千一夜の館の殺人

千一夜の館の殺人 『千一夜の館の殺人』

芦辺拓

判型:新書判

レーベル:Kappa Novels

版元:光文社

発行:2006年07月25日

isbn:4334076378

本体価格:895円

商品ページ:[bk1amazon]

 森江春策シリーズとしては2001年の『グラン・ギニョール城』以来4年半ぶり、書き下ろしとしても『紅楼夢の殺人』以来2年ぶりとなる本格ミステリ長篇。

 驚異的な発想力により、現在の電子産業のスタンダードとなりうる技術を多数開発したにも拘わらず、日本では不遇を託っていた久珠場俊隆博士が亡くなった。主に海外で築きあげたその資産は百億円にも達し、子供も配偶者もいない博士の遺産は親類に分配される。だが、遺言によって、最新の研究成果を収めたディスクは、博士の恩人と直接の相続関係にある人物に託されることになっていた。その人物は、池浦紗世子――奇しくも、遺言状公開の役を担うことになった弁護士にして素人探偵・森江春策の助手・新島ともかの親戚筋にあたる女性だった。だが、思いがけない理由から遺言状公開の場に立ち会うことが出来なくなった紗世子のため、ともかが彼女を装って久珠場博士の親族と会ってしまったから、話がややこしい。そしてそんな彼女の前で、惨劇が始まるのだった……

 この芦辺版“館”シリーズ、もしかしたら森江春策の事件簿というよりは、新島ともか嬢の冒険というスタンスに移行しつつあるのかも知れない。他の森江シリーズ短篇とともにまとめるため中篇として執筆された前作『赤死病の館の殺人』は森江に無理矢理休暇を取らされたともか嬢が旅先で遭遇した怪事件を描いており、本編はやはりともか嬢の冒険として、より尺を増したかたちで執筆されている。

 そうした勘繰りはさておき、基本的には著者らしい様式美と大掛かりな着想に支えられた、本格ミステリとしての量感に富んだ作品に仕上がっている。光電管とフィルムを駆使した細工に浮かび上がった殺人の風景、本邦では恵まれなかった天才の死とその遺産を巡る惨劇、そして題名のお約束通りの“館”。頭から尻尾まで本格ミステリづくしの実が詰まっている趣だ。

 しかも、正確に勘定したわけではないのだが、死者の数では恐らく著者の作品でもトップクラスの多さだろう。近年、本格ミステリといえどもここまで立て続けに屍体が転がった作品とお目にかかった記憶はない。強いて言うならば、前述の『紅楼夢の殺人』くらいだろうか。

 ただ、そう考えていくと、やはり『紅楼夢の殺人』同様に、事件ひとつひとつが軽く感じられてしまうのが気に掛かる。この作品では事件が起こるたびに、ともかが扮した紗世子という女性にかかる嫌疑が膨らんでいき、その分彼女が危険に晒されていく、というスリルを醸成する役割は果たしているが、人の死も事件の謎もやや重みに欠くのは悩みどころだ。

 だが『紅楼夢の殺人』と比較すると、本編はそれぞれの殺人についてもある程度の趣向が凝らされており、真相が判明したときにきっちりと結合していくあたりのカタルシスは巧い。犯人の意外性を演出するための工夫も実に手が込んでいて、読み応えがある。

 欠点としては、意外性を追求しすぎたあまりに、ちょっとひねた者には直観的に犯人が見抜けてしまうことだろう。犯人を割り出すための論理もその仕掛けもまさに王道の本格ミステリといった風情でインパクトはあるが、個人的にはもう一枚ほど真相から読者を遠ざけるヴェールが欲しかったところだ。

 しかし、立て続けに繰り返される惨劇に追い込まれていくヒロイン、そして名探偵による快刀乱麻を断つが如き推理と、それによって解かれる明快だがほんのりと苦みも伴った真相と、娯楽小説としてのダイナミズムを存分に盛り込んだ本編、やはり著者らしい矜持を感じさせる雄編であることは間違いない。現代に乱歩や横溝の外連味や濃厚さを欲する向きにはまずお薦めしたい。

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