『夜の珍客』

『夜の珍客』予告篇映像より引用。
『夜の珍客』予告篇映像より引用。

原題:“浮華宴” / J・B・プリーストリーの戯曲『夜の来訪者』に基づく / 監督:レイモンド・ウォン、ハーマン・ヤウ / 脚本:エドモンド・ウォン / 製作:レイモンド・ウォン / 撮影監督:ジョー・チャン / プロダクション・デザイナー:サイラス・ホー / 編集:アズラエル・チャン / 衣装:スタンリー・チャン / 音楽:ブラザー・ハン / 出演:ルイス・クー、エリック・ツァン、テレサ・モウ、チャン・ハン、ラム・カートン、リウ・イェン、カリーナ・ン、クリッシー・チョウ、ドニー・イェン / 配信:Netflix
2015年香港作品 / 上映時間:1時間26分 / 日本語字幕:安喜聖恵
2015年2月6日香港公開
日本劇場未公開
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/80244645
Netflixにて初見(2021/1/19)


[粗筋]
 その日、カウ家は長女シェリー(カリーナ・ン)の結婚パーティの準備で大わらわだった。実業家ながら現在破産状態の家長ミン(エリック・ツァン)にとって、シェリーの婚約者であるジョニー(ハン・ツァン)の家柄が頼みの綱なので、この縁談をご破算にするわけには行かない。妻のアンソン(テレサ・モウ)と共に、体裁を繕うのに必死になっていた。
 そこへ、ひとりの人物がやって来る。カー警部(ルイス・クー)と名乗ったその男は、数時間前、身籠もった子供と共に女性が自殺したことを告げる。自分たちには関係ない、と追い返そうとするミンたちだったが、カー警部は女性の遺した日記を振りかざし、調査への協力を求める。
 かくして、めでたいはずの宴を前に、カウ家に嵐が吹き荒れた――


[感想]
 スタッフ一覧にも記したとおり、本篇はイギリスの戯曲『夜の訪問者』を香港のスタッフとキャストが翻案したものだ(そのため、英語のタイトルは同じ“An Inspector Calls”)。舞台のみならず、様々な形で映像化も実施されており、もはや古典と位置づけられる作品のようだ。私自身は、戯曲そのものはむろん、映画版にも接した経験がないので、本篇がどの程度、原作に添っているのか、という基準では評価のしようがない。
 ただ、恐らくコメディの風味は大幅に増している、と思う。少なくとも、こんなキャラクターが濃く、全篇にドタバタ喜劇の様相は呈していなかったのではなかろうか。
 序盤から如何にも香港産コメディらしいアクの強い表現やキャラクター達がひしめいている。いっそ絵に描いたようなインチキくさい家長に、体裁をやたらと気にするその妻。長男は服装も言動も怠慢そのもので、結婚パーティの主役である長女はお嬢様らしく浮き足立っている。そこへ、古臭い探偵ドラマから飛び出してきたような警部が踏み込んできて、一家を次々に追求していく。
 キャラクターもさることながら、本篇は舞台もみなやたらと誇張され、作り物じみている。異様に広大で、ランウェイまで用意した贅沢なブティック、客も店員も変わり者揃いのクラブ。中盤、金持ちの男に囲われる女が暮らすのが、高層ビルの頂上にしつらえた“鳥籠”に似た意匠の部屋になっている、というのも面白い。ひとつひとつの舞台が、それぞれのシチュエーションを象徴し巧みに誇張し、極彩色の絵画のような趣がある。それが、明らかに非現実的な展開を見せるストーリーとも合致して、独特の雰囲気を生み出している。
 ただ、あまりにも毒々しく飾り立てられた画面は、それ自体受け付けないひともありそうだ。しかも本篇の登場人物たちは個性豊か、と言えば聞こえはいいが、みなバカで独善的だ。あまにも安易に利益を求め、そして他人の都合を考えずに振る舞う。それが他人にどんな影響を及ぼすか、など顧慮しない。
 そうした主要キャラクターたちの否を、外連味たっぷりの言動で突いていく警部の姿は、だから痛快ではあるのだけれど、それゆえに引っかかるのは終盤の展開だ――掘り下げていけば意味合いは理解できるし、劇作としておかしくはないのだが、如何せんコメディとしてのアクが強すぎるために、これだけ悪辣な振る舞いをしてきた彼らの顛末を明示していないことがどうも落ち着かない。
 恐らくもとの戯曲はここまで濃厚なコメディ色はつけていなかったのではなかろうか。罪悪感や、自分を棚に上げて他者を糾弾するさまを描いて、上流階級の人間達の上っ面の良さと、その内側にある強欲さを暴くような筋書きであった、と推測される。それを香港的な味付けでコメディに仕立てる、という発想は面白いのだが、その味付けが濃すぎるあまり、主旨が埋もれてしまったように感じる。
 物語が終わったあとに、本篇が名作戯曲をベースにしていて、そちらは試験にも引用されるほど優れたものだ、という内容をテロップで掲げるのも、その権威に逃げこんでいるようであまり印象が良くない。コメディとして振り切るなら、それぞれの登場人物に相応しい着地点も用意して、最後まで笑いに繋げるなり、爽快感に昇華する工夫が欲しかった。
 とことん非現実的に作り込んだ、ファンシーなヴィジュアルはなかなかインパクトが強い。本筋に絡まない執事や夫人の友人たちの風変わりさは楽しいし、何より、世界的にその存在を知らしめたアクション俳優ドニー・イェンの使い方が実にユニークで、そうした細部で愉しませるサーヴィス精神は快い。恐らくは原典の持つ奥行きを殺してしまっている点が残念だが、映画としての個性は立っている。お祭りの夜店に並ぶ、ゴテゴテとした身体に悪そうなお菓子の味わい、とでも言おうか。


関連作品:
イップ・マン 葉問』/『イップ・マン 継承』/『イップ・マン 完結
ドラッグ・ウォー 毒戦』/『孫文の義士団 -ボディガード&アサシンズ-』/『ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪』/『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』/『画皮 あやかしの恋』/『アイスマン 超空の戦士
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