忍法関ケ原 風太郎忍法帖(14)

忍法関ケ原 風太郎忍法帖(14) 『忍法関ケ原 風太忍法帖(14)』

山田風太郎

判型:文庫判

レーベル:講談社文庫

版元:講談社

発行:1999年10月15日

isbn:4062646803

本体価格:800円

商品ページ:[bk1amazon]

 講談社文庫版短篇集成第三弾。先行する二冊に較べて一編毎の分量が多く、「中篇集」の趣が濃い。帯にはひとまず「完結」と打ってあるが売れ行き次第で続刊も充分にあり得るという――買うべし読むべし、という訳で各編の粗筋と解説。

『忍法関ヶ原

 天下分け目の決戦前夜。鍵を握るのは鉄砲鍛冶の郷・国友村の挙措であったが、鍛冶の実力者四名の態度が未だ定かでないことに大御所は気を揉み、服部組の精鋭四人を派遣して鍛冶たちの翻意を促した。その動きを察した石田方も黙視せず、甲賀組の番卒を国友村に置き徳川を牽制する。だが、服部組の忍びにとって最大の敵は、一癖も二癖もある四名の鍛冶衆であった。

 忍法、と銘打ってはいるが、本編の慧眼は戦国時代を武将対武将というステレオな見地から描かなかった点にあると言えよう。忍法を持ち込んだのはその構図を明瞭に際立たせる為に過ぎない。終始道化でしかなかった忍び達の姿には一種寂寥に似たものを感じる。結末は当然終戦直後の関ヶ原を舞台としているが、この前後に『忍法撫子甚五郎』の物語が展開していたかと思うと興味深い。

『忍法天草灘

 大坂の陣より前、まだ豊臣所領であった当時の長崎には着実に切支丹が浸透しつつあった。これを苦々しく思う奉行所の要請により、半蔵は男女一組の忍びを遣わす。彼等は切支丹の先導者格である八人を色仕掛けで惑わせ、如何にか道を踏み外させんと画策するが、八名の意志は思いの外強固であった。

『忍法関ヶ原』と並ぶと実に絶妙。ぶっちゃけた話、この二編は全く構造が同じなのだ。ただ鏡に映しただけと言ってもいい。それでもぐいぐいと読ませてしまうのが風太郎の剛腕たる由縁であろうか。

『忍法甲州路』

 麻耶藩では若君の婚姻を巡って陰謀渦巻き、密かな暗闘が繰り広げられていた。若君の意中の女性・お婉はその暗闘によって父を殺されたが、三名の眠りの幻術を操る忍び衆に鎧われ、間もなく敵討ちのため江戸に戻ろうとしている。麻耶藩江戸老中石来監物の指揮下にある三名の武士は、幻術をうち破る秘剣を編み出しこれを迎え撃つが――

 誰もが真剣に、傍目には滑稽な決戦を繰り返す、風太郎一流のシニシズムが横溢する一編。まるで冗談のような秘剣に依って忍び衆が倒されていく様も哀れで滑稽だが、やはり一切の皮肉を凝縮させたような結末が秀逸である。

『忍法小塚ッ原』

 小塚ッ原処刑場に当代無比の首狩り職人がいた。その男――鉈打天兵衛は、女の愛液と男の精液との混合水をもって、切断された四肢を接着するという忍術を体得していた。天兵衛の剣技に惹かれて弟子入りした香月平馬は、天兵衛の要請により日毎遊女と交わり淫水を生産した。天兵衛はそれを用いて、奇縁に繋がれた罪人達をモルモットに異様な実験を繰り返す。

 読んでいて何故か海野十三などの怪奇探偵小説を思い出した。人智を絶したからくりと幾つかの人体実験の決着などが、粗悪な紙に印刷されたグロテスクな物語や陰惨な挿絵を想起させるのである。例によって結末は皮肉。

『忍法聖千姫

 大御所家康死後、千姫が再度の輿入れを控えた頃。戦火の大坂城から千姫を救出した坂崎出羽守は、その褒賞として千姫を貰い受ける約束が反故にされたことに憤り、刺客を送り込む。だが、その中でも千姫守護を仰せ付かっていた柳生一門に危険視されていた三人の剣客は、千姫の魅力に籠絡され、驚異的な用心棒となって坂崎一門を圧倒した。服部家に身を寄せていた柳生童馬は、面目を失った柳生一門のために、三人の怪剣士に果たし状を突き付ける。

 長篇『くの一忍法帖』後日譚と捉えることもできる、怪姫千姫譚。主題たる千姫の謎は明かされないが、それ故に結末の余韻は強い。因みに私はこの後『柳生忍法帖』に着手する予定だが、こちらにも千姫が絡んでいる。もしかしたら山田風太郎にとって一番お気に入りの登場人物なのだろうか?

『忍法ガラシヤの棺』

 伴天連の良き庇護者であった細川忠興夫人ガラシヤには人知れぬ悩乱がある。主不在の屋敷で彼女は苦悩する胸の裡をヴィンセンシオ神父に打ち明けた。それは、激烈な夫の所業からガラシヤの善意を鎧うように生まれたもう一人の珠子、細川家や忠興を劫火の如くに憎悪する、聖女ならぬ生身の女であった。答えに窮したヴィンセンシオとガラシヤの前に、忽然と一人の忍者が姿を現し、ひとつの提言をする――

 忍者の登場がえらく唐突の感があるが、括りの巧さで挽回している。主題は人間の内側にある明暗の狭間。粗筋を見れば一目瞭然ではないか、と思われるかも知れないが、――無論、そこには更なるどんでん返しがあるのだ。

『忍法幻羅吊り』

 奇妙な約定を交わして赤蔦屋の見習い女郎となった小式部。彼女は客を取らぬくせに他の女郎達に奇妙な「性技」の教えを施すなど、矛盾した行状から彼女には神秘的な印象が付きまとう。ある時彼女は件の幻術を一度に五人の朋輩に施した。そうして妙陰の技を携えた女郎達と交わった五人の侍達は、後日得体の知れぬ奇禍に見舞われた。

 不可解な展開から一転、事態がどういった方向へ推移するかは予測がつく。だが、優れているのはその過程である。小式部の呪術が本人の意図さえ越えて五名の侍を翻弄する様は、相変わらずのシニカルぶりだ。

『忍法瞳録』

 志摩藩十鬼組の春蔵なる乱波が駆使する、人間の瞳に動画情報を記録するという不可思議な忍法・瞳録の術。この秘伝を奪うために遣わされた服部組の干潟甲兵衛は、だが不首尾のままむざむざ春蔵夫婦を死なせてしまう。それから十数年後、春蔵が遺児に施した「瞳録の術」は、数奇な運命を経て再生されることとなる――

 本巻ではあまり描かれなかった、流派の確執が齎す悲劇。風太郎流の「ロミオとジュリエット」と読むのは穿ちすぎだろうか?

『忍法死のうは一定』

 国内に留まらぬ夢幻の野望を伴天連に開陳した信長を急激に襲った臣下・明智光秀の軍勢――即ちのちに言う「本能寺の変」。己の迂闊さに歯噛みする信長の前に、神出鬼没たる果心居士が現れ、奇怪な提案をする。信長を女の胎内に隠し、この場から逃げおおせようと言うのだ。だが、この忍術には危険な副作用があった――

 例によって忍術の発想も素晴らしいが、これを信長に施す辺りが見事。他の人物では、如何なる傑物であってもこのような展開には至るまい。そして信長でさえ呑み込む宿命の恐ろしさ。また一方で本編は「不可避の未来を知る」という、人間の抱きがちな願望に痛烈な一撃を加えるものでもある。

 例によって作品同士で登場人物・設定などがリンクしており、それを読み解いて年譜を作成することも可能だろう。やってみたいようなやってみたくないような……。

 それにしても風太郎作品の結末には何と皮肉が、無常観が満ちていることだろう、と改めて思う。しかもその救いのなさをあまり感じさせない圧倒的な筆力。どれがいい、悪いなどと(殊本書に関しては)言いようがない。この優れた娯楽を堪能してくれ、と言うばかりである。

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