『実りゆく』

新宿武蔵野館、エレベーター正面に掲示された『実りゆく』ポスター。
新宿武蔵野館、エレベーター正面に掲示された『実りゆく』ポスター。

監督、脚本&編集:八木順一朗 / プロデューサー:佐藤満 / エグゼクティヴプロデューサー:太田光代 / ラインプロデューサー:今関直哉 / 撮影:伊丸岡創 / 照明:藤井聡史 / 美術装飾:遠藤雄一郎 / スタイリスト:高田彰久 / ヘアメイク:中田愛美 / 特機:後藤泰親 / 録音:齋藤泰陽 / 音楽:榊原大 / 主題歌:GLIM SPANKY『By Myself Again』 / 出演:竹内一希(まんじゅう大帝国)、田中要次、田中永真(まんじゅう大帝国)、橋本小雪(日本エレキテル連合)、鉢嶺杏奈、島田秀平、小野真弓、三浦貴大、爆笑問題(太田光&田中裕二)、山本學、中野聡子(日本エレキテル連合)、宮地大介、瞬間メタル(山口岳彦&前田ばっこー)、ウエストランド(井口浩之&河本太)、シティホテル3号室(川合亮太&押田貴史)、ネコニスズ(ヤマゲン、舘野忠臣)、グリーンマンション(丸山祐司&福留雄一郎)、XXCLUB(大島育宙&大谷小判、キュウ(ぴろ&清水誠)、ダニエルズ(望月隆寛&あさひ)、山中秀樹、松尾アトム前派出所 / 制作プロダクション:geek sight / 配給:彩プロ
2020年日本作品 / 上映時間:1時間27分
2020年10月2日公開
公式サイト : https://minoriyuku-movie.jp/
新宿武蔵野館にて初見(2020/10/10) ※オンライン舞台挨拶付き上映


[粗筋]
 長野県松川町で、実家のリンゴ農家を手伝う松尾実(竹内一希)は、週末になると高速バスに乗り、東京に向かう。彼は東京の小さな劇場で、ピン芸人として舞台に立っているのだ。
 しかし、実は未だそのことを、唯一の家族である父・等(田中要次)に打ち明けられずにいる。実がお笑いの世界で成功する、という夢を抱いていることを知らない等や地元のひとびとは、実が家業を継ぐものと決め込み、今年の奉納祭にてお披露目をする段取りを整えていた。
 不運なことに、奉納祭の日程は、お笑いコンテストの開催日と重なっていた。このまま家業を続けるなら出場は断念しなければいけない、しかし芸人として成功するためにはコンテストでチャンスを掴まなければいけない。板挟みになり、実は悩む。
 そんな矢先、実は尊敬する爆笑問題(本人)のラジオ番組を特別に観覧する機会を得た。ハガキ職人として投稿でもしばしば参加しふたりに名前を覚えられていた実はスタジオに招かれ、勢いに任せてリンゴ農家ならではのエピソードトークを展開する。ふたりの反応に自信を得た実は、奉納祭の当日、父に告げることなく東京へと赴き、コンテストに出場した。
 残念ながら受賞には至らなかったが、特別ゲストとしてコンテストを観覧していた島田秀平(本人)に声をかけられ、事務所入りを勧められる。ようやく足がかりを得たことに高揚する実だったが、彼よりも先に上京し、借金を重ねながら芸人を目指していた友人のエーマ(田中永真)は、そんな実の姿に焦燥と不快感を募らせていた――


『実りゆく』本篇映像より引用。
『実りゆく』本篇映像より引用。


[感想]
 鑑賞当日のブログにも記したことだが、この作品について語る上では外したくない部分なので、改めてここで説明させていただきたい。
 本篇は第3回 MI-CAN 未完成映画予告編大賞に投じられ、グランプリは逃したものの、男優賞と特別に用意された堤幸彦賞に輝いた作品がベースとなっている。監督した八木順一朗は、爆笑問題が所属する事務所・タイタンのマネージャーだが、以前から映画製作の夢を抱いており、グランプリ作品は実際にオフィスクレッシェンドのサポートのもと映画が製作出来る、という知って、応募作を撮影したのだそうだ。
 当初のタイトルを『実りゆく長野』としたこの作品は、タイタン所属の芸人・松尾アトム前派出所の経歴を下敷きにしている。長野県松川町で家族とともにリンゴ農家を営みながらピン芸人として活動しており、彼の実家を訪ねた際に見聞きしたエピソードを映画にすることを構想した、という。
 架空の予告篇を撮影するにあたって八木監督は、自身がマネージメントを手がけるまんじゅう大帝国の竹内一希を主演させた。これ自体、実は事務所側には内緒で進めていたが、受賞、という段になって、ようやく報告に至った。
 グランプリは逃しているため、本当ならここで話は終わるはずだったが、予告篇を観たタイタン・太田光代社長は「是非とも本篇を撮るべきだ」と提言、当座の費用をタイタンが出資する、という異例のバックアップを宣言したことにより、本篇は実際に撮影される運びとなった、ということらしい。

 そこから出資者集めや実際の撮影に至るまで、まだ紆余曲折があったそうだが、さすがにそこは省く。知りたい方は劇場用パンフレットなどを参照いただきたい。
 ともあれ、そうした背景ゆえに、本篇はかなり意外性の強い配役になっているが、それが一方で本篇の代えがたい個性となり、強みともなっている点は見過ごせない。
 お笑い好きならまんじゅう大帝国の名前は耳にしたことがあるだろうが、恐らくまだ多くのひとにとっては無名に違いない。だが本篇の場合、主演が本職のお笑い芸人であることが、表現に猛烈な説得力を加えている。
 当然だが、芸を披露する場面でのリアリティは素晴らしい。実際には漫才のスタイルで活動する竹内だが、本篇では1人しゃべりでもしっかりと笑いを攫っており、そこに嘘くささがない。活躍する仲間に対する複雑な感情の吐露にも、生々しさが感じられるし、何より、“家業とお笑い、どちらを取るか”という悩みに真実味が生まれている。
 一方で、リンゴ農家や松川町の描写も丁寧だ。選果場が登場したり、台風の中での対策や後継者問題など、昨今の農村がしばしば直面する問題も、決して専門的になりすぎない範囲で盛り込んでいる。こうしたリンゴ農家では、軽トラックのフロントガラスより上の部分を切り落とした改造車を、敷地内での作業に使っている(私有地内での利用なので車検を通す必要がないため可能になる)のだが、これもしっかりと採り入れていて、この舞台、この設定ならではのヴィジュアルで愉しませてくれるのも本篇の良さだ。
 構成にもそつがない。劇中で大きな山場となる奉納祭は実在せず、実際の松川町で行われる祭りや伝統芸能を採り入れ、それらしく繕ったものらしい。だからなのだろう、祭りが開催される時期やその趣旨など、いささか不自然な印象がある。主人公・実に選択のタイムリミットとして設定したことがあまりにも見え透いているからだろう。
 ただ、そこから最大に見せ場への繋げ方は素晴らしい。設定としては強引ながら、しっかり伏線を張り、回収していく組み立てのお陰で、お膳立てとして機能している。そして、このお膳立てがあるが故に、クライマックスに据えられた漫才が、しっかり笑えるにも拘わらず感動的なのだ。プロが携わった作品らしく、漫才としても完璧な仕上がりなのに、観ていて目頭が熱くなる、という不思議で、唯一無二の感動が味わえるクライマックスである。
 もともと映像方面を志願していたという監督だが、やはりお笑い芸人のマネージャーでもあるせいなのだろう、本篇には芸人への理解と経緯が窺える。お笑い芸人が主体である事務所タイタンの所属であり、所属する芸人たちが随所にカメオ出演しているばかりか、トップの爆笑問題に至っては本人役、しかも実在するラジオ番組の生放送中、という体裁で出演もしているので、芸人をおろそかに出来ないのは当然なのだが、主人公のモデルとなった松尾アトム前派出所の決め台詞や、重要な役どころで登場する日本エレキテル連合・橋本小雪のお馴染みの台詞などが鏤められている。シリアスなひと幕でも盛り込まれているために、ネタを知っていると場違いなところで笑ってしまう弊害もあるが、そこに芸人たちを起用した意味を添え、きちんと活かそうとしているのは、芸人や彼ら目当てで劇場に足を運ぶ観客への配慮として好感が持てる。
 とりわけ松尾アトム前派出所については、モデルであり、彼自身の郷里がそのままロケ場所にもなっていることから、当初は出演の予定もあったが、都合によって出られなくなったという。それでも、エンドロールにて、本篇と対比させるようなかたちで、実際の農作業に携わる彼の姿を織り込んでいる。本物の彼は映画の中で描かれたような経緯を辿ってはいないのだが、それでも本篇の内容とオーバーラップして、何気ない農作業にも拘わらず強い印象を残す。狙ったかどうかは定かではないが、そこにも松尾アトム前派出所という芸人とその生き方を美しく彩るような演出に、監督の優しさと芸人に対するリスペクトが最も鮮明に出ているように思う。
 設定に若干のわざとらしさがあるものの、構成や役者の配置、演出のテンポ、そして飾らず自然な田園の美しさを引き出した映像と、見事にツボを押さえた佳作である。芸能事務所のサポートがあってこそ成り立ったことも間違いないが、処女長篇でここまできっちりとした作品を仕上げた監督に、今後も期待したくなる。


関連作品:
サバイバルファミリー』/『ダンスウィズミー』/『クソ野郎と美しき世界』/『プリキュアミラクルユニバース』/『寄生獣
キング・コーン 世界を作る魔法の一粒』/『サマーウォーズ』/『銀の匙 Silver Spoon

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