『ヲタクに恋は難しい』

TOHOシネマズ上野、スクリーン4入口脇に掲示されたチラシ。
原作:ふじた(一迅社・刊) / 監督&脚本:福田雄一 / プロデューサー:若松央樹 / 製作:石原隆、野内雅宏、堀義貴、市川南 / 撮影監督:工藤哲也 / 美術:遠藤善人 / 照明:藤田貴路 / 装飾:西岡萌子 / VFXスーパーヴァイザー:小坂一順 / 編集:臼杵恵理 / 録音:柿澤潔 / ミュージカル作曲編曲:鷺巣詩郎 / ミュージカル作詞:及川眠子、藤林亜子、福田雄一 / 振付:上田雪夫、HIDALI / 劇伴音楽:瀨川栄史、日向萌、酒井麻由佳 / 出演:高畑充希、山﨑賢人、菜々緒、賀来賢人、今田美桜、若月佑美、内田真礼、三宅晴佳、ラバーガール(大水洋介&飛永翼)、ムロツヨシ、佐藤二朗、斎藤工 / 制作プロダクション:CREDEUS / 配給:東宝
2020年日本作品 / 上映時間:1時間54分
2020年2月7日日本公開
公式サイト : https://wotakoi-movie.com/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/03/3)


[粗筋]
 桃瀬成海(高畑充希)はBL妄想に耽るいわゆる“腐女子”だが、ごく一部の相手を除き自分の趣味を隠している。前に勤めていた会社で一緒に働いていた彼氏にその事実がバレ、途端に振られた経験から、今度の会社では意地でも嗜好を隠し通すつもりでいた。
 だが、中途で採用された新たな職場には、幼馴染みで重度のゲーヲタ、二藤宏嵩(山﨑賢人)がいた。久しぶりの対面早々、同僚の前でヲタクを暴露されかかった成海は慌てて宏崇を制止する。
 その晩、飲みに誘われた成海は、宏崇にヲタク女子としての悩みをぶちまける。ヲタクが気持ち悪い、という自覚のある成海は、付き合う相手は一般人がいいと考えている。だが、本性を隠しながらの交際は非常にしんどい。成海にとって、顔はまったく好みではないが、嗜好を充分に理解している宏崇といるほうが気楽だった。
 そんな彼女に、宏崇は唐突に、「じゃあ、俺でいいじゃん」と言い出す。戸惑う成海だったが、ヲタク同士ならではのメリットを説かれ、提案を受け入れた。
 斯くして交際を始めた成海と宏崇だったが、途端に別の問題が発覚する。宏崇といると成海は油断して、ヲタク知識がぽろぽろとこぼれてしまうのだ。そこで宏崇は初デートの際、お互いに少しでもヲタクの要素が覗いてしまったら罰金、という“ヲタク封印”ルールを提案する――


[感想]
 ひとくちにヲタクと言っても、守備範囲はおのおの異なる。本篇に出てくるのはヒロインが男性キャラ(実在非実在問わず)同士の恋愛関係を妄想して楽しむ、いわゆる“腐女子”であり、その相手として登場するのは日常生活にさらっとゲーム関係の単語が出て来てしまう類のゲームヲタクだ。映画では扱いが小さくなってしまったが、彼らの友人にはコスプレ愛好家がいて、他方でアニメや漫画を人並み以上に嗜むが広く浅く、という程度のライト嗜好もいる。これ以外にも、近年勢力を増している鉄道ヲタクを筆頭に各種ジャンルのヲタクが存在する。なろうとしてヲタクになる場合もないわけではないだろうが、多くはある特定のジャンル、特徴に強く惹かれ、こだわるうちに、“ヲタク”と呼ばれる領域に突入していく、と捉えるべきだろう。
 だから、十把一絡げに“ヲタク”と言ってまとめることは根本的に不可能だ。アニメヲタと鉄道ヲタクは、両方の資質を兼ね備えるひともいるだろうが、たとえばアニメの中で鉄道の知識が正確に盛り込まれてる、とか、この路線が大々的にフィーチャーされてる、というかたちで交錯はしても、基本的に知識のベクトルが異なるので同一視は出来ない。同じ腐女子と括られるなかでさえ、妄想に入りやすいカップリングが違うと戦争になる、と言われるほどなのだから。

 普通のひとであっても、互いの性格や、趣味嗜好の違いで軋轢が生じたり、別れ話に発展するのが恋愛というものだ。本篇は同じ恋愛でも、そうした食い違いや軋轢がしばしば特殊なものになりがちなヲタクの姿をユーモラスに描いた漫画に基づいている。
 近年の潮流にあわせ、本篇もまた原作への敬意がはっきりと感じられる作りだ。キャラクターの肉付けは原作を踏襲、印象的なエピソードや会話を随所に埋め込み、そのうえでストーリーを構築している。

 ただ、それでも本篇に微妙な印象を受けてしまうのは、原作が大きな物語を構成するのではなく、“ヲタク同士の恋愛”ならではの特徴、価値観の行き違いなどを題材にした短いエピソードを積み重ねていくスタイルを採っているからだろう。それは短篇連作のような体裁を採っているからこその面白さであり、そんな原作から要素を引き出して長篇を構成する、となると、大幅に要素を付け足すか、大胆な再構築をしなければ成立しない。かと言って、迂闊に大改造を施せば、当然原作の魅力を損ねる結果になってしまう。
 可能な限り原作へ敬意を払いつつ映画的な魅力を加える、となると、本篇が選択した、ミュージカルでの彩りは正解と言っていい――と思うのだが、ただそこで残念なのは、ミュージカル部分の歌詞が全般に聴き取りにくい、という点だ。メインに『新世紀エヴァンゲリオン』のOPで知られる作詞・及川眠子と作曲・鷺巣詩郎という、ヲタク心をくすぐるコンビを起用しているのに、あまりにももったいない。恐らく歌唱面での演出やミックスの配慮の乏しさ、など複数の要因が絡んでいると思われるが、せっかくのミュージカル、しかも歌の巧さでは定評のある高畑充希を起用しているほどなのだから、歌の聴こえ方、伝わりやすさにこだわるべきではなかったか。
 また、きちんと長編の映画に仕立てるべくストーリーを再編した工夫はある程度成功しているが、しかし“ヲタクの恋愛映画”らしい起伏がいまひとつ物足りない。ドロドロの展開にするべき、とまでは言わないが、コメディ性を保ちつつ、展開に起伏をつけたり、メイン2人の感情の揺れを描く必要はあったはずだ。本篇はあまりにも、映画として盛り上がりが足りない――そういう作り方を意図して選んだ、というには、ミュージカルで色気を出しすぎている。芯が弱い、と言わざるを得ない。

 メインを張った高畑充希の歌を含む圧倒的な表現力に、イケメンオーラを適度に抑えこみつつ不器用なヲタク青年を体現した山﨑賢人はもちろん、脇役がそれぞれに光っているので、場面場面はただただ観ていて楽しい。福田監督作品の常連・佐藤二朗はまさかのオープニングからの登場でいきなり彼の世界に引きずり込み、ムロツヨシは意外な人物との組み合わせで意表をついたミュージカル・シークエンスを飾っている。賀来賢人が原作には登場しない声優ヲタを、いささか振り切れすぎた演技でインパクトを与えたかと思えば、厳しい上司役で現れた斎藤工も意外に――と書いてしまうが、過去の出演作や各所での彼の言動を併せて考えれば実はとても彼らしい――コミカルな演技を見せて気を吐いている。
 そんなふうに、提示されたシチュエーションの中で弾ける役者たちを観るのは楽しい。ただ、提示された素材を充分に処理しきれなかった、という印象は否めず、余計に惜しく思える。
 本篇を観る前の月、いささか胃にもたれる映画ばかり観てしまったため、この辺りで肩の力を抜きたい、と考えて選んだ作品だったので、私自身は充分に楽しめた。とはいえ、恋愛映画としてもミュージカル映画としても微妙になってしまっているので、積極的に薦めることが出来ない、というのが正直なところだ。あまり堅苦しく考えず、ちょっとハッピーな気分になりたいなら、きっとしっくり来るはずである。


関連作品:
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