“TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口に掲示された『透明人間』タイトルロゴ……チラシないのね。
原題:“The Invisible Man” / 原案:H・G・ウェルズ / 監督&脚本:リー・ワネル / 製作:ジェイソン・ブラム、カイリー・デュ・フレズネ / 製作総指揮:ローズマリー・ブライト、ベン・グラント、クーパー・サミュエルソン、ベアトリス・セクエイラ、ジャネット・ヴォルトゥーノ、リー・ワネル / 撮影監督:ステファン・ダスキオ / プロダクション・デザイナー:アレックス・ホームズ / 編集:アンディ・キャニー / 衣装:エミリー・セレシン / VFXスーパーヴァイザー:ジョナサン・ディアリング / キャスティング:ニッキ・バレット、サラー・ドマイアー・リンドー、テリ・タイラー / 音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ / 出演:エリザベス・モス、オリヴァー・ジャクソン=コーエン、オルディス・ホッジ、ストーム・リード、ハリエット・ダイアー、マイケル・ドーマン / 配給:東宝東和
2020年アメリカ、オーストラリア合作 / 上映時間:2時間6分 / 日本語字幕:林完治 / PG12
2020年7月9日日本公開
公式サイト : https://toumei-ningen.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/07/14)
[粗筋]
セシリア・カシュ(エリザベス・モス)はその晩、遂に恋人エイドリアン・グリフィン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)の家を脱出した。光学研究の分野でその名を知られ、財を築いたエイドリアンだが、しかし恋人としての彼はあまりにも束縛が激しかった。食事や着るものばかりか、思考までも支配しようとしたエイドリアンの手から逃れるには、彼に薬を飲ませ、眠り込んだ夜更けしかなかった。予め呼び出しておいた妹エミリー(ハリエット・ダイアー)の車に乗り、セシリアは旧知の警察官ジェームズ・ラニアー(オルディス・ホッジ)のもとに身を寄せる。
エイドリアンの気配を恐れるあまり、行方を辿られかねない妹の来訪すら拒絶して閉じこもっていたセシリアだが、2週間後、思わぬ一報が届けられる。エイドリアンが、自ら命を絶った、というのだ。
エイドリアンの兄で弁護士のトム(マイケル・ドーマン)に呼び出されたセシリアは更に驚くべき事実を知らされる。エイドリアンは遺書でセシリアに、500万ドルの財産を分配していた。受け取る条件はふたつ、何らかの罪に問われないこと、そして精神異常の診断を受けないこと。
その晩から、セシリアは身辺に異様な気配を感じ始める。遺産によって開いた前途を喜んでいたが、自分とシドニーしかいないはずの屋内に、別の何者かがいるように思えて仕方なかった。
新しい人生のため、出かけた面接の場で、更なる異変が起きる。持ってきたはずの作品がバッグに入っておらず、次の瞬間、セシリアは異様な目眩を覚え昏倒した。彼女を検査した医師は、セシリアの血液に睡眠薬の成分が大量に検出された、というのだ。そしてセシリアは、自分のそばに、薬品の瓶が落ちているのを見つける。それは、エイドリアンの屋敷から脱出した際、彼を眠らせるために用いた薬の瓶だった。
エイドリアンは生きている。自らの頭脳を駆使して透明になり、いまも自分の近くにいる。セシリアの確信は、しかし、周囲には理解されなかった――
[感想]
もはや手垢の付きすぎた感のある“透明人間”というモチーフだが、その一方で、ゾンビや吸血鬼ほどには多彩に展開している印象はない。それは翻って、まだ開拓の余地がある、とも言える。
本篇はまさに、その“透明人間”というモチーフの持つ面白さを発見し、絶妙に活かした快作だ。
絶妙なのは、ヒロインだけが“透明人間”という脅威をいち早く察知する点だ。
なまじ相手はその姿が見えないだけに、それが起こす異変や脅威を実感するのに、普通であれば時間がかかる。しかし本篇の場合、視点人物であるセシリアには、自身の生活を脅かす存在に心当たりがある。そのうえその人物には、光学研究の権威、という肩書きがある。間近で彼の仕事ぶりと才能を見てきたセシリアには、彼が自らの姿を透明にする技術を開発した、という発想が生まれる。だからこそ、感じ取った気配にすぐさま、死んだはずの彼が透明人間となって間近にいる、という可能性に気づいてしまう。
だが、他の人間は違う。セシリアの恋人が持っていた才能を知らなければ、そして恋人がセシリアに示した終着の強さを知らなければ、そこまでやるとは考えない――それ以前に、透明人間になる技術を実現している、などと容易には想像出来ない。それがセシリアに対象を絞って存在を仄めかす限り、第三者からすればそれはセシリアの妄想としか捉えられないのだ。
この緊張と絶望とが、本篇は絶え間なく襲ってくる。傍目には何もいないはずの空間に怯えながら、セシリアは自らの窮状を理解して貰えないことに絶望を繰り返す。感情の揺さぶり方が凄まじく、序盤から飲まれてしまう。
あえて何もない空間を撮したり、意味深にアングルを動かしてみたりするカメラワークも絶妙だが、本篇の質を高めているのがエリザベス・モスの演技であることは間違いない。恋人の元から逃亡するプロローグ部分で既に濃厚に匂わせる恐怖と緊張、昂揚感で観客の目を惹きつける。死んだはずの恋人が透明となって身辺にいる、と察すると、なにもない空間に怯え、微かに感じる気配に鋭く反応して観客をざわつかせる。その一方で、常に緊張状態を強いられているがゆえの表情に、第三者なら狂気と捉えてしまいそうな切迫感を見事に滲ませる。
なにせ敵は自らの意志で身体を透明にしている。誰にも見えない、というメリットを最大限活用するためには自分の位置を悟られないことが最優先で、そうそう手懸かりを掴ませはしない。しかし本篇はそこも、エイドリアンがセシリアに示す強い執着、という要素を活かすことでうまく取っかかりを作っている。最終的な対抗手段にひねりが利きにくい分、本篇は透明人間となる者の設定、アイデンティティに趣向を凝らして独自性を構築している。
だが本篇で特に秀逸なのは終盤だ。詳しくは書かないが、この終幕のもたらす衝撃、余韻は一筋縄では行かない。シンプルに痛快を覚えるひともいるかも知れない。だが、様々な出来事を読み解いていくと、そこには深い闇が横たわっていることに気づくはずだ。“透明人間”という、古典的でシンプルな題材に、ここまで趣のある結末を添える辺り、『SAW』や『アップグレード』を手懸けたアイディアマン、リー・ワネルの面目躍如と言えよう。
どれほど手垢の付いた素材でも、料理次第で新鮮さも衝撃も添えることは出来る。それが実感できる秀作である。
関連作品:
『インシディアス[序章]』/『アップグレード』
『SAW』/『SAW2』/『SAW3』/『デッド・サイレンス』/『インシディアス』/『インシディアス 第2章』
『さらば愛しきアウトロー』/『ダイ・ハード/ラスト・デイ』/『それでも夜は明ける』/『キラー・エリート』
『PERFECT BLUE』/『スリーピング タイト 白肌の美女の異常な夜』/『ウルフマン』/『モールス』/『ラ・ヨローナ~泣く女~』
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