『犬鳴村』

ユナイテッド・シネマ豊洲が入っているららぽーと豊洲エントランス脇の壁面に掲示されたポスター。
監督:清水崇 / 原案:清水崇、保坂大輔、紀伊宗之 / 脚本:清水崇、保坂大輔 / 企画プロデュース:紀伊宗之 / プロデューサー:中村千賀子 / 撮影:福本淳 / 照明:松本恵人 / 美術デザイナー:松永桂子 / 編集:鈴木理  / 音楽:海田庄吾、滝澤俊輔 / 出演:三吉彩花、坂東龍汰、海津陽、古川毅、宮野陽名、大谷凜香、奥菜恵、須賀貴匡、寺田農、石橋蓮司、高嶋政伸、高島礼子 / 配給:東映
2019年日本作品 / 上映時間:1時間48分
2020年2月7日日本公開
公式サイト : http://inunaki-movie.jp/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2020/02/11)


[粗筋]
 福岡県には“犬鳴村”という究極の心霊スポットが存在する。いまは封鎖された旧犬鳴トンネルの奥にあると言われ、辿り着いたが最後出ることは出来ない、と言われていた。
 森田悠真(坂東龍汰)とともに犬鳴村に辿り着いてから、恋人・西田明菜(大谷凜香)の様子がおかしくなっていた。悠真は、精神科医であり不思議なものを見る力を隠した妹・奏(三吉彩花)に助言を求めるが、ほんのちょっと目を離した隙に明菜は行方をくらました。そしてその直後、明菜は悠真の目の前で死んだ。
 明菜の親も悠真の父も悠真を責め立てた。明菜の両親は、悠真のようなごろつきと付き合って命を縮めた、と言い、悠真の父は家格に差のある明菜と付き合うべきではなかった、と言う。悠真もまた、明菜が自分の子を身籠もっていたことを知って、激しく後悔する。
 悠真は仲間や後輩を引き連れ、ふたたび旧犬鳴トンネルへと赴いた。呪いをもたらしたトンネルや集落を破壊するつもりだったが、トンネルに潜入した途端に、異様な影に襲撃されてしまう。そして、ひそかに悠真の車に便乗していた弟の康太(海津陽)もろとも、悠真は闇に呑まれていった。
 果たして犬鳴村とは何なのか? 異界のものを見る力を備えた奏は、望まずしてその秘密に迫ってしまう――


[感想]
 いわゆる怖い話、都市伝説の類に多少なりとも接したひとなら“犬鳴峠”“犬鳴トンネル”“犬鳴村”という土地の名を耳にしたことがいちどくらいはあるはずだ。粗筋でも触れたとおり、福岡県に実在しており、福澤徹三や木原浩勝など実話怪談の書き手の著作にもこの界隈での体験が記録されている。
 ただし、噂に登場する情報がすべて事実というわけではない。前述のように、この土地での恐怖体験を語るひとはあり、過去に凄惨な事件の舞台となった事実などは存在するが、帰ってくることが出来ない、だとか過去の経緯の一部は誇張されたもので、特にインターネットの普及によって膨張していった側面があるようだ。
 本篇はそうした噂や、語られる怪奇現象をベースに、虚構として物語を構築している。私自身、当地の実情に精通しているわけではないので断言はしかねるが、恐らく本篇で描かれる犬鳴村の地理や過去の出来事としてちらつく事件も実際のものとは異なっているはずだ。まさかとは思うが、本篇にドキュメンタリー的な側面を求めたりすると確実に失望する。
 だが、架空の土地とそこを巡る因縁を描いたホラー映画と捉えれば、このジャンルの先駆者らしい、手堅くも巧みな工夫の施された好篇に仕上がっている。
 冒頭では掴みのように、近年増えた主観視点映像を交えつつ、間近に迫る不可解な存在をはっきりと見せつけるが、そのあとしばらくは主人公となる奏を中心とした描写に推移、彼女の立場から、兄・悠真やその恋人・明菜の身に起きる異変を描き、同時に奏たち一家の郷里でもある犬鳴村についての事情が説かれていく。関わることで想像を超える事態が発生することを明菜の姿で印象づけながら、そんな忌まわしい土地に“自分”が繋がっていることを示すことで、奏の意識下から恐れを呼び起こし、彼女の目線で物語に接する観客にもその感覚を伝播させる。随所でショッキングな怪異を織り込んでアクセントを付けていくが、それよりも犬鳴村という消えた集落を巡る異様な雰囲気を積み重ねていくことで作品全体のムードを醸成している。
 恐らく観客が最初に期待するほど、具体的な怪異はあまり発生しないと思われるが、しかしひとつひとつの現象は強烈だ。たとえば、明菜の悲劇のなかで描かれる異常な出来事は、それ自体のインパクトもさることながら、思わぬかたちで反復することで更に印象を強めている。ここで描かれるシチュエーションは犬鳴峠に限らず都市伝説や体験談にも登場するものだが、それを結びつけることで物語のなかでの怖さを際立たせているのが巧い。
 また、織り込まれる怪異で恐怖以外の感情を掻き立て、余韻に奥行きを加える工夫もある。屈託のなかった状態から、怪異に触れて狂い、やがて命を奪われる明菜が特に象徴的だが、クライマックスでは彼女も含めた様々な事実、歴史が混ざり合い、複雑な感情を引き起こす。終盤の趣向は極端なものが多く、やもすると怖さよりも滑稽さを感じてしまう危うさがあるのだが、それまでの展開を踏まえて巧みに感情を揺さぶってくるので、怖くはない、と思っても滑稽な印象を受けないはずだ。締め括りにしても、怖さばかりでなく、言いようのない虚しさも漂っている。
『呪怨』シリーズで評価されて以来、多くのホラー映画を撮ってきた清水監督の洗練を感じさせる仕上がりである。『呪怨』初期の圧倒的なインパクトには至らないにしても、私の観た範囲では、監督のホラー映画のひとつの到達点を示した快作だと思う。


関連作品:
呪怨』/『呪怨2』/『THE JUON―呪怨―』/『呪怨 パンデミック』/『輪廻』/『戦慄迷宮3D THE SHOCK LABYRINTH』/『ラビット・ホラー』/『雨女
いぬやしき』/『ダンスウィズミー』/『シャッター』/『TAJOMARU』/『ぐるりのこと。』/『風に立つライオン』/『探偵はBARにいる』/『SPACE BATTLESHIP ヤマト
ノロイ』/『ウィッカーマン(2006)』/『呪い村436』/『口裂け女』/『トールマン』/『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 【最終章】』/『アントラム 史上最も呪われた映画

コメント

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