなく映画史に残る傑作なのだ。
関連作品:
『バーバー』/『ディボース・ショウ』/『ノーカントリー』/『バーン・アフター・リーディング』/『トゥルー・グリット』/『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』/『サバービコン 仮面を被った街』
『ウェルカム・トゥ・コリンウッド』/『デスペラード』/『マイノリティ・リポート』/『イーオン・フラックス』/『ノマドランド』/『プライベート・ライアン』/『ザ・ファン』/『ショーシャンクの空に』/『ダンス・ウィズ・ウルブズ』
『羅生門』/『サイコ(1960)』/『タクシードライバー』/『フルメタル・ジャケット』/『アバウト・シュミット』/『リトル・ミス・サンシャイン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『アイリッシュマン』
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