『男はつらいよ 知床慕情』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン8入口脇に掲示された『男はつらいよ 知床慕情』ポスターヴィジュアル。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン8入口脇に掲示された『男はつらいよ 知床慕情』ポスターヴィジュアル。

原作&監督:山田洋次 / 脚本:山田洋次、朝間義隆 / プロデューサー:島津清、深澤宏 / 撮影:高羽哲夫 / 照明:青木好文 / 美術:出川三男 / 編集:石井巌 / 録音:鈴木功、松本隆司 / 音楽:山本直純 / 出演:渥美清、倍賞千恵子、竹下景子、三船敏郎、淡路恵子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、佐藤蛾次郎、吉岡秀隆、美保純、すまけい、赤塚真人、冷泉公裕、油井昌由樹、イッセー尾形、マキノ佐代子、笹野高史、笠智衆 / 配給:松竹
1987年日本作品 / 上映時間:1時間47分
1987年8月15日日本公開
2019年12月25日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
公式サイト : https://www.tora-san.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2020/07/02) ※《男は》特集上映


[粗筋]
 テキ屋稼業で各地を旅していた寅さんこと車寅次郎(渥美清)が久々に葛飾柴又に帰ると、彼の実家である団子屋“とらや”を取り仕切る叔父のおいちゃんこと車竜造(下條正巳)が風邪をこじらせて入院していた。寅さんの妹・諏訪さくら(倍賞千恵子)によると、既に峠は越えたそうだが、寅さんはいても立ってもいられず病院へと向かう。
 寅さんは格別の配慮をしてもらおうと、同室の入院患者はもとより、医師や看護師にも付け届けをしようとしたが、担当医師(イッセー尾形)に怒られ、ちょっとした騒動になってしまう。そのことをおばちゃんことつね(三崎千恵子)に責められ、言い争いになるが、そろそろ寅さんに“とらや”の跡継ぎとして腰を落ち着けて欲しいさくらの説得に機嫌を直した。
 寅さんも珍しくやる気を出して「何でもやる」と言ったものの、いざとなると帳場の番ぐらいしか出来ない。それすらも居眠りしてしまう。まかないの時間にくつろぐあけみ(美保純)たち手伝いの「使い物にならない」という言葉を盗み聞きした寅さんはこっそりと家を出て、ふたたび旅の空に赴いた。
 数日のち、寅さんの姿は北海道にあった。知床の港町・斜里に降り立った寅さんは、通りすがりの車に呼びかけ、近場の宿までの案内を求めた。車の主である獣医の上野順吉(三船敏郎)は寅さんを家に招き、しばし歓談したふたりは思いがけず意気投合し、寅さんは順吉の家に滞在することになった。
 順吉の古い隣人である悦子(淡路恵子)が営むスナックで港町のひとびととも懇意になった寅さんは、彼らに連れられるがままに知床を満喫する。そんななか、順吉の東京に駆け落ちしたひとり娘・りん子(竹下景子)が突然、帰郷してきた――


[感想]
 特別上映が実施されているのを好機と捉え、《寅さん》シリーズを立て続けに鑑賞してきた。傾向として、可能な限り知名度の高い、或いは浅丘ルリ子のように継続的に同じ役を演じたマドンナが出演したエピソードを選んで上映している様子なのだが、性分ゆえに同じマドンナが出てくるエピソードは順序立てて観たい、と思ってしまい、それをやるとずーっと《寅さん》ばっかり観る羽目になってしまう。だから、今回の特集上映で私が選ぶ作品は、紹介文での評価が高いか、マドンナよりも1回限りになっていそうな大物ゲストが出ているもの、になっている。
 本篇の場合、私が注目したのは、やはり“世界のミフネ”と呼ばれる伝説の俳優・三船敏郎が出演していることだった――が、観終わったあとで私の心に強く残ったのはむしろ、内容的に“2人目のヒロイン”とも言うべき悦子を演じた淡路恵子だった。
 ストーリー的に、彼女の立ち位置は補助的でしかない。メインはあくまで三船が演じる獣医・順吉と、結婚に失敗し帰郷してきたりん子の関係性に、寅さんが絡んでいく部分だ。だが、初登場のときから順吉と遠慮のない調子で言い合い、自分が留守のあいだに仲よくなった寅さんを託す、という描写から、順吉と悦子の強い信頼関係が窺える。そしてその後も、決して悦子は目立ちすぎることはなく、適度にりん子や寅さんに寄り添いながら、クライマックスで突如訪れる見せ場で見事に観客の目を惹きつけてしまう。
 これが、経験は豊かだけど華のもうひとつ足りない女優が演じていたら、本当にただ順吉のエピソードのちょっとした彩りにしかならなかっただろう。しかし、僅かな出番でしっかり存在感を印象づけた淡路恵子は、その限られた登場シーンとこの結末で、見事にもうひとりのヒロインとして輝きを放った。驚くべきは、彼女が結婚を境にいちどは芸能界を退いており、本篇が20年振りの映画出演だった、ということだ。にも拘らず、決して目立ちすぎることなく、しかし適切な存在感を発揮し、最後には静かだが感情を溢れさせた僅かな演技で、ただの彩りに留まらない衝撃をもたらした。これ1作で、淡路恵子という女優の凄味が実感できる。
 むろん、三船敏郎も十二分に世界を魅了した貫禄を見せつけている。粗野で不器用、しかし農業や地元への思いやりがある愛すべき人物像を堂々と体現して、変わらぬ愛嬌で周囲を惹きつける寅さんとしっかり並び立っている。淡路恵子がクライマックスで愛らしく花開くのも、この一世一代の見せ場を三船が完璧に表現しきったからこそだ。
 ストーリー的にはそれほど派手さはない。私が観た少ないなかでも、特に紆余曲折がなく、成り行きもかなり想像しやすい。シリーズとしてのお約束を投げ込みつつ、いつも通りに展開している――ように見えるのだが、ただ、まだ3本しか観ていない私も感じる程度に、ちょっと趣が違う。
 それは本篇に、いつになく生々しい“終幕”の薫りが漂っているからだろう。ポイントは、あまりにも知床という土地に馴染みすぎた寅さんの姿と、そこで演じられるロマンスに、第1作との対比とも思えるものが見え隠れするところにある、と私は考える。
 今回、寅さんが惹かれるのは順吉の娘、りん子である。知床の港町で、愛想の悪い“御前様”のような役回りにいる順吉の娘との恋愛、という構図は、御前様の娘に失恋する第1作と対になるかのようだ。しかし、既に相手がいた御前様の娘と異なり、りん子は相手と別れたあとであり、中盤以降のりん子の振る舞いには、寅さんを好ましく思っている様子すら窺える。
 どうしても自分の無力さを悟らされてしまう柴又と違い、知床にははっきりと、寅さんの居場所が形作られつつあった。しかも、まるで第1作を彷彿とさせる構図と対になるかたちで、幸せがもたらされようとしていた。
 けっきょく寅さんはまた旅立ってしまうが、そのラストシーンが第1作と似たような組み立てになっているのも、意味深に映る。それは、新しい居場所となった知床にやがて帰っていく、という、物語の向こう側にある結末を暗示している、とも捉えられるのだ。
 実際には、本篇から更に10本、製作されている。それが悪いとは思わない――渥美清の体調不良もあって、甥・満男にスポットが当てられるようになり、渥美の死後に50周年の節目に製作された第50作では、現代の寅さんさながらの立ち振る舞いを見せて、穏やかな世代交代の構図まで見せてくれた。
 ただ、本篇で終幕を迎える、というのも、それはそれで美しかった、と思う。作品としてはふたたび旅の空に帰っていった姿で締め括りながらも、いつか新しい居場所でそっと息をついている姿を想像させる、こういう終わり方もまたいい――と言いつつ、機会があればこのあとの作品も観るつもりでおりますが。


関連作品:
男はつらいよ』/『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け
幸福の黄色いハンカチ』/『たそがれ清兵衛』/『隠し剣 鬼の爪』/『武士の一分』/『家族はつらいよ』/『家族はつらいよ2』/『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』/『砂の器
散歩する霊柩車』/『駅 STATION』/『探偵はBARにいる』/『日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『野良犬』/『濡れ髪三度笠』/『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』/『鉄道員(ぽっぽや)』/『捨てがたき人々』/『武士の一分』/『女王蜂』/『沈黙-サイレンス-(2016)』/『異人たちとの夏』/『赤ひげ
日本列島 いきものたちの物語』/『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』/『銀の匙 Silver Spoon

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