原題:“Suspiria” / ダリオ・アルジェント監督『サスペリア』に基づく / 監督:ルカ・グァダニーノ / 脚本:デヴィッド・カイガニック / 製作:マルコ・モラビート、ブラッドリー・J・フィッシャー、ルカ・グァダニーノ、デヴィッド・カイガニック、シルヴィア・ヴェンチュリーニ・フェンディ、フランチェスコ・メルツィ・デリル、ウィリアム・シェラック、ガブリエレ・モレッティ / 製作総指揮:キンバリー・スチュワード、ローレン・ベック、ジョシュ・ゴッドフリー、ジェームズ・ヴァンダービルト、マッシミリアーノ・ヴィオランテ / 撮影監督:サヨムプー・ムックディプローム / プロダクション・デザイナー:インバル・ワインバーグ / 編集:ヴァルテル・ファサーノ / 衣装:ジュリア・ピエルサンティ / 振付師:ダミアン・ジャレ / 音楽:トム・ヨーク / 出演:ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、クロエ・グレース・モレッツ、ルッツ・エバースドルフ、ジェシカ・ハーパー、エレナ・フォキナ、アンゲラ・ヴィンクラー、イングリット・カーフェン / 配給:GAGA
2018年アメリカ、イタリア合作 / 上映時間:2時間32分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R15+
2019年1月25日日本公開
公式サイト : https://gaga.ne.jp/suspiria/
新宿シネマカリテにて初見(2019/2/26)
[粗筋]
1977年秋、未だ東西が分断されていた時代のベルリン。
日々テロリストの暴動が繰り返され、住民達が怯えて過ごすなか、精神科医のジョセフ・クレンペラー博士(ルッツ・エバースドルフ)のもとを訪ねてきたパトリシア(クロエ・グレース・モレッツ)の不安は種類を違えていた。彼女は、自身が所属する舞踏団〈マルコス・ダンス・カンパニー〉が“魔女”の巣窟である、と訴え、その影響を怖れている。クレンペラー博士は真摯に耳を傾けながらも、肥大した妄想の結果と判断していたが、その日を境に、パトリシアは行方をくらましてしまった。
彼女と入れ替わりに、ひとりの女性がアメリカからベルリンを訪れ、〈マルコス・ダンス・カンパニー〉の門を叩いた。スージー(ダコタ・ジョンソン)はニューヨークでの公演を眼にして以来、この舞踏団に惹かれ、日々ビデオで繰り返し鑑賞、懸命に訴えてオーディションを受けることを認めてもらった。強引な経緯であったため、責任者である振付師のマダム・ブラン(ティルダ・スウィントン)は立ち会わないままでオーディションが実施されたが、スージーが音楽もなしに披露したダンスはコーチ達を魅了し、見事に合格を勝ち取った。
スージーは退団扱いとなったパトリシアの部屋をあてがわれ、その日のうちに舞踏団員としての生活を始める。初めての稽古の場では、間近に迫った公演のリハーサルが実施されるが、パトリシアに代わる主演としてマダム・ブランが指名したオルガ(エレナ・フォキナ)は早々に消耗してしまい、バランスが崩れてしまう。ここぞとばかりにスージーは名乗りを上げた。繰り返し映像を鑑賞し、振付は把握している、と主張し、一同の前で舞ってみせる。
マダム・ブランはスージーの才能に瞠目し、彼女を主演に抜擢することを決めた――そして、舞踏団の奥に暮らす女たちもまた、スージーの素質に着目する。
同じ頃、連絡を断ったパトリシアを心配したクレンペラーは、彼女が残していった荷物を探り、手懸かりを求めていた。そこには、舞踏団の動向に関して、不気味な記述が溢れかえっていた――
[感想]
ホラー映画における歴史的な傑作のひとつである、ダリオ・アルジェント監督の同題作品のリメイク、広報の表現を借りるなら“再構築”である。
リメイクとはちょっと違う、と謳いたくなるのも納得のいく、かなり大掛かりな設定のブラッシュアップが施されている。舞台は東西分断時代のベルリンに設定され、バレエダンサーだった舞踏団はコンテンポラリー・ダンサーに変更された。そして物語の成り行きも、趣を新たにしている。
オリジナルにもその傾向はあったが、本篇はより芸術的だ。よく考慮された構図と不可思議なダンスの振付が生み出す異様な画面は、おぞましさを醸しながらも美しい。なまじ完璧な構成で見せられているから、例えば笑顔の作り物っぽさ、真意の窺えない目の色が際立つ。怖いヴィジュアルというものが、決して血飛沫や肉塊のみで作られるものではない、ということを実感させる映像が、観終わってからも脳裏を離れない。
率直に言って、物語は非常に解りづらい。いちおう、新たに舞踏団に加わったスージーを中心に描かれているが、彼女自身に奇怪な出来事はあまり起こらず、周辺で発生しているケースが多い。だから、彼女の目線に立ってしまうと怖さも物語の芯も捉えづらくなる。そのうえでスージーに寄り添って鑑賞すると、終盤で衝撃が訪れるが、それもまた困惑するか、不快に思う観客も少なくないだろう。
しかしそれらもすべて、本篇があくまで観客の心をざわつかせ、不安に陥れる、という意図のもとで組み立てられているが故だ。目撃したものについて解釈しているうちに、劇中描かれた企みが自身の周りにも仕掛けられているかのような感覚に陥るはずだ。均整を意識しながら巧みにずらした構図も、焦点の明確でない語り口も、そしてクライマックスの謎めいた事態も、すべてが本筋以上に、観ている者自身の足許を揺り動かす。
本篇は傑作『サスペリア』の主眼が観客の心の底から恐怖を炙り出すことにこそある、と捉えたグァダニーノ監督が、その主題をよりいっそう掘り下げるために、オリジナルの題材を援用したものなのだろう。洗練されながらも、より混沌とした仕上がりになっているが、それこそグァダニーノ監督なりの、『サスペリア』という世界観の理想なのだろう。
だから、オリジナル『サスペリア』という作品にいて自分なりの解釈、理想を見ているひとには、本篇はいっそ許しがたい冒涜と映る可能性もある。しかし、グァダニーノ監督の思い描く理想と遠くないところに魅力を感じているなら、恐らく本篇はまたとない福音にも思えるはずだ。
むしろ本篇の真価を味わうことが出来るのは、オリジナルを知らないひとかも知れない。心理的な不快感を誘う構図に、不安を催させる不穏な音楽。肌も露わな姿で舞う女性達の華やかだが不気味なダンスが、にわかに意味を帯びてくる異様なクライマックス。けっきょく何が言いたかったのか解らない、と理解を放棄してしまうひとも少なくないだろうが、その世界観にいちど魅力を感じ、解釈を試みるほどに、その魅力は膨らんでいくはずだ。
ひとによって評価は大幅に割れそうだが、少なくとも本篇が『サスペリア』という作品の持つ世界観をきちんと拡張し、新たな観客に届けようとした野心的作品であることは疑いない。もし本篇で初めてこの世界に触れ、惹かれたのであれば、是非ともオリジナルにも手を伸ばしていただきたい。
関連作品:
『コンスタンティン』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『キック・アス ジャスティス・フォーエバー』/『キャリー(2013)』/『マイノリティ・リポート』
『4匹の蝿』/『歓びの
『トンネル』/『スガラムルディの魔女』/『ヘレディタリー/継承』/『モールス』/『ダーク・フェアリー』
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