原作&脚本:土橋章宏 / 監督:犬童一心 / 企画&プロデュース:矢島孝 / プロデューサー秋田順平 / 撮影:江原祥二 / 照明:杉本崇 / 美術:原田哲男、倉田智子 / 編集:上野聡一 / サウンドデザイン:志満順一 / 音楽:上野耕路 / 出演:星野源、高畑充希、高橋一生、濱田岳、及川光博、松重豊、西村まさ彦、山内圭哉、正名僕蔵、ピエール瀧、飯尾和樹(ずん)、小澤征悦、富田靖子、丘みどり、和田聰宏、岡山天音、向井理 / 製作プロダクション:松竹撮影所 / 配給:松竹
2019年日本作品 / 上映時間:2時間
2019年8月30日日本公開
公式サイト : http://hikkoshi-movie.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2019/8/30) ※初日舞台挨拶同時中継つき上映
[粗筋]
天和2(1682)年、姫路。この地を領地とする松平直矩(及川光博)に突如として国替えの命が下った。いわゆる、新たな領地への引っ越しである。
個人の引っ越しとは話がまるで異なり、領地の変更は大事だった。すべての藩士がいちどに居を移すことになり、多くの人員と莫大な予算が必要とされる。
既に幾度か転封をしていた直矩の家臣には、この膨大な作業の差配に慣れた板倉という範士がいたが、既に他界している。予算も限られている中で、不手際を犯せば切腹は確実、という引っ越しの舵取りに志願する藩士はいなかった。そのとき、御刀番の鷹村源右衛門(高橋一生)が思いつきで、幼馴染みである片桐春之介(星野源)の名前を挙げる。
片桐は書庫番というお役目を利用して、年がら年中、姫路藩の蔵書を読み耽る、いわば“引きこもり侍”であった。いままで役がついたことはないが、あれだけ本を読んでいるなら知識も豊富だろう、といういい加減な見立てに国家老本村三右衛門(松重豊)らが乗ってしまい、片桐は知らないあいだに“引越奉行”に祭りあげられてしまった。
確かに片桐は本の虫だが、さすがに引越、それも転封の段取りなど知識の中にない。しかも藩の財政は逼迫しており、下手をすれば二万両を要するところ、僅かに三千両ほどしか蓄えがない有様だった。片桐は藁にもすがる心境で、かつて国替えの差配を取り纏めた藩士・板倉の忘れ形見である於蘭(高畑充希)を訪ねることにした。
引っ越しの段取りを記した書きつけでもあれば、という目論見だったが、於蘭の態度は冷たかった。国替えを取り仕切りはしたが一介の藩士に過ぎなかった於蘭の父は称えられることもなく、手柄を奪われた格好だったという。嫁ぎ先からの出戻りということもあって於蘭は冷遇されており、藩を快く思っていない彼女の協力は得られそうもなかった。
後日、国家老らに改めて策を問われた片桐は何も応えられず、すぐさま切腹を命じられる。だがそこへ、於蘭が駆けつけてきた。於蘭は、彼女と父の境遇を知った片桐が父の墓を見舞っている姿を目撃、その誠実な態度を信じて、父が遺した引越の指南書“御渡方覚書十ヶ条”を託すことにしたのだ。
ようやく段取りは解ったが、しかし他にも、多すぎる荷物や人員の整理、倹約に努めても足りるとは思えない予算など、問題は山積している。世渡りに不慣れな引きこもり侍に、果たしてこの任務を完遂することが出来るのか……?
[感想]
『超高速!参勤交代』の大ヒットで注目された脚本家・土橋章宏が自らの小説を脚色した作品である。
出世作である『超高速~』は実話をベースに、娯楽映画の要素をふんだんに詰めこみ時代劇映画に新風を送りこむ内容だったが、本篇もまた実際の出来事に取材しつつ、現代的なドラマ、活劇の要素を加えた娯楽作品に仕上がっている。
劇中で描かれる“国替え”は事実、江戸時代には繰り返し行われていた。報奨や懲罰の意味合いもあったが、家中からすべての臣下を含め一斉に移動させることで資金を使わせ、国力を削ぐ狙いもあったという。物語において松平直矩は極めてヒドい理由で国替えを命じられており、さすがにこれは脚色のようだが、姫路藩から日田藩への転封は実際に行われていた記録が残っている。
『超高速!~』もそうだったように、アイディアの礎は史料に求めながら、物語を面白くするための“跳躍”に躊躇がないのがいい。物語の中心人物を現代の“引きこもり”と通ずる人物像にし、そういう人間が時代劇にいるが故のドタバタで笑いを誘う一方、そういう人間だからこその展開、事態解決へのプロセスを組み込み、従来の時代劇とは違う面白さで魅せていく。
歴史に忠実であること、を評価の基準にしているひとには噴飯物だろうが、本篇は引きこもりに限らず、現代にも通じるモチーフを巧みにちりばめ、作品としての新鮮味とともに、観客に親近感をもたらしている。特に、限られた予算での国替えの指揮を命ぜられた片桐春之介が、上下の別なく家財を処分させ、手ずから荷物を運ばせる策にそれが顕著だが、ただひとつ言い添えておきたいのは、この時代においても春之介が用いた策は決して特殊なものではなかったようだ。実際、部下への報奨を側近から軽輩に至るまで同額にした、という記録も存在している。そもそも、当時としてはかなり反感を買いそうなこうした策も、けっきょくは財政逼迫した中で如何にやりくりするか? という課題があればこそ、だ。本当に窮したとき、有効な解決策など実は今も昔も変わらない、と捉えて考えるのも一興だろう。
終始困難に遭遇しては、それを乗り越えていく過程が痛快な本篇だが、そこに懐かしい時代劇を思わせる勧善懲悪の要素まで含まれているのも魅力だ。特に秀逸なのは、独善的な上司をやり込めるくだりだろう。刀を用いず、機転のみで上司を屈服させるさまは極めて痛快だ。
そのうえで更に王道とも言えるチャンバラを、これも現代的なスピード感と、独自の趣向を施して盛り込んでいる。これも見所――ではあるのだが、率直に言って、このチャンバラのくだりはあまり評価しにくい。いちおう伏線は張ってあるものの、全体の流れを俯瞰するとどうにも馴染んでいない。そこに至るまでに、関係者がもう少し策を弄するなり、順調に進む準備に対して苛立ちを示すなりの描写があればもっと収まったように思う。このくだりは、序盤から物語を掻き回してきた高橋一生演じる鷹村源右衛門の最大の見せ場でもあり、その意味で作品に彩りを添えてはいるのだが、もう少し“取って付けた感”が抑えられていれば、と惜しまれる。
この派手な見せ場を経て物語はエピローグに入っていくが、ここが思いのほか長い。やもすると冗長になりそうなところだが、恐らく不満を覚えるひとはいないだろう。春之介の決断によって苦汁を飲んだひとびとにようやく報いる場面で描かれる、それぞれの感慨。そしてそれを踏まえて描かれる本当の大団円には、このくらいの尺のエピローグが必要だったことも頷ける。
序盤から大仰な振る舞いで物語を押し進めていく高橋一生、一目で解るくらい露骨なアドリブも交えて巧みに笑いを取る濱田岳、そんなふたりに翻弄されつつも、“引きこもり”という特性からはみ出しすぎずにしっかり独自のヒーロー像を構築する星野源、この三者の絶妙なやり取りに、ある意味ですべての元凶なのにやたら愛嬌があって憎めない及川光博演じるお殿様(直矩、と書くよりこのほうがしっくり来る)、などなど、キャラクターが立っているからこその見せ場にも事欠かない。現代的なモチーフ、テンポのいいアクション描写を加えつつも、往年の娯楽時代劇を彷彿とさせる魅力に富んだ好篇である。
関連作品:
『箱入り息子の恋』/『夜は短し歩けよ乙女』/『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』/『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』/『デトロイト・メタル・シティ』/『シン・ゴジラ』/『アヒルと鴨のコインロッカー』/『マスカレード・ホテル』/『七つの会議』/『検察側の罪人』/『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』/『パコと魔法の絵本』/『アナザー Another』/『ピーナッツ』/『隠し剣 鬼の爪』/『ヘブンズ・ドア』
『幕末太陽傳 デジタル修復版』/『濡れ髪剣法』/『用心棒』/『助太刀屋助六』/『武士の家計簿』
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