『007/スペクター(字幕・IMAX)』

TOHOシネマズ新宿の入っている新宿東宝ビル外壁にあしらわれた『007/スペクター』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズ新宿の入っている新宿東宝ビル外壁にあしらわれた『007/スペクター』キーヴィジュアル。

原題:“spectre” / 監督:サム・メンデス / 脚本:ジョン・ローガン、ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ジェス・バターワース / 原案:ジョン・ローガン、ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド / 製作:バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン / 製作総指揮:カラム・マクドゥガル / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ / プロダクション・デザイナー:デニス・ガスナー / 編集:リー・スミス / 衣装:ジェイニー・ティーマイム / スタント・コーディネーター:ゲイリー・パウエル / 第二班監督:アレクサンダー・ウィット / キャスティング:デビー・マクウィリアムズ / 音楽:トーマス・ニューマン / テーマ曲:サム・スミス『Writing’s on the Wall』 / 出演:ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レア・セドゥ、レイフ・ファインズ、モニカ・ベルッチ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、デイヴ・バウティスタ、アンドリュー・スコット、ロリー・キニア、イェスパー・クリステンセン、アレッサンドロ・クレモナ、ステファニー・シグマン / イーオン・プロダクション製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment / 映像ソフト日本最新盤発売元:Warner Bros.
2015年イギリス、アメリカ、オーストリア、メキシコ、イタリア、モロッコ合作 / 上映時間:2時間28分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2015年12月4日日本公開
2020年11月11日映像ソフト最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc]
《007》シリーズ公式サイト : https://www.007.com/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2015/12/4)


[粗筋]
《死者の日》のカーニヴァルで賑わうメキシコに、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)の姿があった。先代のM(ジュディ・デンチ)が残したメッセージによって、メキシコシティに潜入していたマルコ・スキアラを狙っていたのだ。壮絶な戦いで、街をパニックに陥れるが、ボンドは見事にスキアラを始末する。
 イギリスに戻ったボンドを待っていたのは、懲戒処分だった。現任のM(レイフ・ファインズ)はボンドから殺しのライセンスでもある《00》のコードネームを剥奪、血流に現在地を探知可能なナノユニットを注入され、ロンドンから出ることをも禁じられる。
 しかし、ボンドは大人しく従うような男ではなかった。先代のMの遺言に導かれ、ローマで催されたスキアラの葬儀に潜入、未亡人のルチア(モニカ・ベルッチ)に接触する。夫を手にかけたボンドを最初は拒絶するが、組織が送りこんだ刺客から彼女を救い、身柄の保護と引きかえに情報を提供する。
 ボンドは未亡人の情報をもとに、スキアラが没頭していた組織の秘密会議に潜入を図った。私刑が施行される危険な薫りの濃厚な懐疑を取り仕切る首領はフランツ・オーベルハウザー(クリストフ・ヴァルツ)という男。しかし、会議の席上でボンドはその存在を嗅ぎつけられ、スキアラの跡を継ぐ暗殺者として採用されたヒンクス(デイヴ・バウティスタ)の追跡を受けるが、MI6の研究員Q(ベン・ウィショー)が開発した車を活かして振り切った。
 一方その頃、ボンドの勤めるMI6で大きな変化が起きようとしていた。新たな責任者に就任したCことマックス・デンビー(アンドリュー・スコット)は、前時代的で周囲に及ぼす影響の大きいボンドら《00》の活動を問題視し、MI6の組織をMI5に吸収させることを提言していた。Mは断固として拒否するが、9ヶ国の情報網を統合する計画とともに、実現に移る気配が濃厚になっていた。危険分子であるボンドの監視も行っている、とCはMに警告する。
 ボンドはそんなさなか、アシスタントのマネーペニー(ナオミ・ハリス)から得た情報をもとに、かつて対立したミスター・ホワイト(イェスパー・クリステンセン)を訪ね、オーストリアに向かおうとしていた――


[感想]
 発表当時は批判も多かったダニエル・クレイグによるジェームズ・ボンドだが、彼の参加がシリーズを新しい次元に引き上げたことを否定するひとはもうそう多くはあるまい。監督、脚本にオスカークラスの人材を投入することで、スパイ映画としての様式を保ちつつストーリー、演出を向上させる一方、《ジェイソン・ボーン》シリーズなどによりリアリティを強めたアクションのスタイルを導入し、アクションの重量感やインパクトも高めた。この方向性は3作目、サム・メンデス監督を起用した『007/スカイフォール』で完成、興収で歴代トップの成績を上げるとともに、シリーズ作品として久々にアカデミー賞の候補にも食い込む、という快挙まで成し遂げた。この結果を受け、サム・メンデスが続投して製作された、ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドの第4作が本篇である。
 作品の成熟を志向したが故に、初期2作では往年の空想科学的なガジェットがあまり投入されていなかったことが、昔からのボンド愛好家には不満だったようだが、サム・メンデス監督は前作で一部その趣向を復活させ、本篇でも更に積極的に取り込んでいる。血流に仕込む排出不能の発信器や、派手なガジェットで彩られた改造車あたりはまさしく往年のスパイ・アクションの趣である――片方は早いうちに実質無効化しているし、後者も充分に役立ったか、と問われると疑問ではあるが、そうした幼稚なお遊びを復活させたことで、しばしばシビアな展開を見せる本篇にユーモアと娯楽性を加えているのは間違いない。
 従来の《007》シリーズへの回帰を示しながら、その一方で本篇は、新しい切り口も覗かせている。代表的なのは、クレイグ=ボンドの旧作との密接な連携だ。冒頭の展開そのものが『007/スカイフォール』と繋がっているが、次第に明かされていく背景には、旧作の敵役が随所にちらつき、果てはキーマンとして再登場も遂げる。そのため、クレイグ=ボンドの作品に多く接していればいるほど興味深く楽しめる作りになっている――翻って、そもそもの導入でなにを追っているか、も不明なら、その後の説明においては旧作で退場したキャラクターが関わってきたり、旧作での事件を知っていること前提で話が進むなど、ご新規には不親切な作りになっていることもまた事実だ。
 ただその一方で、ストーリーなしでも充分にインパクトのあるアクション・シーンの牽引力が素晴らしい。プロローグ、ビルの壁が崩れるところを発端に、カーニヴァルで湧き立つ街を背景に繰り広げられる追跡劇。外連味豊かなガジェットで魅せるカーチェイス、雪の積もる山腹での様々な乗物が入り乱れた駆け引き。ボンドらしい洒脱さをちりばめながらも、アイディアに富んだアクションに魅せられているうちに物語は突き進んでいく。展開の把握がぼんやりしていても、ボンドが瀬戸際で戦っていることは、そのアクションの激しさと、その都度都度でボンドが守ろうとしているものから実感しやすい。
 終盤では格闘と言うより、罠とタイムリミットの戦いにシフトしていくが、旧作の出来事や情報を踏まえながらも、ボンドを追いつめるポイントが明白なので、スリリングであり、かつドラマティックだ。本篇単独でも、アクション・サスペンスとしての趣向と厚みが堪能出来る一方で、クレイグ=ボンドの他の作品に接してきたひとはまた新たなカタルシスも味わえる構成になっている。
《スペクター》は他のボンド俳優のシリーズにも登場した秘密組織であり、クレイグ=ボンドのシリーズが『スカイフォール』で原点回帰の気配を見せたことによって、久々に脚光を浴びた格好だが、率直に言えば、せっかくの機会にしては本篇での活動はいささか物足りない。秘密組織らしい怪しさ、禍々しさを巧みに醸し出してはいるが、そのわりに終盤の展開は軽率すぎる。如何にボンドが有能だとしても、あの状況からここまで手玉に取られるのは少々、見かけ倒しの感は否めない。
 しかし、2000年代から映画界で主流となっていたシリアスで重量感のあるアクションを取り込み、大人の鑑賞にも足るドラマとストーリー性を獲得しながら、往年の遊戯性にも回帰した作りにした意義は大きい。映画史における重要性、存在感の大きさに相応しい質とボリュームを兼ね備えた、堂々たる1本である。

 映画史にその名を刻んだクレイグ=ボンドだが、紆余曲折のあと、第5作となる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でラストとなることが決まった。
 当初の公開予定は2020年だったが、しかしご存じの通り、世界中を混乱に陥れたコロナ禍の影響で公開延期を繰り返し、2021年後半になってようやく日の目を見ることとなった。日本においても、2021年10月1日に封切られる。
 ふたたびクレイグ=ボンドに逢えることは嬉しい、が、その一方で、ほぼ確実にこれが見納めとなることを思うと、寂しくもある。
 シリーズで初めて、碧眼金髪のボンドが採用されたことにより、クレイグの後任については諸説紛々の状況となっている。既にアクション系で成果を上げている俳優はもちろん、初の黒人俳優としてイドリス・エルバが検討されている、という噂もあった。
 未だに確定的な報道は出ていない。しかし、せっかくクレイグ=ボンドが広げてくれた可能性を疎かにしないように願いたい。この際、守りに入るのではなく、また新鮮なボンド像を作り出すことこそ、ボンドがこれからも長く愛されるヒーローであり、エンタテインメントの代表格であり続けることに必要な道筋だ、とわたしは考える。
 ……とはいえ、個人的には、次に誰が来ようとあんまし気にする必要はない、とも思っている。黒人俳優が出てきたとしても、逆にショーン・コネリーを彷彿とさせる俳優が来たとしてもいいのだ。求められているのは、危険な薫りのする格好良さと色気を備えたボンドが世界を舞台に躍動する姿であって、肌や瞳、髪の色なんて二の次なのです。


関連作品:
007/カジノ・ロワイヤル』/『007/慰めの報酬』/『007/スカイフォール
007/危機一発(ロシアより愛をこめて)』/『007/ゴールドフィンガー』/『007/消されたライセンス』/『007/ダイ・アナザー・デイ』/『ネバーセイ・ネバーアゲイン』/『エヴリシング・オア・ナッシング:知られざる007誕生の物語
ロード・トゥ・パーディション』/『ジャーヘッド』/『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』/『1917 命をかけた伝令』/『タイムマシン』/『ラスト・サムライ』/『アビエイター』/『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』/『ランゴ』/『ヒューゴの不思議な発明』/『オール・ユー・ニード・イズ・キル』/『フォードvsフェラーリ
ドラゴン・タトゥーの女』/『ビッグ・アイズ』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『タイタンの逆襲』/『シューテム・アップ』/『クラウド アトラス』/『ニンジャ・アサシン』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『プライベート・ライアン』/『イミテーション・ゲーム エニグマと天才科学者の秘密』/『ザ・インタープリター
カサブランカ』/『ゴッドファーザー PART II』/『JAWS/ジョーズ』/『シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉』/『ボーン・アルティメイタム』/『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル

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