『ダイエット・ラブ』


『ダイエット・ラブ』DVD Video版のAmazon.co.jp商品ページ。

原題:“痩身男女” / 監督&製作:ジョニー・トー&ワイ・カーファイ / 脚本:ワイ・カーファイ、ヤウ・ナイホイ / 撮影監督:チェン・シュウコン / 美術監督:ツイ・クウォックワン、ブルース・ユー / 編集:ロー・ウィンチョン、ウォン・ウィミン / 衣装:スティーヴン・ツァン / 特殊メイク:スティーヴ・ジョンソンズXFX,INC. / 音楽:カシーヌ・ウォン / 出演:アンディ・ラウ、サミー・チェン、ラム・シュー、ウォン・ティンラム、黒川力矢(現・川口力哉)、佐藤佳次、樋口明日嘉 / 映像ソフト発売元:FULL MEDIA
2001年香港作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:?
日本劇場未公開
2006年2月24日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video]
DVD Videoにて初見(2021/12/04)


[粗筋]
 人気ピアニスト・黒川タツヤ(黒川力矢)がステージ上で、ある特別な人のために演奏する、と言い出したとき、ミニー(サミー・チャン)はたまらず客席を飛び出した。会場を出られず倒れ込んだ彼女を、去り際だった黒川が助け起こしてくれたが、頻繁に訪れるファンとは認識していても、正体には気づいてくれなかった。
 絶望のあまりミニーは泊まっていた宿で自殺を図るが失敗してしまう。黒川のツアーの追っかけをして資金が底を突いたミニーは、宿代も支払えない。宿の女将はミニーに男を紹介して、相手から回収しようと目論んだ。
 そこで巡り逢ったのがデブ(アンディ・ラウ)だった。居所を定めないデブはこのとき包丁を売り歩いていたが、なかなか売れずに困窮していた。ひとまず同宿したデブに、ミニーは彼女の事情を語る。
 かつてミニーは黒川の恋人だった。留学中に黒川と出会い恋に落ちるが、黒川はその音楽の才能が認められて渡米を決める。ひとり残されたミニーは寂しさのあまり暴飲暴食を重ね、気づけば140キロの巨体になっていた。結果、会うにも会えず、ファンの振りをして追いかけていたが、弾みで再会したとき、黒川は彼女のことに気づかなかった。
 しかしデブからすればそんな事情は知ったことではない。いったんはミニーを放り出そうとするが、ミニーが思わぬ商才を示したので、ひとまず旅を共にすることにした。ミニーも黒川を諦めようと考えたが、黒川が婚約者がいるにも関わらず未だかつてのミニーに心を残していることを知る。ミニーと黒川は別れた日の10年後、タワーの下で再会する約束をしていた。そこでふたたび会おう、とラジオの電波で呼びかけられたミニーは、絶望を新たにする――この身体では彼に気づいてもらえない。
 かくてダイエットする決心を固めたミニーだが、約束の日まで半年しか残っていない。果たしてミニーは無事に元の姿に戻り、黒川と再会することが出来るのか……?


『ダイエット・ラブ』本篇映像より引用。
『ダイエット・ラブ』本篇映像より引用。


[感想]
 ジョニー・トー&ワイ・カーファイ監督、アンディ・ラウ主演、と書いてあったら、ほぼほぼ“変な映画”である。もうたぶん断言しても構わない。ワイ・カーファイが脚本や製作のみに退いている場合はまだいいのだが、このふたりが共同監督として並ぶとおかしくなるのは何故なのだろう。何なら私はこの冒頭の一文、映画を観る前に書いている。
 ――が、案に相違して、本篇はそこまで奇異な内容ではなかった。あちこち変ではあるが、それは表現やモチーフの突飛さであって、発端や展開は決して特異ではない。
 内容的にはシンプル、とさえ言える。恋人との別れがショックで激太りしてしまったヒロインが、約束した再会の日のためにダイエットを決意する。成り行きで彼女を手伝う羽目になる肥満体の男は、最初こそイヤイヤだったが、そのうちに仲間意識が芽生え、やがて――という、むしろ王道とさえ言える筋だ。
 むしろ、予測したほど突飛なところがないこと自体に驚く。本篇は舞台が日本となっている――そのこと自体にあまり必然性がないことがまた引っかかる点ではあるが、しかし、他国の人間が日本を扱った作品にしばしば観られる偏見、誤解があまり感じられないのは、知性的な語り口と、題材について調べた上でフィクションならではのダイナミックなひねりを施すジョニー・トー監督とワイ・カーファイ監督コンビの本領と言えよう。冒頭、黒川タツヤが演奏会を催す場所がどうも能楽堂っぽいという奇異さや、旅館の女将やマスメディアの表現などに乱暴さや誇張はあれど、悪意は感じさせず日本人にも受け入れやすい。地理を知っていると、舞台がやたら飛びまくっていることが気になるが、そんなのは日本製の作品でも珍しい話ではない。
 ソフトに同梱されたメイキング映像によれば、監督らは本篇が日本を舞台にしていることを考慮し、意識的に漫画チックな表現に努めた、という。実際、過剰にコミカルだったり、すっとぼけた言動の数々は、本邦の昔ながらのコメディ漫画を思わせるテイストがある。軽快でちょっと不自然で、しかしただただ楽しいストーリー展開は、それゆえに気軽に観られる。
 残念なのは、コメディを志向しているわりには、それほどまでには笑えない、ということだ。もともとコメディ映画というの決して簡単ではない。チャップリンや、その流れを汲んで動きそのモモので笑いを誘うジャッキー・チェンなどが特異なのであって、笑いのツボというのは観る人、作り手それぞれの所属する国や文化圏でも大きく異なる。漫画的な表現で日本に寄せたとは言い条、本篇の笑いはやはり香港映画の流れを汲んだ独特のアクがある。カンフー映画などで往年の香港映画に接している、といった理由である程度、あちらの笑いの特徴を把握しているか、そもそも嗜好がうまくハマるようなひとでない限り、あまり楽しめないだろう。
 舞台に選んだ日本とその文化に対して出来る限り誠実であろうと意識し、しばしば展開が荒っぽくなりつつも丁寧に組み立てられた筋立てには好感が持てる。大筋に波乱がないため、あまり印象に残りづらいが、きちんとこの監督コンビの個性、良さが光る仕上がりではある。このスタッフの作品をなるべく押さえたいひと、アンディ・ラウやサミー・チャンのファンなら、日本を舞台にしばしば日本語を用いる、という点では間違いなく貴重な本篇を観る価値はあるだろう――何せ日本では劇場未公開、2006年にリリースされて以降は復刻された形跡もないので、観る機会を得るのはちょっと難しいかも知れないが。

 本篇において主人公のひとりデブには、AV鑑賞が趣味、という設定が組み込まれている。女性が同じ部屋に泊まっていてもホテルの有料放送でAVを観始める、という描写はどうかと思うが。
 そんな彼が劇中、実在するAV女優の名を列挙して叫ぶ場面があるのだが、そのトップに“飯島愛”の名前を出していて、少々感慨深くなってしまった。
 事実、最初はAV女優として人気を博した彼女だが、その後好機を得てタレントとしてブレイク、本篇の製作当時は既にAV女優としてのイメージは強くなかった――ただし、調べてみると前年に自伝的作品『プラトニック・セックス』を上梓している。或いは本篇ではそうした背景もわきまえた上で、かなりの期間、日本で働いている、という印象を強調するべく、特に名前を挙げたのかも知れない。日本の観客への目配りだった、と捉えるとなかなか侮れない。
 しかし残念ながら、本篇が日本で正式にリリースされるまでに、製作から5年を費やしてしまった。その2年後に飯島愛はタレントとしても現役を退き、翌年、亡くなっている。そして本篇も、レンタルする以外に基本、観る術はない。諸行無常。


関連作品:
フルタイム・キラー』/『アンディ・ラウの麻雀大将』/『ターンレフト ターンライト』/『マッスルモンク』/『MAD探偵 7人の容疑者
暗戦 デッドエンド』/『インファナル・アフェア』/『ザ・ミッション/非情の掟』/『ロンゲストナイト 暗花』/『ノロイ
香港発活劇エクスプレス 大福星』/『レクイエム・フォー・ドリーム』/『愛しのローズマリー』/『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』/『科捜研の女-劇場版-

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