『ファイヤーライン(1997)』

『ファイヤーライン』本篇映像より引用。
『ファイヤーライン』本篇映像より引用。

原題:“十萬火急/Lifeline” / 監督:ジョニー・トー / 脚本:ヤウ・ナイホイ、チャン・ワイチュー / 製作:モナ・フォン / 撮影監督:チェン・チュウキョン / 音楽:レイモンド・ウォン / 出演:ラウ・チンワン、アレックス・フォン、カーメン・リー、レイモンド・ウォン、ダミアン・ラウ、ルビー・ウォン、ラム・シュー、アナベル・ラウ、ユエン・ブン / 映像ソフト発売元:KING RECORDS
1997年香港作品 / 上映時間:1時間44分 / 日本語字幕:村上由美子
日本劇場未公開
2008年9月10日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/11546798
Netflixにて初見(2020/05/10)

[粗筋]
 スイ(ラウ・チンワン)がチーフを務めるチワンサン署は香港の他の消防隊員から“呪われた署”と陰口を叩かれるほど事故が頻発している。遂には救出中の事故で、署長が脊椎損傷の大怪我を負い現場を去る羽目になってしまった。
 替わって派遣された新署長チェウン(アレックス・フォン)は事故への警戒もあって、隊員たちに対して前任者よりも厳しく接してくる。スイ自身も昇進のための面接を3年続けて受けているが、隊員の安全よりも人命救助を優先する姿勢が不的確と判断されていた。
 日々、命懸けの任務に臨む隊員たちにもそれぞれの日常がある。スイは恋人にないがしろにされて自暴自棄になっていたところを救ったことが縁で、医師のアニー(カーメン・リー)と親しくなった。最近、隊長に昇進したばかりのサニー(ルビー・ウォン)は子供を欲しがるパートナーと上昇志向とのあいだで板挟みになっている。隊員たちに厳格に接するチェウンもまた、かつての恋人から突然、娘の存在を告げられ、引き取るように迫られるトラブルに直面していた。
 ある日、織物工場で大規模な火災が発生、消防隊員が一斉に召集される。本部長の指揮により4階へと突入していったチェウンたちだったが、ここでも想定外のトラブルに見舞われてしまう――

[感想]
 タイトルでは“ファイヤー”と大々的に謳っているが、本篇の主人公たちが臨むのは火災現場だけではない。故障して落下寸前のエレベーターからの救助や、事故現場で身動きの取れない人物の救出など、様々な事故現場に出動する。そうした、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるひとびとと関わる隊員たちの人間的な苦悩を描き出したドラマだ。
 全篇でひとつの事件やひとりの登場人物に焦点を当てて描いていくわけではなく、チワンサン署に勤める消防隊員数人の個人的なエピソードを点綴しつつ、ひとつひとつの案件での出来事、体験を織り込む。事故やその場での経験、辛い出来事が隊員の個人的な物語と共鳴し、過酷な現場に向き合う人間だからこその葛藤を浮き彫りにしていく。
 署長が半身不随となる障害を負ったり、懸命に救助したにも拘わらず無為に終わる沈痛なエピソードがある一方で、冒頭の隊員のほとんどが食事に中って病院に担ぎ込まれるくだりや、恋愛がらみで自暴自棄になった女性の救出など、細かに妙な味のある描写がユーモアを醸しだし、作品に巧みな緩急を作り出している。決して一貫した筋がないのに惹きつけてしまう序盤のこうした語り口に、エンタテインメントを撮り続けてきた監督ならではの洗練が滲み出すようだ。
 しかし圧巻なのはやはりクライマックスにあたる大火災だ。確かにチワンサン署は呪われている、と思わされるようなトラブルが連続し、死を覚悟しなければならないような局面が繰り返される。容赦なく襲いかかる炎、相次ぐ崩落で塞がれていく逃げ道。救助活動を行いながらも自らの活路を求めなければならない緊迫した状況が続き、気を抜く暇がない。
 残念な点は、このクライマックスにおいて随所で鏤められた事態打開のための機知が全般に、ひと目でその意図が伝わりにくいことだが、これはやむを得ないところだろう。説明じみた台詞を入れれば不自然さが出てしまうし、また余分な会話は牽引力を弱めてしまう。あえて説明を廃したからこそ、本篇のクライマックスは凄まじいまでにパワフルなものになった、とも言える。
 圧巻の終幕を迎えたところで、劇中に描かれた隊員達の物語ひとつひとつに決着はつけられていない。しかし、あのクライマックスを経たことによって、不思議と壁を突き抜けたかのような感覚を味わう。きっと彼らは今後も、様々な困難やトラブルに見舞われながらも、消防隊員として戦っていくのだろう。その姿は悲愴感や諦念も滲ませながら逞しく清々しい。
 本篇の2年後、ジョニー・トー監督は偉業の傑作『ザ・ミッション/非情の掟』を生み出し、その作風を完成させる。だが、そこに至る道程は本篇で既に明確に示されている。滑稽で風変わりだけれど、誇りや使命感を圧倒的な熱量で描ききり、エンタテインメントとして昇華した作品である――現在、ジョニー・トー監督の作品は日本ではいまいち見つけにくい状況にあるのだが、もっと観られてもいいと思うのだけど。

関連作品:
ヒーロー・ネバー・ダイ』/『ザ・ミッション/非情の掟』/『暗戦 デッドエンド』/『フルタイム・キラー』/『デッドエンド 暗戦リターンズ』/『アンディ・ラウの麻雀大将』/『ターンレフト ターンライト』/『PTU』/『マッスルモンク』/『柔道龍虎房』/『ブレイキング・ニュース』/『エレクション~黒社会~』/『エレクション~死の報復~』/『エグザイル/絆』/『強奪のトライアングル』/『MAD探偵 7人の容疑者』/『スリ』/『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』/『奪命金』/『ドラッグ・ウォー 毒戦』/『名探偵ゴッド・アイ
ブラック・マスク』/『風雲 ストームライダーズ』/『ミラクル7号』/『処刑剣 14 BLADES』/『さそり』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地争覇
タワーリング・インフェルノ』/『リベラ・メ [Libera ME]』/『252 生存者あり

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