酒林堂 八雲 2024 at 洞光寺、初日夜公演。

 宿にて書き物をしつつ身体を休め、頃合いを見て、この旅行のメインイベント、酒林堂八雲のためにお出かけです。
 いつも使っている宿なので、もはやルートは完全に覚えている。ほぼ想定どおり、開場時間ちょっと前に到着。
 ……昼の部が終わってなくて、開場が30分遅れてた。
 正直、会場である洞光寺付近は、ちょっと時間潰しに立ち寄れるスポットがない。だいぶ悩んで、けっきょくは境内の、雪を避けられるところでしばしやり過ごす。受付前のテントで、茶風林さんお薦めのジビエ料理店・安分亭が猪コロッケをその場で揚げて販売していたので、山門の下で、お地蔵さまを見つめながらいただいたりして。
 先行の回がようやく終演となり、お客さんが捌けた頃合いに、ようやく夜の部の入場。座席を確保すると、とりあえず物販に駆け巡る。衣類の販売はなかったけれど、初めて脚本が商品になっていたので、喜んで購入。あと、毎回来ているおつまみ研究所の柿の種ボトルと、以前の酒林堂八雲でおつまみとして出たときに魅了されたわかめせんべいを二袋仕入れる。ここまでは何なら予算が組んであった。
 一通り買い物を済ませて落ち着いたら、本来の開演時間から少し遅れたくらいで場内が消灯し、公演が始まりました。
 これをアップする時点で、全公演が終了しているはずなので、この直後から思いっきりネタばらししていきます。万一、のちの公演でまた採りあげられていて、それについて検索してここに辿り着いた、という方がいて、先入観を持たずに楽しみたいのでしたら、ここで引き返してください。

 今回の演目は、《小泉八雲一代記~名前を忘れた精霊~》。昨年の、『怪談』出版120年と、今年秋の朝ドラに、八雲の妻・セツをモデルにした『ばけばけ』が放送されることを記念して、八雲の生涯そのものを朗読劇として採りあげたわけです。
 酒林堂の名物、音響と生の声を併用した立体的演出で始まると、さっそく小泉八雲役の川原慶久さんと、謎の精霊役の中原麻衣さん、そして幼少時代の八雲、というよりラフカディオ・ハーン役の荒井萌さんが登場。幼少のハーンが謎の人ならざる存在と遭遇し、名前を思い出せないこの“精霊”に自身のファーストネーム“パトリック”を与え、それからの人生を共にしていく、という展開。
 ここで既にちょっと感心してます。ハーンは特異な来歴ゆえ、妖精やゴーストに親しんでいる。しかし一方で、親との縁が薄く、長年、孤独を味わっていた。このあたり、基本は大人の八雲、これも最初の段階では“ハーン”と呼ぶべきでしょうか、彼のナレーションを中心に説明していくのですが、その象徴となるキャラクターを置いたことで、感情として表現出来ている。
 幼くして両親との縁が薄れ、キリスト教の神学校で価値観を否定されたうえ、校内の事故により左目の視力を失う。やがては、自らを神学校に押し込んだ伯母の破産により、学費が途絶えて学校を放逐され、僅かなお金を手に、アメリカに渡ることになる。
 過酷な運命はしかし、ハーンを少しずつ、あるべきところへと導いていく。職を得た印刷所の経営者から文章の手ほどきを受けたことで執筆に開眼し、それが新聞社への就職へと繋がる。
 とは言え、アメリカもまたハーンにとっての理想の地ではない。下宿屋の、白人と黒人のあいだに生まれた女性に惹かれ、やがて結婚するも、登場ハーンのいたオハイオ州では異人種間の結婚は罪とされており、新聞社を解雇される。このことが契機で、婚姻関係もやがては破綻してしまう。
 しかし、ここで再びハーンは運命に導かれる。南米北部のニューオーリンズで、人種も価値観も混淆していく“クレオール文化”に接し、自らの思想にも寛容なこの文化に傾倒していく。そしてそこで催された万博によって、かねてから興味を抱いていた八百万の神が棲まう国、日本への憧れを強く抱き、遂に訪日を決意する。
 ……普通にハーンの半生そのまんまガイドしてる感じになってますが、実際、なかなかうまくまとめてる。ニューオーリンズのあとには南インド洋のフランス領マルティニークに赴き、更にクレオール文化に対する理解を深めていった経緯があるのですが、そこを端折っても、本質は変えていない。そしてその随所で、交流する人々を象徴するようなキャラクターと場面を挿入して、役者ならではの情感を込めた演技で、重要な点を印象づけている。

 そしてここで休憩、という名の、主催者的にこれこそイベントのメインである飲み会です。会場がお寺なので“お清め”と称しています。物は言い様。
 しかし今回、やはり、と言うべきか、主催者も大変だった模様。何と、企画演出である茶風林さんと荒井萌さんがが、米子空港ではなく伊丹空港に降ろされたらしい――大阪です。中国地方ですらない。
 最悪、13万円くらい費やしてタクシーを利用するつもりだったそうですが、スタッドレスタイヤを履いているタクシーは大阪にはほとんどなく、やむなく電車での移動となったとのこと。結果、昼の部の開場はそのまんまでしたが、お清めを先に催し、既に到着しているキャストで2時間ほど場を保たせたとのこと。それはそれで観てみたかった気もする……っていいうか、思ったより予算にゆとりがあったから、当日券で入っても良かったかもなあ。

今回のお酒、ヤマサン正宗 萌 純米酒の酒林堂八雲限定ラベル、おつまみの特製弁当、それに持ち帰りできる枡。
 今回のお酒、ヤマサン正宗 萌 純米酒の酒林堂八雲限定ラベル、おつまみの特製弁当、それに持ち帰りできる枡。

 前口上に続いて、今回のお酒の蔵元訪問レポート。今回のお酒は、ヤマサン正宗の純米酒、萌。奇しくも出演者の荒井萌さんと同じ名前、ということで、以前にYouTubeの酒林堂チャンネルの定期生配信にて、お酒の銘柄を決める、という企画があったときにもこの《萌》の名前、そして味そのものにも注目が集まっていたので、選ばれたのも宜なるかな。辛口だけど後味がスッキリしていて呑みやすい。おつまみは、しじみのおにぎりを中心に、お惣菜数点をちりばめたセット……わりと食事に近い内容なので、私は仕込み水を貰って、夕食用の薬をしっかり服用しました。帰ったあとの食事を気にしないで済むのがありがたい。
 あまりにも慌ただしい展開だったせいか、蔵元の紹介はざっくりと終了して、このイベントのお楽しみ、プレゼント抽選会。チケットの整理券をもとに、用意された豪華プレゼントが当たるというもの。なにせ数が多いので、私も一回当たった覚えはある……が、それでも当たらないものは当たらない。左右両隣の方が当たったところで、「オセロなら当選なんだけどなあ」なんて思っていた。

当たったよおい。
 当たったよおい。

 キャストが使っている台本……ではなく、同じ体裁で肱岡拓朗さんが作成した実質自由帳。毎回、1公演ごとに1冊しかプレゼントされないので、恒例なんだけど充分にレア。酒林堂の前身である怪し会に初めて参加したときに「いいなー」と思って以来、これを貰うことが念願でした。本当に嬉しい。時間をかけて、もっと貴重な代物にしてしまおうかと目論んでます。
 プレゼント大会が終わると、物販の購入やお手洗いなどに費やすための本当の休憩。そして、その後いよいよ後半です。

 後半は、ハーンの後半生、来日から晩年まで。
 ここも色々と省略が入りつつ、きちんと要点を押さえている。様々な出会いによって支えられた日本での体験を、少数の登場人物で巧みに要約して描写しています。序盤は若い僧侶、松江に移り住んでからは実在する親友・西田千太郎、そしてその後の人生は、小泉セツ。
 唸らされたのは、井上円了を登場させた点です。妖怪を研究していた井上には実際のハーンも感心を抱き、本当に対面している。しかし、知識という部分では共鳴しても、スタンス自体は相容れなかった。あくまで科学によって“妖怪”という存在を定義し、その恐怖から人々を解き放とうとしていた円了に対し、ハーンは精霊やゴーストを人々の営みに近いものと捉え、それらが否定された世界は貧しい、と訴える。こういう論理展開も、だいぶ要約はしていますが、ハーンの描写として的確です。当て馬のように引っ張り出された円了には申し訳ないけれど、これもいい脚色、演出。前半での別キャラに続いて、またしても憎まれ役に扮した肘岡拓朗さんも好演です。
 ニューオーリンズと来日で得たインスピレーションが、その後の小泉セツとの出会い、共鳴によって、ハーンが『怪談』を完成させるに至る作風が確立されていく。これも、実際には様々な紆余曲折があったところを、セツとのやり取りに凝縮させて明快に表現している。
 しかし今回、興味深いのは、ハーンの人生を辿る、という形で、彼が接してきた怪談を採り上げているのですが、結果として、そこでこれまで《怪し会》《酒林堂》で培った、怪談朗読の表現が活かされている。それぞれのエピソードを語る役者の力の見せ所であると同時に、《小泉八雲》という題材も含めて、このイベントの集大成めいた意味合いを帯びているように思いました。
 セツとの結婚、帰化によって《小泉八雲》という名前を得て、物語も完結に向かっていく。後半では、ハーンとセツが結婚するきっかけを与える、というシチュエーションで少々コミカルな活躍をしつつも、存在感が薄れていた“精霊”ですが、終盤で遂にその正体が明らかになる。ここでは答を書きませんが、一連の経緯を思えば決して意外ではない。ただ、この設定により、今回のテーマ、ラフカディオ・ハーン=小泉八雲という人物の運命を見事に、フィクションとして美しく昇華している。
 その生涯をたどれば、そうなるべくして運命づけられていた、としか思えない小泉八雲の人生を、ファンタジー要素を交えつつ簡潔にまとめた見事な脚本。常連のキャストはもちろん、小泉八雲役として初出演した川原慶久さんも、まさに八雲そのものといった雰囲気で完璧でした――まあ、贅沢を言えば、特徴的な小泉八雲の日本語まで再現してくれれば文句なしでしたが、たぶんそれをやると著しく聞き取りづらくなるので、賢明な判断だと思う。

 以上で2月23日夜の部の公演終了。いつもなら、茶風林さんのサイン会があったり、キャストによる見送りがあったりするんですが、如何せん、外はまたぞろ吹雪模様。それでもサービス精神旺盛な茶風林さんは、玄関脇に設置された受付用のテーブルでサインに応じていた様子でしたが、なにせ寒いなか帰らねばならない私は、後ろ髪引かれる気分ですぐさま離脱。
 次の公演以降、今回当選した“自由帳”を持ち込んで、演者のサインで埋めつくしてやるつもりです。

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