『ラストナイト・イン・ソーホー(字幕)』

TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『ラストナイト・イン・ソーホー』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『ラストナイト・イン・ソーホー』チラシ。

原題:“Last Night in Soho” / 監督:エドガー・ライト / 脚本:エドガー・ライト、クリスティン・ウィルソン=ケアンズ / 製作:エドガー・ライト、ニラ・パーク、ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー / 撮影監督:チョン・ジョンフン / プロダクション・デザイナー:マーカス・ローランド / 編集:ポール・マクリス / 衣装:オディール・ディックス=ミロー / 音楽:スティーヴン・プライス / 出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、ダイアナ・リグ、テレンス・スタンプ、リタ・トゥシンハム、シノーヴ・カールセン、マイケル・アジャオ、ジェシー・メイ・リー、カシウス・ネルソン、レベッカ・ハロッド / 配給:PAROC×ユニバーサル映画
2021年イギリス作品 / 上映時間:1時間58分 / 日本語字幕:牧野琴子 / R15+
2021年12月10日日本公開
公式サイト : https://lnis.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2021/12/23)


[粗筋]
 エロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、届いた報せに歓喜する。60年代ファッションを愛し、デザイナーになることを夢見ていたエロイーズが目指した、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションからの合格通知だったのだ。一緒に暮らしていた祖母ペギー(リタ・トゥシンハム)を郷里コーンウォールに残し、エロイーズは単身、ロンドンに移住する。
 祖母からさんざん警告されて覚悟していたが、エロイーズの想像以上にロンドンという街は騒がしく、刺激的だった。寮に入ったその日から、バーでの乱痴気騒ぎに巻き込まれ、同室のジョカスタ(シノーヴ・カールセン)はエロイーズも寝ているところへ男を連れこむ始末。初日から一夜を共同スペースで明かす羽目になり、講義にも遅刻しかかったエロイーズは、アルバイトをしてでもひとり暮らしする決意を固める。
 寮内の掲示板に貼られた募集をもとにエロイーズが訪ねたのは、学校があるソーホーの一画にある古い住宅の屋根裏部屋だった。家主であり一階に暮らすミス・コリンズ(ダイアナ・リグ)は、午後8時以降は男を連れこまない、などの条件を提示してきたが、エロイーズにしてみれば、騒々しく馴染みがたい寮暮らしに比べれば遥かに理想的に映った。
 さっそく荷物を携え引っ越したエロイーズはその晩、奇妙な幻覚を見る。そこは同じ部屋だが、鏡に映るエロイーズは明らかに別人だった。鏡の中の彼女は金髪で、まさにエロイーズが憧れた60年代のファッションに身を包んでいる。意気揚々と彼女が繰り出していった街もまた、現代よりも更に華々しい60年代のソーホーそのものだった。
 サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と名乗った鏡の中の彼女は、クラブ《カフェ・ド・パリ》へと乗り込んで、歌手志願であることを告げる。店の人間に、働く女たちを取り仕切っているジャック(マット・スミス)という男を紹介されたサンディは、別の店のオーディションに導かれた。堂々と歌声を披露したサンディは、店主に認められ採用となる。
 以前から、母をはじめとする死者の姿を見る能力を持っていたエロイーズは、それが部屋に刻まれた過去の記憶だと察した。その煌びやかな世界に改めて魅せられたエロイーズは、サンディと同じ髪型にし、授業でのデザインも幻影のなかに見たサンディのファッションをモチーフに選択する。
 しかし、それからしばらくして、ふたたびエロイーズが見た過去の物語は、彼女の幻想を一瞬のうちに打ち砕くのだった――


[感想]
 宣伝などでは“サイコホラー”と謳われているし、実際そう呼んで差し支えはないのだが、私が本篇から感じたのは、ヒッチコックらのスリラー、アルジェントらの愛好したジャッロの匂いだ。特に劇中描かれる殺人のひと幕、それがヒロインに影響を及ぼし心を蝕んでいくさまは、サイコホラーではあるが、往年のスリラーの手触りがある。
 しかし本篇の魅力は、主人公エロイーズの目にする幻覚を表現したヴィジュアルの奇妙さと華やかさにこそある。サンディが生きる1960年代ロンドンの絢爛たる再現もさることながら、鏡に映るその世界を、鏡越しで共有するさまを映画的に描き出したヴィジュアルはユニークで傑出している。恐らくはセットとCGを活用したこの特異な映像だけでも本篇は充分すぎる価値がある。
 だが、この幻想的で魅惑的なヴィジョンは、一気に悪夢へと変貌していく。どんなに華やかな世界も、裏側に回れば薄汚れた部分が見えてくるものだが、本篇は1960年代における女性の立ち位置の現実を巧みに悪夢のヴィジョンへと盛り込む。表現は相変わらず煌びやかなのに、そこにいるサンディ、彼女に共鳴するエロイーズの心は急速に蝕まれていく。その心情の荒廃ぶりを露骨に象徴する言動が、極めてポップにハイテンションに描写されるのが尚更に痛々しい。
 本篇がサイコホラーと呼ばれるのは、こうした感情の動揺を現代的に、軽妙かつ衝撃的に表現していればこそだが、しかしその過程に織り込まれた悲劇や、その事実にエロイーズが追いつめられていくさまはサスペンスの色が濃く、またその導き出すドラマは、前述したように往年のスリラーの味わいが強い。凶行のシーンで閃く刃の禍々しい輝き、過去の幻影なのか亡霊なのか、得体の知れないものが襲いかかるシーンにも、いわゆる恐怖よりも、一歩間違えば血飛沫が飛び散りそうな緊迫感が強く表れている。とりわけクライマックスの趣向が生み出す驚きとスリルは、きちなーんと伏線に基づいていることもあって知的な興奮も豊かだ。
 極めてテンポが良く娯楽性にも富んだ作品だが、劇中でエロイーズが強く影響を受ける諸作がやもすると無視し、或いは無自覚のうちに享受していた女性の地位の低さ、男性優位思考への依存を暴き立てる目線は現代的だ。その一方で、序盤に女性のあいだでのマウント合戦のようなやり取りを挿入したことで、現代社会にもあるジェンダーの問題に充分な光が当てられていない、という点を欠点として捉えることも出来るだろうが、それはさすがに娯楽作に対して社会的視点を求めすぎだろう――なまじ、サンディの境遇に1960年代の暗部が象徴的に採り入れられたせいで多くを望まれてしまうが、本篇はあくまで、ジャンル映画に対して愛着と敬意を示すエドガー・ライト監督ならではのサイコ・ホラーであり、特異なヴィジュアルで構築されたスリラーだ。
 実のところ、そういう意味では結末の描写も一種、罪作りではある。クライマックスでエロイーズが示す決断は、そうした1960年代ジェンダー問題への明確な“断罪”だ。やもすると、結末の印象を思いがけない方向へとねじる彼女の判断が、本篇の持つ社会派のイメージをより強めてしまっている。他方で、彼女がああした決断を選ばなければ本篇の、どこか不穏さを留めながらも清々しい余韻は生まれなかった。
 間違いなく言えるのは、エドガー・ライトという監督が、初期に示した遊戯性、エンタテイナーとしての才能を留めながら、決してそこに終わらない資質を示した作品である、ということだろう。社会派としての素質を本篇に見たひとは、新たな次のステップに期待すればいい。そこにこだわらないひとは、既存のジャンルに敬意を示しながらも独自のエンタテインメントに昇華させる彼の才能に、素直に酔い痴れればいい。


関連作品:
ショーン・オブ・ザ・デッド』/『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』/『スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』/『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』/『アントマン』/『1917 命をかけた伝令
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ティファニーで朝食を』/『E.T. 20周年アニバーサリー特別版』/『サスペリア PART2 <完全版>』/『マリグナント 狂暴な悪夢

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