『ザ・ランドロマット-パナマ文書流出-』

『ザ・ランドロマット-パナマ文書流出-』本篇映像より引用。
『ザ・ランドロマット-パナマ文書流出-』本篇映像より引用。

原題:“The Laundromat” / 原作:ジェイク・バーンスタイン / 監督:スティーヴン・ソダーバーグ / 脚本:スコット・Z・バーンズ / 製作:スコット・Z・バーンズ、ローレンス・グレイ、グレゴリー・ジェイコブス、マイケル・シュガー / 製作総指揮:ジェイク・バーンスタイン、マイケル・ブルーム、ベン・エヴァラード、アダム・ピンカス、マイケル・ポレアー、ダグラス・ウルバンスキー / 撮影監督:スコット・アンドリュース(スティーヴン・ソダーバーグ) / プロダクション・デザイナー:ハワード・カミングス / 編集:メアリー・アン・バーナード(スティーヴン・ソダーバーグ) / 衣装:エレン・マイロニック / キャスティング:カルメン・キューバ / 音楽:デヴィッド・ホームズ / 出演:メリル・ストリープ、ゲイリー・オールドマン、アントニオ・バンデラス、ジェームズ・クロムウェル、ロバート・パトリック、ラリー・クラーク、ジェフリー・ライト、シャロン・ストーン、マイロン・パーカー・ライト、マーシャ・ステファニー・ブレイク、ミリアム・A・ヘイマン、ブレンダ・ジャムラ、ノンソー・アノジー、ミラクル・ワシントン、ジェシカ・アライン、ニッキ・アムカ=バード、マティアス・スクナールツ、ロザリンド・チャオ、リー・クンジュー / グレイ・マター/シュガー23/アノニマス・コンテント/トピック・スタジオズ製作 / 配給:Netflix
2019年アメリカ作品 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:渡邊貴子
2019年10月18日Netflixにて独占配信開始
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/80994011
Netflixにて初見(2021/5/13)


[粗筋]
 久々に訪れた湖で船の事故に遭い、エレン・マーティン(メリル・ストリープ)は夫のジョー(ジェームズ・クロムウェル)を喪った。
 エレンは哀しみを振り切るため、いずれ保険で下りるはずの和解金を頭金に、想い出の場所を一望できる一室を購入しようと決める。だが、娘や孫と共に下見に訪れた矢先、代理店のハンナ(シャロン・ストーン)から、隣接する3つの部屋をまとめて即金で購入する顧客が現れ、そちらに売った、と告げられる。
 更に、沈没した船の責任者が契約していた保険の期限が切れており、申し訳程度の和解金しか受け取れない、という事実がエレンに追い打ちをかけた。保険は当初の契約が譲渡され、最終的にカリブ海のネイビス島に拠点を構えるユナイテッド再保険グループが請け負っている。生命保険と合わせたお金で旅行を勧められたエレンは、ネイビスへと赴いた。具体的な行動も考えないまま、所在地を訪ねたが、そこにあるのは郵便局だった。
 この奇妙な出来事の背後にいたのは、2人の弁護士、ユルゲン・モサーク(ゲイリー・オールドマン)とラモン・フォンセカ(アントニオ・バンデラス)。彼らは大企業や、一部の億万長者たちの資金を保護するため、法人税のない国や都市に幾つものペーパーカンパニーを設立していた。それらの、実態のない企業のあいだで資金や信託を移動させ、支払義務や税金を回避していたのである。
 モサーク都フォンセカが最初に拠点として選んだのは、パナマ――のちに“パナマ文書”として暴露され、政財界を混乱に陥れた秘密に、エレンは触れようとしていた――


[感想]
 一時は映画界からの引退を発表、テレビドラマに軸足を移していたが、4年後に『ローガン・ラッキー』で復帰したスティーヴン・ソダーバーグが、初めてNetflixにて発表した長篇映画である。
 媒体は変われど、ヴィヴィッドな色遣いと巧みな構図、テンポよく知的な語り口、といったソダーバーグ監督の持ち味は変わらない。そうした“ソダーバーグ節”とも言える個性に惹かれてきたひとならば、復活を素直に喜べる内容である。
 そして相変わらず、切り口もひと味違う。いきなりカメラ目線でとうとうと語りかけるゲイリー・オールドマンとアントニオ・バンデラス、という実話ベースとは思えない外連味の強い趣向で始まったかと思うと、唐突にまったく繋がりのなさそうな人物に焦点が当たる。エレンとジョー、長年連れ添った老夫婦の、ウイットと優しさに満ちたやり取りが微笑ましいが、突如として悲劇に転じる。邦題に登場する“パナマ文書”について記憶しているひとなら、ああ、ここから絡んでいくのか、と腑に落ちる趣向だろう。
 ネット上ですぐに見つかる資料では精査できないので断定はしないが、恐らく本篇の物語は、ごく一部を除いて、虚構のキャラクターを軸にして構築されている。
 そもそも“パナマ文書”は、その影響の広範さ故に実像が捉えづらい。日本では司法が動かなかったこともあって特に細部が曖昧になっているが、パナマなど首謀者によって利用された国々のひとびとも、実質的な爆心地であるアメリカの国民でさえも、よほど丁寧に情報を辿ったひとでなければ事態を把握出来ていないはずだ。
 だから本篇は、事件に影響を受けた人物、暴露によって失脚したひとびとを描くのではなく、影響を受けたひとびとを象徴するようなキャラクターを創造し、リアリティを損ねない範囲で連繋させて、観客に全体像を実感させる方法を選んだのではなかろうか。劇中の誰よりも“普通の人”であるエレンが結果的に真実へと肉薄していくのが、物語としての力強さを生んでいるが、しかし基本的には想像しうるエピソードの点綴、といった趣で、それぞれの出来事に綺麗な解決や終幕が用意されているわけではない。きちんと取材しているが故のリアリティと奥行きはあるが、カタルシスには繋がりにくい作りになっている。多くのひとにとって、そこが不満に感じられるのではなかろうか。
 恐らく製作者は本篇を、“パナマ文書”というものを情報として正確に描く作品にしようとは考えなかったのではないか。どのようなかたちで資産隠しの絡繰りは構成されていったのか、という大枠や、現在に至っても明白にはなっていない“パナマ文書”成立と暴露の背景を如何にもフィクション的な趣向で描きながら、本題は、かたちのないカネ、資産と呼ばれるものを保護しようとする大企業や億万長者と、その絡繰りの溝に嵌まって我が砂蓄えを奪われたり、為す術もなく磨り潰されていくひとびとの姿を描くことこそが狙いだったのだろう。エレンや、事故を起こしながらも補償を受けられない船主、金満家の男の庇護下にあって本質的に自分の財産を持たない若い女性はもちろん、絡繰りを作り出したモサークとフォンセカでさえ、自らの構築したシステムを把握しきっておらず、彼らもまた“資産”という名の魍魎めいたシステムの奴隷になっていることが垣間見える。
 ストーリーとしての決着、テーマに対する問題提起もどこか不明瞭で、しかもフィクションならではの趣向もこうした題材と噛み合っていないため、モヤモヤとした印象を残す。だから、《パナマ文書》の実真実を求めているひとにも、それを題材としたドラマの完璧な起承転結を求めるひとにも納得のいかない内容だろうが、しかしユニークな着眼点や癖のある切り口は、まさにソダーバーグ監督の作風だ。その特徴を好むひとでないとハマらない、というのはだいぶニッチだが、だからこそ極めてソダーバーグ監督らしい作品である。


関連作品:
インフォーマント!』/『コンテイジョン』/『サイド・エフェクト
オーシャンズ11』/『オーシャンズ12』/『オーシャンズ13』/『ソラリス(2002)』/『愛の神、エロス』/『さらば、ベルリン』/『チェ 28歳の革命』/『チェ 39歳 別れの手紙』/『ガールフレンド・エクスペリエンス』/『エージェント・マロリー』/『ボーン・アルティメイタム
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