『ガタカ』


『ガタカ』Blu-ray Disc(Amazon.co.jp 商品ページにリンク)。

原題:“Gattaca” / 監督&脚本:アンドリュー・ニコル / 製作:ダニー・デヴィート、マイケル・シャンバーグ、ステイシー・シェア / 撮影監督:スワヴォミール・イジャック / プロダクション・デザイナー:ヤン・ロールフス / 編集:リサ・ゼノ・チャーギン / 衣装:コリーン・アトウッド / キャスティング:フランシーヌ・メイスラー / 音楽:マイケル・ナイマン / 出演:イーサン・ホーク、ユマ・サーマン、ジュード・ロウ、ローレン・ディーン、ゴア・ヴィダル、アラン・アーキン、アーネスト・ボーグナイン、ザンダー・バークレー、ブレア・アンダーウッド、トニー・シャルーブ、ジェイン・ブルック、イライアス・コティーズ、メイソン・ギャンブル、ヴィンセント・ネルソン、チャッド・クリスト、ウィリアム・リー・スコット / ジャージー・フィルム製作 / 配給:sony Pictures Entertainment
1997年アメリカ作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:?
1998年5月2日日本公開
2015年12月25日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
Blu-ray Discにて初見(2020/11/7)


[粗筋]
 そう遠くない未来。人類は宇宙開発を着実に進め、遺伝子工学の発展により子供をデザインするようになっていた。新生児は生まれた直後、鑑定で寿命や死因、成長時に様々な疾患を発症する確率も調べられる。
 だが、そんな時代にあっても、自然の摂理に生命を委ねる者もいる。ヴィンセントの両親もそうだった。だがその代償として、ヴィンセントは心臓疾患など複数の欠陥を指摘されてしまう。それは、遺伝子工学が発展したこの時代において、差別を受ける側になることを意味していた。
 両親のヴィンセントに対する愛情は変わらなかったが、そのハンデを悲しみ、次の子供は時流に従い、選別を経た優良な受精卵を用いた弟アントンを授かる。両親がアントンを望んだのはヴィンセントを思いやってのことだったが、しかしそれはヴィンセントの劣等感をいっそう募らせた。
 幼い頃は、身体的に恵まれたアントンの後塵を拝するのみだったヴィンセントは、しかし弛まぬ努力で知能と体力を鍛えあげた。夢は、宇宙飛行士となり、劣等感ばかりを味わわされる地球から離れること。しかし、心疾患の可能性を抱えるヴィンセントに、その機会など訪れるはずもなかった。
 ある日、弟との遠泳対決で初めて勝利し、努力が素質を上回ったことを確信したヴィンセント(イーサン・ホーク)は実家を出て、流浪の生活を送り始める。
 自分と同様、遺伝子的な問題を抱える“不適正者”の共同体で暮らし、職を転々としたヴィンセントは、やがて憧れていた宇宙局“ガタカ”に清掃員として潜り込む。しかし、しょせん“不適正者”に過ぎない自分が宇宙飛行士になる機会がないことを改めて思い知ったヴィンセントは、禁じられた手段に打って出る。
 闇の世界には、DNAブローカーが存在する。何らかの理由で社会を逸脱した人物に、また別の理由で表に出ることの出来なくなった“適正者”を仲介し、その生体情報を譲らせる。譲り受けた者は、“適正者”としての経歴を引き継ぐ代わりに、隠遁生活を送る譲渡者の生活を保障する。
 ヴィンセントが紹介されたブローカー(トニー・シャルーブ)が仲介したのは、水泳競技で銀メダルを獲得したエリートだが、事故により脚の自由を失ったジェローム・ユージーン・モロー(ジュード・ロウ)。
 こうして、ジェロームという“適正者”の資格を得たヴィンセントは、宇宙局“ガタカ”のテストに臨み、見事合格、遂には念願であった土星の衛星タイタンの探査船の搭乗員に選ばれた。だがその矢先に、彼の生活を奪いかねないトラブルが“ガタカ”で発生する――


『ガタカ』予告篇映像より引用。
『ガタカ』予告篇映像より引用。


[感想]
 遺伝子工学の分野は間違いなく、現実に発展を続けている。本篇が製作されてから20年以上経ち、技術的には恐らく、劇中で描かれているようなこともある程度までは実現可能になっているはずだ。しかし、決してここで描かれるほど事態が悪化していないのは、もしかしたら本篇の存在が警鐘となったからなのかも知れない。
 それは私の妄想に過ぎないとしても、ここでの遺伝子工学の扱い、そしてそこから起きうる問題についての描写にはリアリティがある。たとえ人種差別がなくなったとしても、科学の発達が生み出す優生学的な思想が、新たな差別を作り出す可能性は確かに存在していて、その残酷な光景を本篇は説得力充分に描き出す。
 タチが悪いのは、本篇で描かれる差別には、思想や先入観ではない明確な理由があり、差別される側が受け入れざるを得ない、ということだ。解析の結果で捺された“不適正者”の烙印は拭えず、実際に本篇の主人公ヴィンセントは、出生時に予見された通り、心臓の欠陥を自覚しはじめる。正体を隠したヴィンセントと接近する同僚アイリーン(ユマ・サーマン)もまた、宇宙局勤めではあるが心不全の可能性が指摘されているが故にロケットに搭乗する権利は与えられない。法では規制されていても、現実に行われる差別があり、当事者でさえ受け入れるほかのない世界観には、言いようのない閉塞感がある。
 そんな中でヴィンセントは、遺伝子工学と等しく発達した偽装工作を用い、自らに捺された“不適正者”の烙印から逃れようとする。照合に用いる血液を採取する指先にだけ本人の血液を仕込んだり、尿検査で予め採取しておいたものを係員の前で採尿カップに注いでみせたり、とピンポイントで誤魔化し追求を躱していくのだ。少々大胆過ぎはしないか、とも思えるが、なまじ検査の流れが確立されているが故に、掻い潜る術が開発され、それを商売にしている者も存在している、というのが深い。そして、こうした欺瞞のテクニックが、作品の世界観を補強しながら、サスペンスの味わいも醸している。
 本篇はアンドリュー・ニコル監督がハリウッドに進出して初めての長篇作品であり、恐らくそれほど潤沢な予算は得られなかったはずだ。しかし本篇はそれを、様々な調度や小道具とともに、巧みに探し出したロケーションでもって、見事に無機質な近未来的イメージをスクリーン上に作りあげた。絵画的な調和を意識した構図もまた美しいが、それがまた虚構の雰囲気を強めていて、様々なものが科学の名のもとに管理された、危うい未来像をより実感させる。
 基本的に、劇中で発生する“事件”とも絡みあって、サスペンスとしての味わいが色濃い作品だが、しかしそれに留まらない魅力を本篇に加えているのは、この一種、理想を実現しているようでいて、更に大きな呪縛を受ける社会のなかでもがくひとびとの姿だ。むろん、その中心にいるのは主人公ヴィンセントだが、様々なかたちで制度に囚われたひとびとが点綴され、そこに細やかなドラマが滲み出す。
 計算された美術とカメラワーク、抑制を利かせた感情表現で無機質な近未来を構築しながら、しかしだからこそ、その端々に織り込まれる“人間性”が印象深い。主人公自身のことを除けば、多くは、なぜそんな行動を選択したのか、実際にはどんな事情を秘めていたのか、を明かさないまま幕を引くのだが、厭なしこりを残すものはなく、すべてがラストシーンにふくよかな余韻を留める。この、透徹した構築美と、硬質でありながら血の温かさをたたえた情感の調和が、本篇を唯一無二の、忘れがたい作品にしているのだろう。発表後20年以上を経て、近い未来がこのような姿にはなりにくい、というのも明確になりつつあるが、それでも本篇が良質のSF映画であることは揺るがない。


関連作品:
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